第212話 難民キャンプ再び
翌朝、日が昇る前に朝食を済ませ、俺達は難民キャンプに向けて出発した。
エースの背に3人で跨り、アスカは俺の背に、アリスは後ろから抱きかかえるようにして座らせた。アスカが少し不満そうにしていたが、仕方ないだろこれは。これが一番早く難民キャンプに着ける方法なんだから。
軍馬よりも一回りは大きいエースは、体重の軽いアリスが一人増えたぐらいではビクともしない。キャンプまでの数十キロの道のりを、駈歩であっという間に駆け抜けた。
「そ、そんな……」
高台からテントやゲルが延々と立ち並ぶ大地を見下ろし、アリスは絶句した。遊牧民では考えられない規模のキャンプ。鉱山都市レリダの多くの民が、大移動をしたのでなければ考えられないゲルの数だ。
信じられない。信じたくない。青褪めたアリスの顔は、そう書いてあるようだった。
「アリス、探したい人がいるんだろう? まずは冒険者ギルドに行こう」
「は、はい……」
整然と並ぶゲルの間を進み、中心部に向けてエースを歩かせる。日干し煉瓦で建てられた粗末な建物の前で茫然自失状態のアリスをエースの背から下ろし、俺達は冒険者ギルド難民キャンプ特設支部のドアを開いた。
「何の用だい!? 食糧配給は昼からだよ……って、アンタかい」
ギルドにいたのは、相変わらずの怒声をあげるパウラだけだった。地竜の洞窟やランメル鉱山には数人のギルド職員がいたことからも、食糧確保のためにほとんどの職員をダンジョンに出張させているのかもしれない。
「ちょうど良かったよ。あんた達に相談があったんだ」
「俺達に? それはいいんだが、先に……」
「うん? そっちの子は……」
訝し気な表情でアリスの顔を覗き込んだパウラが、はっと目を開く。
「ま、まさか……アリス様!?」
「……! パウラなのです!?」
「ああっ、生きていらしたのですか、アリス様!!」
「パウラ、アリスはこの通り無事なのです。そ、そんな事より父様は!? 父様はご無事なのです!?」
…………アリス……様? え? アリスってもしかして有力氏族の人だったの?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ガリシア氏族の族長の娘!?」
「はい。黙っていて、ごめんなさいなのです」
完全に予想外だった。ランメル鉱山に2年も籠もり、小汚い……もとい世捨て人同然の姿をしていたアリスが?
「族長の娘といったら……セントルイスで言ったら王女……いや母系継承の土人族なら王子と同じ立場なんだろう? なんでまた、たった一人であんな所にいたんだ?」
「それは……その……」
アリスが言いにくそうに口ごもる。
「いや、話し難いことならいいんだ。忘れてくれ」
何かしら事情があるんだろう。気にならないと言ったらウソになるが、昨日出会ったばかりの俺達が踏み込んでいい話でもない。
「実は……」
「アリス様っ!」
アリスが何かを話そうとしたその時、ギルド入口のドアが乱暴に開けられた。ガリシア氏族に連絡に行ったパウラとともに、2人の土人族の男が入って来た。一人は白髪の年配、もう一人は目つきの悪い土人族にしては細めな男だ。
「爺や!」
「アリス様……よくぞ、よくぞご無事で……」
「爺や……ごめんなさいなのです……」
アリスを見て、白髪の男が目を潤ませる。
「……よくぞお戻りになられました! さぁ、早くジオット様の元に参りましょう!!」
「父様は……父様はご無事なのです!?」
「ええ、もちろんです! アリス様はきっと生きていらっしゃると信じて、待ち続けていらっしゃいますぞ!」
爺やと呼ばれた白髪の男が歓喜の表情で手を差し出す。アリスが手を重ねようとしたところで、もう一人の男が口を開いた。
「おい、待て。その方がアリス様だという証拠は?」
「なっ! 失礼な! このバルドがアリス様を見紛うわけがなかろう!」
「アリス様は4年も前に姿をくらまし、もう亡くなっただろうって話だった。そんな方が急に生きてたと言われて、そう簡単に信じられるものか」
怒りを露わにする白髪の男に対し、もう一人の男は太々しい態度でニヤついた。
