第222話 アリス・ガリシア
「アリス? 何でこんなところに」
俺達のテントのすぐそばで、エースを優しく撫でていたのはアリスだった。俺はホッとして、火龍の聖剣を鞘に納める。
エースが騒がなかったはずだ。アリスは背に乗せたこともあるし、たぶんエースの大好きな処……ゴホンッ。
「抜け出してきちゃったのです」
「抜け出した? なんでまた、こんな真夜中に……」
「夜中じゃないと抜け出せ………ヒャ、ヒャァッ!」
突然、顔を両手で覆って、うずくまるアリス。
「な、なんだ!? 敵襲………あっ」
しまったぁ! 息子が聖剣になってるのを忘れてた!! しかも今着てるのは薄手の布下着……もろバレじゃないか!!
「どうしたっ!?」
「魔物っすか!!」
アリスの叫び声に気付いてビッグスとウェッジが飛び出して来た。二人とも見張りのエースを信頼し、薄手の服で休んでいたようで……
「ひぃっ、きゃぁぁっ!!」
アリスが聖剣から目を逸らし、助けを求める様に視線を向けた先にあったのは妖しい輝きを放つ二本の魔剣。アリスは腰を抜かして、真っ赤な顔を両手で覆った。指の間からこっちを見ているような気がしなくも無いが……。
「ど、どうしたの!?」
「何ごとっ!?」
アスカとジェシーがテントから飛び出して来た。アスカはさっきまで半裸だったが、しっかりとローブを羽織って来るぐらいの分別はあったみたいだ。ああ、この注意深さが俺にもあれば……
「アァァルゥゥ!!!」
「こ、このド変態どもっ!!」
「ち、ちがっ、これは、ブヘルァッ!」
「ご、誤か、グヘェッ!!」
「不可抗力っすベハァッ!!」
相変わらずの防御力無視の拳が顔面に突き刺さる。やはりアスカには加護の恩恵は通用しないみたいだ。どうやらジェシーの蹴りにも同様の祝福があるようで、ビッグスとウェッジも股をおさえて痙攣している。
くそぉ……なんて理不尽……。いや、央人目線では少女にしか見えないアリスの周りを、聖剣や魔剣を装備した3人の薄着の男が取り囲んでいたんだから、絵的にヒドい事になっていたのは理解できるのだが……。あぁ、地竜肉なんて食わなきゃ良かった……。
「おいおい、何の騒ぎだ」
そこにナイトガウンを羽織った美丈夫隊長エドマンドさんがテントから姿を現した。一分の隙も無い立ち姿……くっ、これが実戦経験の差か……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「抜け出したぁ? こんな夜中に?」
アスカが先ほどの俺と全く同じセリフを口にした。
「そ、そうなのです。アリスはこっそり難民キャンプから抜け出してきたのです」
「なんで?」
「このままだと、ガリシアの危機にアリスは何の役にも立てないのです」
アリスが眉を寄せて、そう言った。
「役に立てない……ああ、奪還作戦に戦士として参加したいってことか?」
「はい、そうなのです。アリスは鍛冶職として、ガリシア氏族の役に立てないのです。それなら、せめて戦士として役に立ちたいのです」
「そっか……でも、いいの? フリーデさんも、イレーネちゃんも、すごく心配してたじゃん……」
「……気持ちは嬉しいのです。でも、ガリシア氏族はイレーネがいるから大丈夫なのです。父様やフリーデ叔母様、イレーネのためにも、レリダを取り戻さなければならないのです」
アリスが真剣な表情でそう言った。
「ガリシア兵団には加えてもらえないから、俺達のパーティと一緒に参戦したいってことか?」
「はい、そうなのです。アリスは、いちおうDランク冒険者なのです。ランメル鉱山に潜るためだけに上げたランクなのですが、奪還作戦にも参加資格があるのです」
ギルドマスターのパウラは奪還作戦への参加はDランク以上を要件と定めていた。Eランク以下は難民キャンプの守備や、後詰めとしてレリダから外に逃れた魔物の掃討に回る事になっている。
「スキルが使えない壊れた鍛治師はガリシアにはいらないのです。アリスの命を使っても、父様とフリーデ叔母様、イレーネを守るのです」
命を……か。アリスの決意は固いみたいだ。これはきっと、何を言っても説得は出来ないだろう。
「アルさん達のパーティに入れて欲しいのです。アリスにも戦わせてほしいのです」
