第20話 冒険者ギルド
「火喰い狼を討伐しよう!!」
やっぱりか……。デールの話を聞いている時に妙に興奮した様子だったから、ロクな事を考えてないだろうとは思っていたけど。
「反対だ。危険な相手はなるべく避けた方がいい」
俺たちの旅の目的はあくまでもアスカがニホンに帰ることだ。わざわざ危険な相手と戦ってアスカを危険にさらすような真似はしたくない。
「でもでも! 火喰い狼ってね、牙とか毛皮が良い装備の素材になるの! 火属性の武器とか、火耐性持ちの防具とかが作れるんだよ!」
「その火喰い狼ってのは今の俺の力量でも安全に戦える相手なのか?」
「……ちゃんと装備を整えて準備すれば、対等に戦えると思う」
「対等ってことは、この辺りにいる魔物みたいに簡単には勝てないってことだな。なら、やっぱり反対だ。アスカは戦いに向いた加護じゃないんだぞ? 何かあったらどうするんだ」
「それは……そうだけど」
アスカがしょんぼりしてる。でもこればっかりは認められない。俺が騎士や熟練の冒険者なら討伐しに行ったかもしれないが、俺は森番であり盗賊だ。
今の俺にできることは、安全に旅が出来るよう警戒することだけ。レッドウルフ程度ならいいけど、称号持ちの賞金首ハントは俺の手に余る。
「どうしても、ダメ? 安全に旅をするためにも良い装備を手に入れておいた方がいいと思うんだけどな……。それに、この町の人たちだって火喰い狼のせいで困ってるんでしょ? 助けてあげたいじゃん!」
「良い装備……か。どうしてもと言うなら、俺が単独で戦いに行く。アスカは町で留守番だ」
「それはダメだよ! アルに何かあったらどうするの!」
「それはこっちのセリフだよ。なら、この話はナシだ。予定してた通り薬草を集めて、買い物をするぞ」
「……むむぅ」
納得してなさそうな表情だが、アスカは渋々ながら従ってくれた。町の人たちが困っているのはわかるが、本来、魔物の対処はチェスターから派遣されている兵士やこの町の冒険者ギルドの仕事だ。彼らが上手くやってくれることを祈ろう。
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予定が遅れてしまったが、俺たちは酒場で昼食をとった後に牧草地に行って薬草を採取し、回復薬をいつもの半分だけ作る。太陽が高く昇り正午を少し過ぎたあたりで薬草採集を止めて、町に戻り商人ギルドに向かった。
最初はムスっとしていたけど、薬草採集しているうちに気分が変わったのか、いつもの明るいアスカに戻った。この気持ちの切り替えの上手さというか、単純さはアスカの美点だ。俺も見習った方がいいな。
「セッシリー!!」
「アスカさん、今日は早いんですね」
「うん。今日はお買い物するの。あ、仕立屋さんにも行くから、あとでブラとパンツ持ってきてあげるね」
「あっ、アスカさん、こんなところでっ! 声をおさえてください!」
セシリーさんが顔を真っ赤にしてる。ああ、あの下着の件か。そういえばセシリーさんにあげるって言ってたな。恥ずかしそうにしているので俺は助け船を出す。
「セシリーさん、明後日に料理を教えてくれるそうで。ありがとうございます」
「ええ、どういたしまして。食材はこちらで用意しておきますので、昼に家にいらしてください」
「すみません。気を遣わせてしまって」
「とんでもないです! アルさん達にはいつもお世話になっていますから。火喰い狼の騒ぎのせいで回復薬が飛ぶように売れているんです。アスカさんが作ってくれる薬が無かったら大変なことになるところでした」
「……それは良かった。でも、今日の納品は50本だけなんですが」
「50本だけって……町の薬師さんが聞いたら呆れますよ? それでも十分多いのですから」
そう言ってセシリーさんが微笑む。アスカはじっとりとした目で俺とセシリーさんを見ながら、せっせと回復薬をテーブルに並べている。
「はい、確かに50本ちょうどですね。いつもの事で恐縮ですが、鑑定士を呼んで参りますので少々お待ちください」
セシリーさんが中座したところで、後ろから俺たちを呼ぶ声が聞こえた。振り向いて入り口を見ると、デール達がいた。無事に回復したようで倒れていた二人と一緒だ。
「アル! アスカ! 良かった、ここにいたのか!」
「ああ。デール達か。二人はもういいのか?」
俺は猫娘エマとエルフ娘ダーシャに目を向ける。あれから数時間しか経っていないが、足取りも軽そうだし、どうやら問題なさそうだけど……。
「話はデールから聞いたよ。危ない所を助けてくれたみたいで、ありがとう」
「おかげで助かったニャ。火喰い狼のブレスをまともに受けちゃって、もう死んじゃうかと思ったニャ」
「起きてみたら火傷も噛み傷も無いんだからな。驚いたよ。高価な回復薬を何本も使わせちゃったみたいで……ホントにありがとな」
「どういたしまして。でも、礼ならこっちのアスカに言ってくれ。回復薬を作ったのはアスカだからな」
「えっ?あたしなんて何も……魔物を倒したのも、治療したのもアルじゃない」
「あんたが作ったのか!? 使ったこと無かったけど回復薬ってホントにすごいんだな!」
「ほんとだニャ。火傷痕も残らないなんてびっくりだニャ。年も近そうなのにすごいニャ!」
興奮して詰め寄ったエマとダーシャの賞賛にアスカが照れ笑いをしてる。メニューで簡単に作れちゃうから実感がわかないのかもしれないけど、回復薬は冒険者にとってまさしく命綱となるものだ。しかも品薄だったオークヴィルに大量供給しているわけだし、誇っていいことだと思うぞ?