「何を言う! 先代様と瓜二つの、このご尊顔を見れば一目でわかろう!」
「だから、証拠は? 顔が似てるというだけで、族長に会わせるわけには行かないだろう」
「きさまっ……!」
なんだ? なんか言い争いを始めたけど……。しかし、死んだと思われてたのかアリス。
「……これが証拠なのです」
そう言ってアリスは右袖を捲り上げる。アリスの右の二の腕に、大きく魔法陣のタトゥーが彫られていた。
「……なるほど。確かに『地龍の紋』のようだ。失礼しました、アリス様」
「いいのです。父様の元に、連れて行って欲しいのです」
「はい、ジオット族長のゲルにご案内します。参りましょう」
目つきの悪い方がそう言うと、アリスは俺達に向かってペコリと頭を下げる。
「アルさん、アスカさん、連れてきてくれて、ありがとうなのです。またあらためて、お礼をさせて欲しいのです」
「いや、気にしないでくれ。俺達もこっちに用があったからな。そのついでだ」
「アリス、またね!」
「うん、また、なのです!」
アリスは手を振って、細身の男の後をついて出て行く。爺やと呼ばれた男性の方は、俺達に一礼してから立ち去った。
「ビックリだね」
「ああ、まさかガリシア氏族の娘とは思わなかったな……」
「ビックリはこっちのセリフだよ。次から次に驚かせてくれるね、アンタ達は」
パウラがため息をつきつつ、そう言った。何の事だ? と目で訴えると、パウラはさらにため息を吐く。
「あんたね……たった1週間で40匹を超える地竜肉を納品した上に、セントルイス王室の客人だって言うじゃないか。その上、今度は行方不明で死亡扱いになってたアリス様を連れてくるなんて……びっくりなんてもんじゃないよ、こっちは」
ああ、そっか。地竜の洞窟にいたギルドの出張員から話を聞いていたのか。
「なんでまたアリス様と一緒にいたんだい?」
「ああ、それは……」
大した話じゃ無いのでパウラにさくっと説明する。ランメル鉱山の中層で偶然出会い、レリダの現状を伝え、急いで戻りたがっていたので連れて来た、それだけの話だ。
「へぇ……ランメル鉱山の中層に……。見つからないわけだ」
「鉱山で冒険者と遭遇した時は、塩やら穀物と魔物素材を物々交換してたって話だったけどな。聞いたこと無かったのか?」
「ああ。そう言えば鉱山に潜ったヤツらが、不自然に多い素材を持ち帰る事はあったな……。アイツらアリス様から素材を受け取ってたのか」
「鉱山に潜り続ける変人を、まさかガリシア氏族の娘とは思わないだろうしな」
「族長の娘に対して変人ってアンタ……」
呆れた顔をするパウラ。いや、そうは言っても、第一印象は世捨て人だからなぁ。そんなやり取りをしていたら、アスカが口をはさんだ。
「あ、そうだ。あたし達もアリスにオークを譲ってもらったんだった。これ、引き取ってもらえる?」
そう言って、アスカがアリスに譲ってもらったオーク3体分の肉を魔法袋(偽)から引っ張り出す。
オークは1体300キロほどあるが、肉は1体あたり120キロほどになる。木製のお盆に合計360キロもの肉をどんどんと積み上げるアスカ。
アスカが【解体】すると、一瞬で素材に分けられてアイテムボックスに収納される。毛皮・牙・角・骨・肉などに分類されるのだが、オークの場合は牙と肉にしかならなかった。皮とか骨とか内臓はどこに行ってしまったのかわからない。魔物の死体の全てが収納されるわけではないみたいだ。
地竜の場合には、牙・角・鱗・皮・骨・肉・血・内臓、と様々な部位に別れて収納されていた。血にいたっては、ご丁寧に素焼きの水瓶に収められていた。本当に謎スキルだ。
「本当にすごい量が入るんだな、その魔法袋。セントルイス王室の秘宝か……」
秘宝? ああ、そういう事になってたね。セントルイス王室の客人に秘宝の魔法袋か……。良い感じに噂が広まってるなぁ。
陛下から王家の紋章を預かっているとはいえ、余計なことを言いすぎると迷惑をかけてしまいそうだな。詐称罪とか、問われたりしないよね……?
「よしっ。C級冒険者アルフレッド、あんたを見込んで頼みがある!」
頼み? あ、そう言えばギルドマスターかこの人。指名依頼って事かな?




