第217話 奪還作戦
「ウソだろ……なんだよ、この量……」
「王家と王都商人ギルド本部からの支援物資だ。合計200トンの小麦がある」
今、俺達はレリダの難民キャンプから少しだけ外れた草原にいる。昨日まで何も無かったはずの草原に大量の支援物資が置かれていたため、パウラは目を丸くして驚いていた。
草原に整然と並べられた50個を超える木箱の中には、小麦の麻袋が大量に詰められている。木箱は幅・奥行き・高さがそれぞれ3メートルほどの大きさで、一つ一つがちょっとした小屋のようだ。
アスカのアイテムボックスに見慣れている俺でさえ、こんな大きな木箱を一瞬で収納してしまう光景には驚いた。初めて目にしたエドマンドさんが、呆気に取られて口もきけなくなってしまったのもしょうがないことだろう。
さすがにその光景を難民キャンプで晒すのはまずいと思い、キャンプの外れに木箱を設置してから冒険者ギルドのパウラを呼び出した。そして、冒頭のシーンになったというわけだ。
「頼んでた量の2倍じゃないか……これだけの量をどうやって運んだんだ……?」
「……そのへんは、ご想像にお任せするよ」
俺は首から下げたセントルイスの紋章と冒険者タグを、わざとらしく弄りながら答える。こうしておけば『王家の魔法袋で運んだんだろう』と勝手に思ってくれるだろう。
「200トンの小麦のうち半分が王家から。あと半分は王都の商人ギルドが用意した。そっちがパウラから預かった魔石とかインゴットとの交換分だな。これ、お釣り」
「え? ずいぶん釣りがあるみたいだが、いいのか?」
「王都の小売価格で購入したからな。輸送費が無い分だけ安いんじゃないか?」
ガリシア自治区は水源が少なく、農地に向かない土地が多いため農産物は近隣国からの輸入に頼っている。隊商や行商人が運んでくるため、当然だがその小売価格には輸送費用が加算される。
今回は俺達が依頼を受けて運んだので、輸送費の上乗せが無い。王都の商人達も、王都の適正価格で販売して、きっちり儲けているから何の問題も無い。
「で、こちらは王家の使者として同行してくださった、王家騎士団の大隊長エドマンド・イーグルトン様だ。ガリシア氏族の族長に取り次いでもらいたい」
「あ、ああ。もちろんだ」
そして俺達は大量の支援物資を手土産に、レリダを治めるガリシア氏族と面会することになった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺達は、以前に冒険者ギルドの臨時支部で会った目つきの悪い土人族の男に、ガリシア氏族の族長一家が寝泊まりする大型のゲルに案内された。
「遠路はるばる、よくぞ参られた。ジオット・ガリシア、ガリシア氏族の族長だ」
「お初にお目にかかります。カーティス・フォン・セントルイス国王陛下より命を受けて参りました、エドマンド・イーグルトンと申します。このたびの未曾有の災害に際し、皆様にお見舞いを申し上げます」
ゲルの中では、ジオット族長と二人の女性、そしてアリスが待ち構えていた。ジオット族長によると、二人の女性はアリスの叔母フリーデとその娘イレーネなのだそうだ。
「カーティス殿のご配慮に感謝する。この恩はレリダ解放後に必ずや報いよう。そして、そちらが火龍の従者殿か?」
「はい、閣下。私がアルフレッド、こちらはアスカと申します」
「ふむ……其方は長らく行方不明だった我が娘を連れて来てくれたと聞いている。そして、パウラの依頼を受けて食糧を手配してくれたそうだな。大儀であった」
「恐れ入ります」
我が娘……か。アリスは本当に族長の娘なんだな。
今日のアリスは、チューブトップの上から厚手のジャケットを羽織り、下はダボっとしたパンツという格好だ。頑丈そうな革素材の衣服のようだが……土人族は王国で言えば王族に当たる身分の方でも、こういうヘビーデューティーな格好なんだな……。
「レリダの奪還作戦にも参加すると聞いているが?」
「はい。微力ながらお力添えさせて頂きます」
「うむ、『龍の従者』殿が参加してくれるのは心強いな」
「閣下、我々もアルフレッド殿と共に冒険者の一員として奪還作戦に参加させていただきたい」
そう言ったのはエドマンドさんだ。エドマンドさん達は陛下からレリダ奪還作戦の成否を確認するようにとの命令を受けていたそうだが、どうせなら連れて来た王国騎士3人と共に奪還作戦に加わりたいと考えたらしい。
「そうか。精強な王家ミカエル騎士団の騎士が加わってくれるのはありがたい」
そう言ってジオット族長はレリダ奪還作戦の概要を教えてくれた。
ガリシア自治区最大の都市として栄華を誇ったレリダは、アルジャイル鉱山から湧き出た魔物達に占拠されている状態にある。居住区には小鬼が棲み着き、街中を地竜や軍蟻が徘徊しているそうだ。
「我らが都、レリダを取り戻すには、魔物どもを殲滅せねばならん」
占拠したのが人族であったのなら、取り囲んで降伏を促すこともできただろう。トップを暗殺するという手段も取れたかもしれない。
だが、レリダは集団暴走で湧き出た魔物が蔓延っている状態にある。元の人が住める都市に戻すには、魔物を一匹残らず掃討しなくてはならない。
「よって、レリダには三方向から攻め入り、魔物どもを駆逐する」
レリダは、ガリシア自治区の最大の採掘量を誇るアルジャイル鉱山の麓で発展した鉱山都市だ。鉱山の巨大な洞穴から扇状に広がった都市は城壁に囲まれていて、北・東・南に大門がある。
「東にガリシア兵団、南に冒険者ギルドの義勇兵。そして北には傭兵団『荒野の旅団』を配置する」
これが戦争であればガリシア兵団が指揮を執りレリダに攻め入るところだろうが、今回は魔物の殲滅戦だ。雇い入れた傭兵団はその指揮命令下で、そして冒険者達はそれぞれのパーティ単位で行動した方が、効率的だろうと判断したそうだ。
「では、私たちは冒険者ギルド義勇兵の一員として参加します」
「ああ。貴殿らのおかげで最大の懸念であった糧秣の心配が要らなくなった。作戦決行は1週間後としたい。詳細はあらためてギルドを通して報せよう」
ジオット族長の言葉に、俺とエドマンドさんが首肯する。いよいよ、奪還作戦だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「食糧の輸送、改めて御礼申し上げます。それと、姪を連れてきてくださった件も、ありがとうございました」
「いえ、冒険者として依頼を達成しただけですので、礼には及びません。アリスのことは、ただの偶然ですから……」
ジオット族長との会見後、俺とアスカはアリスとその叔母フリーデに呼び出され、別室でお茶を振舞ってもらうことになった。
「偶然だったとしても、アルフレッドさんが出会わなかったら、お姉ちゃんは行方不明のままだったんだもの。本当にありがとう、アルフレッドさん!」
そう言って満面の笑みを浮かべたのはフリーデの娘イレーネだ。お姉ちゃんって事は、アリスの従妹に当たるのかな?
