第220話 セントルイスとガリシア
「ずいぶんと失礼な輩だな」
「ほんっとだよ! ゲセンな冒険者風情とか言ってきてさぁ!」
「上級万能薬まで使ってもらっておいて……ガリシアにはその対価を支払わせねばならんな」
昨日の出来事を話すと、エドマンドさんは険しい表情で眉をしかめた。上級万能薬は主筋であるマーカス王子の命を救った薬でもあるし、エドマンドさんとしても思うところはあるのかもしれない。
「あ、あれはアリスのために使ったんだからタダでいいんだよ? 効果も無かったし」
「え? だが使ったのは、あの上級万能薬なのだろう?」
「んー。貴重っていえば貴重だけど……また作ればいいし?」
「む……アスカ殿がそう言うのなら、良いのだが……」
また作ればいい……ねぇ。まさか……エースの螺旋角をまた捥ぐつもりか?
春になってようやく新しい角が生え始めたと言うのに……。角があった方がエースは本領を発揮できるみたいだから、出来ればそのままにしてあげたいんだが。
「アルフレッドとアスカ殿には迷惑をかけてしまったな……。そのロレンツと言う輩はガリシアの財務畑なのだろう。央人を目の敵にしたくなるのも、わからなくは無い」
エドモンドさんは大きくため息を吐いて、そう言った。
「どういうことです?」
「ガリシアは我が国への富の流出に苦しんでいるのさ」
ガリシアと王国の間では、古くから鉱物資源と農産物の取引が行われていた。だが、ここ数十年は大きな交易不均衡が生じてしまっているらしい。
王国側が鉱物資源に対して一方的に関税をかけているからだ。関税で収入を得ることと、国内の鉱山資源の採掘や流通を保護するためらしい。
一方、ガリシアの方は農産物に関税をかけることなど出来ない。関税をかければ小売価格が上がり、市井の人が農産物を購入できなくなってしまうからだ。
「事の発端は、シルヴィア王国の崩壊だ。元々、ガリシアはセントルイスとシルヴィアの双方と交易していたのだが……」
獣人族の統治国家、シルヴィア王国。ガリシア自治区の西に位置し、『天と地を支える大樹』と言われている『世界樹』を中心に、その豊かな恵みで繁栄した大国だった。
「シルヴィアは20年前に内戦と魔人族の襲撃で崩壊し、獣人族は部族ごとにバラバラになってしまった」
シルヴィア王国の跡地には小国が林立し、未だに覇権を争い内戦状態が続いている。いわゆる北の小国家群だ。当然だが戦争にかまけている小国家群からの農産物輸出は安定性に欠ける。
「ガリシアは我が国に文字通り胃袋をおさえられているんだ」
「つまり、ガリシアから富を奪う王国、央人が憎いから、あんな態度だったと?」
「ああ。今回のレリダ陥落も、遠因は王国にあると思っているのだろう」
「遠因?」
レリダ陥落が王国のせい? 魔物の集団暴走が原因だろ? それこそ逆恨みも良いところじゃないか。
「ああ、アルフレッドは知らないのか。今回の集団暴走は、ガリシアがアルジャイル鉱山からの鉱物資源の採掘量を増やそうとしたことから起きてしまったんだ」
「……?」
「集団暴走には、地竜の洞窟にしかいないはずの地竜がいただろ?」
「あ、もしかして……」
「ああ。アルジャイル鉱山を無理に掘り進めた結果、地竜の洞窟と繋がってしまったのさ。そして集団暴走を起こした地竜が、鉱山の大坑道を通ってレリダに流れ込んだんだ」
ガリシアの鉱物資源には関税をかけられてしまうから、王国内で採掘される鉱物資源に対抗するには卸値を下げざるを得ない。だが王国から購入する農産物の仕入れ値は変わらない。そうなると農産物を購入する外貨を稼ぐために、より多くの鉱物資源を売らなければならない。
ガリシア一族がアルジャイル鉱山の採掘量を増やそうと坑道を押し広げた結果、Bランクダンジョンの地竜の洞窟と鉱山が繋がってしまう。そして集団暴走を起こした地竜がアルジャイル鉱山とレリダを蹂躙してしまった……ということか。
「さらに、今回の食糧支援だ。商人ギルドからの小麦には対価を支払っているが、王家からの分には支払っていない。かと言って難民を養うため、レリダを奪還するためには、その小麦を受け取らないなんてことも出来ない」
「王家に対して大きな借りを作ってしまったと」
