第205話 ブートキャンプver.3
翌朝、約束通り孤児院メンバー全員に朝食を振舞った。昨晩、あれだけたらふく食べた後だというのに、びっくりするぐらい食欲旺盛だった。
食糧は俺とアスカの1年分ぐらい備蓄しているが、この勢いだと食べ尽くされかねない。やはり食用魔物肉の調達は必須だな。
食後、子供達に馬車付近から離れないようにと言い聞かせる。エースに子供達を守るよう頼んで、俺達は予定通り地竜の洞窟に潜ることにした。
「行くぞ」
「お、おう」
【盗賊】の加護を持つダミーと俺が、先に洞窟に足を踏み入れる。洞窟の中はひんやりと湿った空気が流れていた。
当たり前だけど洞窟の中には真っ暗だ。【夜目】がある俺や犬獣人のダミーは問題ないけど、灯かりを持たないと何も見えないだろう。
「じゃ、あたし達も行こうか!」
「はいっ! アスカ姉さま!」
「だ、だいじょうぶ、かな」
俺達に続いてアスカとクラーラが意気揚々と洞窟に入り、その後ろをメルヒがビクビクと及び腰で続く。クラーラは怯えた様子も無く、キラキラとした目線をアスカに送っている。
「ダミー、まだ盗賊のスキルは覚えていないんだよな?」
「う、うん。まだ覚えてない。レベル2しかないから。ほんとはキャンプの近くの草原で、レベル上げしたかったんだけど……」
「ああ、狩りつくされてたって言ってたな。まあ、出来る範囲で索敵に努めてくれ。犬型の獣人なんだから鼻は効くだろ?」
ダミーは低レベルの【盗賊】だ。せっかくだから移動中にスキル取得を目指した方が良い。この洞窟にいる地竜はおおよそレベル20前後だと言うから、上手くいけばあっという間にスキルを取得できるだろう。
「犬じゃない、狼だっ!」
「そうか、すまんな。だが、大きな声は出すな。魔物が寄って来るぞ」
「あっ、ゴメン……」
「それと、魔物に気づかれないように、移動中は気配を消すことを意識してくれ」
「気配を消すって……どうやるんだよ」
「足音を消して、呼吸は静かにゆっくりと。衣擦れの音もなるべく立てないように。殺気や敵意は武器を振る時以外は心の中に抑えこめ」
確かスキルの取得条件は『敵に見つからずに探し続けること』だ。鼻をきかせて敵を探し、気配を殺す意識をするだけで、【潜入】と【索敵】は取得出来るはず。ダミーには灯かりを持たせて無いから【夜目】もそのうち身につくだろ。
「む、難しすぎるだろ……」
「魔物を狩る時に最低限必要な心得だ。難しくても覚えるんだ」
ゴツゴツとした岩石が露出している地面を慎重に踏みしめながら、俺達は洞窟の奥へと進んで行く。その後ろに、カンテラを持ったアスカとメルヒ、クラーラが続く。
「ち、地竜って、あの時、兄ちゃんを襲った、あのデカいトカゲだよ……ね?」
「うん。この洞窟は、その地竜がうじゃうじゃいるんですって。そうですよね、アスカお姉さま?」
「そだよー。危険だからアルとあたしの指示には必ず従ってね」
「はいっ、アスカお姉さま!」
ダミー達は額に汗を浮かべて、なんとかついて来ている。アスカは半年以上も俺と旅を続けているだけあって足腰は頑丈になっているので、全く問題なさそうだ。体力の値はダミー達の方が多そうなんだけど。
「ん? 風の流れが変わった?」
「ああ。ここからが本番だ」
「いよいよ大空洞……かな」
そう言ってダミーがゴクリ生唾を飲み込んだ。
しばらく歩くと、突然に視界が大きく開けた。【夜目】では見通せないほどに広大な空間で、天井までの高さも数十メートルはありそうだ。
「じゃあ、行ってくるよ」
この大空洞に、たくさんの地竜が生息している。さすがに、ここからはダミー達を連れて歩き回るのは危険すぎる。アスカだけなら守り抜く事も出来るとは思うが、さすがに4人は厳しい。
「うん、気をつけてね! 一匹ずつだよ!」
「ああ」
アスカ達を大空洞の入り口の小道に残し、俺は一人で進む。少し先に巨大な魔物の気配を察知し、【隠密】を発動しつつ接近した。
「いた……アスカの話の通り、単独行動してるみたいだな」
体長5メートルを超すほどの巨体。羽は無く空を飛ぶことは無いが、そのぶんパワーは竜種の中でもひときわ高いという。鋭い爪と牙、二本の角を持つ、Bランク指定の凶悪な魔物。
俺は地竜を遠目に見据えつつ、【挑発】を発動した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「グルォォォッ!!!」