それにしても、土人族の女性は年齢がイマイチつかめない。アリスも従妹のイレーネも、叔母であるフリーデでさえも、央人族の少女にしか見えないからなぁ。
さすがにフリーデはなんとなく大人っぽい雰囲気があるけど、そのぐらいしか差が無いのだ。土人族は若い期間が長いとは言うけど、こんな感じなんだな。
「まったく、お姉ちゃんは! 突然いなくなったと思ったら4年も帰って来ないんだもん! どれだけ心配したと思ってんの!?」
「ごめんなさいなのです……。そろそろ許して欲しいのです……」
「まあまあ、イレーネ。こうして無事に再会できたのですから……」
プンプンという擬音が聞こえてきそうなイレーネを、苦笑して宥めるフリーデ。アリスは肩身が狭そうだが、二人が心配してくれていたこと自体は嬉しいようだ。ガリシア一族との間に何か問題があって家を出ていたのかと思っていたが、そういうわけでもなさそうだ。
「でも、まさかアルさんとアスカさんが龍の従者とは思わなかったのです。本物の勇者と会えるなんて、感激なのです」
「そうそう! 王国で魔人族を倒したんでしょう!? そんな人が作戦に参加してくれるんだもん。奪還作戦は成功間違い無しね!」
「え、ええ。微力を尽くします」
「うん! アスカちゃんに任せといて!」
アスカがサムズアップして、景気よく答えた。俺とエドマンドさん達に対しては喧嘩腰な姿勢を崩さないが、土人族の皆にはいつもの天真爛漫な笑顔を向けている。
まったく……早く説明して宥めないとなぁ。やり辛くてかなわん。
「アリスも奪還作戦に加わるつもりなのです! 皆といっしょに戦うのです!」
アリスも親指を立てて宣言した。その言葉にイレーネが慌てる。
「ダメだって言ってるでしょ! 私と同じ【鍛冶師】のお姉ちゃんが戦場に行っても役になんて立てないでしょ! お姉ちゃんは私たちと一緒にここに残るの!」
「アリスは戦えるのです。もう何年も魔物と戦ってきたのです。【鍛冶師】としては役にたてなくても、魔物退治なら役に立てるのです」
アリスは真剣な表情で、ゆっくりと噛みしめるようにそう言った。
「アリス。貴方はガリシア家の大事な跡取りなのですよ? 貴方が戦場に出るなんて許可は出来ません」
「……アリスは跡取りに……なれないのです。ガリシアの後継者はイレーネなのです。アリスは一戦士として戦場に立つのです」
フリーデとイレーネが懸命に諭そうとするが、アリスは頑なに譲らない。
確かにフリーデの言う通りガリシア一族の後継者ならアリスは戦場に立つべきでは無いだろう。将が前線に立たないのは常識だ。
「アルさん達は、ランメル鉱山でアリスが魔物と戦っているところを見ているのです。アルさん、アリスは戦力になれると思うのです。アルさんは、どう思います?」
「……確かにアリスは、強い。Cランクのハイオークを一撃で屠るぐらいだからな。ベテランの冒険者と比べても遜色ないぐらい……いや、むしろアリスの方が戦力になるだろうな」
一戦士としてのアリスは有能だろう。少なくともオークとハイオークに囲まれても、それをあっという間に倒してしまうほどの実力があるのだから。
「ほら。だから大丈夫なのです」
「でもっ! お姉ちゃんはガリシアの跡取りなのよ!」
「違うのです! アリスは後継者になれないのです! ガリシアの後継者はイレーネなのです!」
言いすがるイレーネに、強い口調でアリスが言い放つ。イレーネはアリスの言葉に顔を歪めて俯いた。
「アリス……やはりあなたは……」
沈んだ面持ちでアリスを見るフリーデ。
アリスは……後継者に……なれない? どういうことなのだろう。
「そう、なのです。アリスは、スキルが使えない、出来損ないの【鍛冶師】のままなのです」
アリスは身を絞るような声で、そう呟いた。
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