「ガリシアにとっては痛し痒しってところだろうな。王家の使者として来ている我々には頭を下げざるを得ないが、輸送依頼を受けただけの冒険者である君達には、央人に対する恨みつらみの感情を隠しておけなかったのだろう」
『王家の紋章』を持っていても、『火龍の従者』なんて呼ばれていても、俺達は王家の代弁者というわけではない。央人の冒険者に過ぎない俺達に対して払う礼儀はないってことね。まあ要するにロレンツは懐の小さいヤツなだけだってことだ。
「ってことはロレンツはただの小物。地竜の集団暴走には……魔人族が関わっているかもってところかな?」
アスカに聞いてみると、慌てた様子でうんうんと首を縦に振った。うん、コイツ、興味を失くして話を聞いてなかったな。
「魔人族? なぜ急に魔人族が出てくるんだ?」
エドマンドさんが怪訝な表情で言った。
「ええと、俺達が魔人族を追っているのは知っていますよね? 今回の集団暴走は魔人族の仕業なんじゃないかって睨んでいたんですよ」
「……火龍イグニス様の天啓か?」
「……そんなところです」
正しくはアスカからの事前情報だが、イチイチ説明することも出来ないしな。面倒なことは全部『神龍様の思し召し』で解決だ。
「そうか……ならば、アルフレッド。我々も力を貸そう」
エドモンドさんが力強くそう言った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ビッグスだ。よろしく頼む」
「ウェッジっす。よろしくお願いするっす!」
「ジェシーよ。よろしくね」
その日の午後、俺達は再び地竜の洞窟にやって来た。レリダ奪還作戦の前に対地竜の経験を積んでおこうということになったのだ。それと、奪還作戦の時には俺達とエドマンドさん達で冒険者パーティを組むことになったから、連携の確認と強化も兼ねている。
「アルフレッドです。よろしくお願いします」
「アスカでーす! よろしくー!」
ビッグスは中肉中背で、男くさい無精ヒゲが似合う、ちょっと不良オヤジって感じの男性だ。加護は【弓術士】だそうで、年齢は30歳前後くらいかな?
ウェッジは、人の良さそうな丸顔の若干小太り気味な男性だ。加護は【剣闘士】で、年齢は俺と同じくらいに見える。
そして紅一点のジェシー。長い茶髪をポニーテールにまとめた、少しつり目気味の美形の女性だ。加護は【魔術師】で、年齢は少し年上だろうか?
「あらためて、エドマンド・イーグルトンだ。王家ミカエル騎士団の大隊長を任されている。新設されるマーカス王子の親衛隊では隊長を務める予定だ。ビッグスとウェッジは騎士団の直属の部下、ジェシーはガブリエル騎士団からの出向だが、3人とも親衛隊員に内定している騎士団の精鋭だ」
そう言えば親衛隊員には、A級決闘士になるか、騎士が厳しい選抜試験をくぐりぬけないとなれないって話だったな。この人たちは気さくに接してくれてはいるが、相当なエリートってことか。
「我ら4人は、レリダ奪還作戦ではアルフレッドの指揮下に入る。よろしく頼むぞ」
「えっ? 私の指揮下ですか? エドマンドさんの指揮下に俺達が入った方が良くないですか?」
王家騎士団の中でもエリートの4人を指揮するなんて勘弁してくれよ。俺は実戦経験の少ない、一介の冒険者に過ぎないんだぞ?
「これが人族相手の戦争なら私の方が適任だろう。だが、今回はレリダに蔓延る魔物の掃討作戦だろう? しかも冒険者達は特に指揮官を置かず、パーティ単位で討伐任務にあたると聞いている。それなら、冒険者として一日の長があるアルフレッドが指揮を執る方が良いだろう。そもそも我々は冒険者登録すらしていないからな」
「私は元冒険者だけど、龍の従者様や隊長の上に立って指示するなんて出来るわけ無いし」
「俺達は、冒険者として参加するわけだからな。冒険者に従う方がいいだろう」
「あの五英雄のお二人と一緒に戦えるなんて光栄っす!」
エドマンドさんに続いて、ビッグス、ジェシー、ウェッジが追随する。
「ええ……。どうしてもと言うなら構いませんが……」
うーーん。どうしてもリーダーは押し付けられてしまいそうだ……。
まあ、アスカを守るためには、人手が多いに越したことは無いんだけど。なんだか面倒なことになって来たな……。