「うおぉぉ!! でけえ!!」
「ひいぃぃっ!」
アスカ達が待機していた大空洞の入り口まで、単独行動していた地竜を挑発で引き連れて戻ってきた。小道の奥に隠れているダミー達が、地竜を見て悲鳴を上げている。
普段、地竜はそれぞれの縄張りの中で単独行動をしている。その地竜を仲間が待ち伏せしているところまで【挑発】で誘き寄せ、他の地竜に乱入されないように一匹ずつ倒すのがの地竜討伐の定石なんだとか。
冒険者ギルドの臨時ギルドマスターのパウラが『剣士なら』と探索を許可したのは単純な話だった。【挑発】で誘き寄せて一対一に持ち込めるなら、A級決闘士の実力があれば討伐出来るだろうという事だったのだ。
「【鉄壁】! 【盾撃】!!」
真っ正面から体当たりを仕掛けて来た地竜を、こちらも真っ正面から受け止め、さらに盾の一撃ではじき返す。巨体ではあるが、さらに大きい『不死の合成獣』も抑え込んだことがある。このぐらい、どうという事も無い。
「はぁぁっ!!」
「ギャオォォゥ!!」
【魔力撃】を発動し、火龍の聖剣で地竜の鼻先を切り裂く。聖剣はいとも簡単に地竜の強靭な鱗を引き裂き、肉を剥いだ。
「ギュァァ!!」
「【牙突】!」
振り下ろされた地竜の爪を円盾で受け止め、がら空きの腹に剣を深々と突き刺す。捻じりながら引き抜くと、傷口から夥しい血が噴き出した。
Bランクの凶悪な魔物とは言っても、ヘルキュニアで戦った青灰魔熊と同程度の魔物だ。あの時はそこそこ苦戦したけど、今やレベルは倍近く上がったし強力な武器も手にしている。
しかも地竜の攻撃は爪での切り裂き、牙での噛みつき、巨体での体当たりぐらい。威圧やブレスなどのスキルを使えるようなら多少やりにくかっただろうけど、これじゃあ苦戦のしようが無い。
「【看破】……そこだぁっ!」
「ギャオォォォッ!!」
槍術士スキル【看破】で見極めた地竜の弱点、首元の逆鱗に聖剣を突き刺す。地竜は耐えきれず、地響きを立てて倒れ込んだ。
うん、上手く行った。地竜は瀕死状態にあるが、まだ死んでない。
「【影縫】!」
火喰いの円盾の裏から取り出した火喰いの投げナイフを、地竜の影に投げつける。倒れ伏して荒い呼吸をしていた地竜の巨体が、ビクンッと波打った直後に硬直した。
【影縫】は対象の影に刃を立て、一時的に拘束する【暗殺者】のスキルだ。瀕死でほぼ動けそうには無いが、念には念を入れて、ね。
「【照明】! 今だ! お前ら、トドメをさせ!!」
「おおっ!!」
「はいっ!」
小道から3人が飛び出して来る。ダミーは鋼のダガー、メルヒは鋼の短槍、クラーラは鉄製の手甲をそれぞれ装備している。ダガーと短槍は森番小屋から持ち出したもの、手甲は闘技場で【喧嘩屋】のスキルレベル上げをする際に購入したものを手渡してある。
「おっら―!!」
「はぁっ!」
「ひっ、ひぃぃ!」
3人は身動きが取れない地竜の顔面に向かって何度も何度も武器を振る。そう簡単には地竜の堅い鱗を貫くことが出来ないようだ。
「メルヒ、地竜の目を狙って刺突! クラーラは手甲の爪で打撃!」
「は、は、はいぃ!」
「はいっ、アスカ姉様!」
「お、俺は!?」
「あんたは特にない!」
「ええっ!? 俺だけ!?」
「じゃあ速さを活かして回転重視で!」
「お、おう!」
よしよし。レベル20程度の地竜に、低レベルの3人が攻撃すれば、どんどん熟練度が獲得出来るだろう。
メルヒは敵の弱点に向かって槍の刺突攻撃を繰り返すことで【看破】と【牙突】を、クラーラは手甲を装備して拳撃を重ね【爪撃】の習得を目指してもらう。ダミーは道中で【夜目】・【潜入】・【索敵】が見込める。
俺が始まりの森や闘技場でせこせこと訓練した時よりも、はるかに効率よくスキル習得が見込めるだろう。俺みたいに複数の加護の熟練度稼ぎをしなくてもいいから、地竜討伐での魔素獲得も並行して行えるし。
「おっと、【影縫】!」
ついでに、3人の安全確保も兼ねて、俺も【影縫】の熟練度稼ぎをさせてもらう。いちおう地竜もレベル的には俺より格上の魔物だし、そこそこ効率が良い。
うんうん。アスカの計画通り。
このまま、これを繰り返して3人のレベルを地竜と同じ20ぐらいまで引っ張り上げよう。その間に、どれか一つくらいはスキルも修得できるんじゃないかな?
動かない敵を殴るだけだから、戦闘経験は全く得られないけど、闘技場のC級決闘士ぐらいの数値だけは身に着けられそうだ。