アリスの決意表明を聞き、どうするの?という目でアスカが俺を見る。
アリスが戦力になるのはわかっている。地竜や軍蟻を相手にしても、問題なく戦えるだろう。
問題はアリスの立場だ。従妹のイレーネがガリシア氏族の後継者になるだろうとは聞いたが、アリスはそのスペアなのだ。万が一のことを考えると、アリスを死の危険がある最前線に連れて行っていいわけがない。だが……
「いいぞ。よろしくな」
「はいっ! よろしくなのです!」
俺が差し出した手を、アリスの小さな手が掴む。小さな手だな……この手で戦槌を振り回すんだから驚きだ。
「あたしとしてもアリスなら大歓迎なんだけど……」
アスカが心配そうに俺の目を覗く。フリーデとイレーネがアリスを心配して、戦いから遠ざけようとしているのを目にしているだけに、迷いがあるのだろう。
「戦力になる仲間はできるだけ多い方が良い。それに万が一のことが無いように、俺の盾とアスカの薬でアリスを守ればいいだろ?」
「ん、まぁ、そうだね」
地竜や軍蟻相手にするぐらいなら、そう危険な事も無いだろう。そりゃあ、地竜5頭に一斉に襲われる……なんてことになれば危ないかもしれないけど、市街戦でそんな状況になる事も無いだろうし。
土人族が護る鉱山都市レリダを攻略するということなら一軍をもってしても難航しただろうが、今回の作戦はレリダに徘徊している魔物の殲滅なのだ。
小鬼族もいるみたいだけど、あいつらは知能が低いから、城門を閉じて城壁の上から攻撃する……なんてことも思いつかないだろう。現に、城門はレリダの民が避難した時のまま解放されているらしいし。
「アリス、明日はさっきのエドマンドさん達と地竜の洞窟に潜る予定なんだ。アリスも同行してくれ。連携して戦えるようにしとかないとな」
「はい、なのです!」
「よろしくね、アリス! じゃーとりあえずあたしたちのテントで休もうか」
そう言ってアスカがアリスの手を引き、俺達のテントに誘った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「くらいやがれーー、なのです!!」
「うっひゃー! すごいっすー!」
アリスが身の丈ほどもある戦槌を横薙ぎにフルスイングして地竜の脚を叩き折る。そのド迫力にウェッジが驚嘆の声をあげた。
「トドメ、なのです!!」
足を折られて前のめりに倒れた地竜に向けて、アリスは全身をぐるんっと回転させて戦槌を振り上げる。
グシャアッツ!!
アリスよりも重量がありそうな戦槌を凄まじい速さで顔面に振り下ろされれば、いかに頑丈な地竜であっても耐えきることは出来ない。無残にも顔面を叩き潰された地竜は、ビクンビクンッと身体を痙攣させてから事切れた。
「想像以上だな……」
「信じ……られん……。彼女は【鍛冶師】じゃなかったのか……?」
戦槌をビュンッと振って血を払うアリスを、エドマンドさんは口を開けて呆然と眺めた。
それはそうだろう。
薬師・鍛冶師・魔物使いなどは生産に向いた加護とされていて、身体能力を底上げする恩恵に与れないし、戦闘向きのスキルも一切取得できない。アリスはその【鍛冶師】の加護持ちだというのに、Bランクの魔物である地竜をあっさりと蹴散らしたのだから。
「アリスは、Cランクダンジョンに指定されているランメル鉱山に、たった一人で2年近くも潜り続けていたらしいですよ」
「……なるほど。死と隣り合わせの環境に2年も……か」
戦闘に向いた加護では無かったというのに魔物と戦い続け、そして効果を発揮できなくてもスキルを発動し続けた、アリスの執念とでも言うべき努力の軌跡は、そのステータスにありありと刻まれていた。
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アリス・ガリシア
LV 59
JOB 鍛冶師Lv.★
VIT 506
STR 610
INT 434
DEF 570
MND 434
AGL 470
■スキル
戦槌術Lv.6
採掘・精錬・錬炉
武具鑑定・鍛造・付与
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