第214話 クレイトン再び
「着いたー!!」
翌日の早朝、俺達は鉱山都市レリダの南に位置するガリシアの転移陣にやって来た。
「ここがガリシアの転移陣……か。始まりの森とはずいぶん違うな」
ガリシアの転移陣は濃緑の草の海に覆われた小高い丘陵の頂きにあった。始まりの転移陣やセントルイスの転移陣は森の中にあったが、ここにはちらほらと低木の茂みがあるぐらいで、周囲には風に波打つ草以外にはほとんど何もない。森番小屋のような休憩施設も無いみたいだ。
「じゃ、さっそくクレイトンに行こっか」
そう言うとスタスタと転移陣の中に踏み込んでいった。
「あれ? ここは神殿に行かないのか?」
いつもは転移陣の舞台の地下に隠されている神殿に行って、加護を授かることが出来る『大事な物』を入手していた。てっきりここでも真っ先に行くと思っていたんだが……。
「残念ながら今は行けないんだよね。ガリシアの転移陣の神殿を呼び出せるのは、土人族だけだから」
「へえ、そうなんだ? ……もしかして、始まりの転移陣とかセントルイスの転移陣は、俺達が央人だから入れたのか?」
「うん、たぶんね。いちおう確認してみたけど、やっぱ起動できるギミックは無かったんだー」
「ここでは、加護は手に入らないのか?」
「あるよー。【拳闘士】にジョブチェンできる『ガリシアの手甲』が置いてあるよ。WOTだと集団暴走イベントの後に、ガリシアの偉い人が連れてってくれたんだ。たぶん、こっちだとレリダ奪還作戦の後にお願いすれば連れてってくれるんじゃないかなー」
なるほど……ね。ということはマナ・シルヴィアでは獣人族が、アストゥリアでは神人族が、って事になるのかな?
「はい、じゃあ行くよー」
「え、おっ、おおっ!?」
アスカが唐突に手に平の上に転移石を出し、転移陣を起動する。転移石がひび割れて砕け散りながら眩い光を放つ。思わず瞬きした直後に俺達は薄暗い森の中に立っていた。
「えっ、ここ、もしかして……」
「セントルイスの転移陣だよ」
「……俺、初めての転移だったんだけど……。もっと、こう、感動的に……」
「はいはい。なる早で食糧持ってかないといけないんでしょー? 早くクレイトンに行こっ」
「いやだって、俺、始まりの森で転移陣で、たくさんの人を見送って、いつか俺も転移石で遠い世界に旅立ってなんて夢見たり」
「やったー夢がかなったー。エースー行こー」
「えぇぇ……」
いや、ちょっとは共感してくれよアスカ。転移して来る人をただ眺める事しかできなかった俺が、ついに貴重な転移石を使って初めての転移を
……ってエースも平然と行っちゃうし。お前も転移初めてだろ? なんでそんな平然としてんのエース? いや、置いてくなよアスカ。はぁ……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ア、アル!? 嬢ちゃんも! なんでクレイトンに!? ガリシアに行ったんじゃ無かったのか?」
「おひさー! ボビーさん!」
「やあ、今朝戻って来たんだ。転移陣を使ってね」
「転移陣? 転移石を使ったのか。お大尽だな……」
「ああ、ちょっとした依頼でね」
そうそう。そうだよ、この反応だよ普通。転移石は未開の森とか迷宮の奥深くとかでしか手に入らない、普通は伯爵位であっても緊急時でも無いと使わない貴重な物なんだから。わかってくれるか、ボビー。
まあ、その貴重な転移石を8個も入手したんだけどさ。
今回の依頼は8個の転移石を使って100トンの穀物を入手すること。魔法袋(偽)の容量は20トンぐらいと伝えているから、転移石を全部使って4往復して運ぶものだとパウラは思っているだろう。
だが実際はアスカのアイテムボックスなら1往復で100トンの穀物を運ぶことだって可能だ。つまり、残り6個の転移石が余るというわけだ。
もちろん馬鹿正直に余りを返すわけが無い。申し訳ないけど、お釣りはチョロまかすつもりだ。
元々、アスカのアイテムボックスがないとこんなとんでもない量の輸送なんて出来ないわけだからな。必要経費だと思ってくれ。
……うん、開き直ってるだけなんだけどさ。今後の旅の事を考えると、な。申し訳ない、パウラ。
「でも、どうしてまた戻って来たんだ? レリダの後はマナ・シルヴィアに行くって言ってなかったか?」
「ああ、ボビーに協力をお願いしたいことがあるんだ。実はさ……」
それから、ざっとレリダの現状をボビーに説明をする。集団暴走によるレリダの陥落と、難民キャンプの食糧不足問題などを話し、ガリシア氏族の族長ジオット・ガリシアの指名依頼を受けて王都にやって来たことを伝える。
「大変な事になってるんだな、ガリシア自治区は……。わかった、もちろん協力する。出来る限り仕入れ先に当たってみるよ。だが、量が量だからな。商人ギルドに協力を仰いだ方がいいな」
「ああ、そのつもりだ。同行してくれるか?」
「もちろんだ。それと、ヘンリーさんにも話を通しておいた方が良いな。陛下にお目にかかりたいんだろう? ヘンリーさんは王都支部のギルドマスターで、伯爵位相当の権限があるからな。ヘンリーさんとシンシアさん夫妻を通して願い出れば、早々に謁見が許されるだろ。アルは紋章までもらってる王家の客人だしな」
「ん、そうだな。じゃあ商人ギルドに行ってから冒険者ギルドに……」
「いや、アル達は冒険者ギルドの方に向かってくれ。シンシアさんには俺から話を通しておくよ。俺はCランク商会員だから、融通も利くからな」
「そうか、助かる。じゃあ俺はヘンリーさんに会いに行くよ」
商人ギルドとの折衝をボビーが請け負ってくれた。ボビーは本当に頼りになる男だ。『よっしゃー儲け話キターーッッ!!』とか言っていなければ、もっとかっこよかったのに。
俺達は歩きなれた王都の町をフードを目深にかぶって冒険者ギルド王都支部へと向かう。
さすがに魔人族の襲撃事件からけっこうな時間が経っているので騒がれることは無いかと思ったのだが、王都に入る際に門番にすぐに気付かれ『聖女様!握手してください!』などと言われてしまったからだ。
しかも門番はアスカと握手した手を大事に胸に抱え、俺が差し出した手を無視してくれたのだ。ちょっとイラッとしてしまったのは言うまでも無い。
「ア、アルフレッド様!?」
「やあ。ヘンリーさんに会いたいんだけど、いるかな?」
「あ、はい。今はお客様との面会中ですが、しばらくお待ち頂けますか?」
「はーい、待ちます! あ、素材の引き取りもお願いできないかな?」
「はい、もちろんです」
「けっこう量があるんだけど……?」
「では、裏手の解体場にお回りください。私も同行し、そちらで査定もさせて頂きます」
ギルド職員の女性に促されギルドの裏手に回る。そこには巨大な倉庫があり、冒険者が持ち込んだ素材が所狭しと積み重ねられていた。
「おう、兄ちゃん、大物の持ち込みかい?」
「うん、ここに置いていい?」
解体職員の指示に従い、アスカが倉庫の土間に地竜素材をどかどかと置いていく。肉はゼロだが、それ以外の牙や爪、皮、鱗、臓器、目玉、血液などを並べていく。
「こっ、これは……地竜!?」
「うおおぉぉぉっ! なんなんだこの量は!」
「すごいなっ! 完璧な解体じゃねえか! どうやったら竜の皮を一つなぎに切り出せるんだよ!」
「鮮度の良い内臓と目玉! しかも血までたっぷり!」
「おいっ! 薬師ギルドの連中を呼んで来い! すげえ商売になるぞ!!」
ギルドの裏庭は職員や解体員達の興奮した声に包まれ、騒然としてしまった。
アスカは10体分は新調予定の装備素材としてとっておくと言って、30体分ぐらいの素材を山の様に積み上げた。ギルドにBランク以上の魔物素材、しかもセントルイスの竜種ではない地竜の素材だ。職員達が興奮するのも無理はない。
レリダ近辺では魔物肉と魔石と魔物肉以外の引き取りを一時停止してたから溜まってしまったんだが……。ずいぶんな騒ぎになってしまったな……。