そんなことを考えていると、セシリーがチョビ髭鑑定士を連れて戻ってきた。大勢でカウンター前を占拠しているのも、ちょっと迷惑かもな。
「アスカ、納品の対応はこっちでしとくから、あっちのブースの方でデール達と話してろよ」
「あ、うん。そうだね。じゃあ、ちょっと向こうに行こうか」
アスカがデール達を引き連れて、商談ブースに入る。俺は、チョビ髭やセシリーと雑談しながら、回復薬売却の手続きを済ませた。
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手続きを済ませてブースに向かうと、ちょうどアスカがデール達を見送ったところだった。
「あっ、アル。ダーシャ達、帰ったよー。宿で休んでおくって」
回復薬で無理やり回復させたとは言え、病み上がりみたいなもんだからな。今日ぐらいは安静にしておいた方がいいだろう。
「それでね、アル。いいお話があるの!」
「なんだよ、いい話って?」
アスカが浮かれた様子で詰め寄ってくる。なんか嫌な予感がするな。
「ダーシャ達がね、火喰い狼ハントを手伝ってくれるって!」
「……どういうことだよ?」
「アルだけだと火喰い狼に手こずると思うけど、ダーシャ達が手伝ってくれるなら安全に戦えるでしょ? 5人で戦えば楽勝だよ!」
……ふむ。確かに俺一人でも対等に戦えるという事なら、加勢があれば有利に戦うことが出来るかもしれない。
「……そうかもしれないな。だけどデール達は一度、火喰い狼に挑んでやられているんだろ? こう言ってはなんだが戦力になるのか?」
「戦い方次第だと思うよ。えっとね、デール達の加護なんだけど、デールが【剣闘士】で、エマは【盗賊】、ダーシャは【狩人】なんだって。エマは投擲が得意だって言ってたから、エマとダーシャが後衛。デールが中衛で後衛の盾。アルが前衛って感じで戦えば安定して戦えると思うんだ」
「確かに、バランスはいいな。……というか5人って言ってたけど、アスカも来るつもりなのか?」
「もっちろーん。あたしは大量の回復薬を駆使した回復役よん。アルが敵をひきつけて、デールにガードしてもらえば安全でしょ?」
俺としても、オークヴィルで問題となっている火喰い狼を放置したいわけでは無いしな。ろくに魔物と戦ったことも無いのに、いきなり賞金首ハントってのもどうかと思うがアスカが安全に戦えると言うのならそれを信じることにしよう。金策にしても、加護レベルにしても、アスカの言うことを聞いて今のところ失敗はしてないしな。
「……わかった。やろう」
「オッケー!! じゃあ、賞金首ハントの依頼報酬を受けられるように、まずは冒険者ギルドで登録だね! 善は急げよ、行こっ!」
俺たちはさっそく冒険者ギルドに向かう。向かうと言っても、広場を間にはさんで商人ギルドの真向かいなのですぐ着くんだけど。
冒険者ギルドはこの町では珍しいレンガ造りの建物だ。周囲の建造物に比べてもひときわ大きい。これは有事が起こった際の避難所としての機能もあるためだそうだ。この町で同じ程度の大きさの建物と言えば、町役場と領兵の詰め所ぐらいだろう。
中に入ってみると、丸テーブルがいくつかあり冒険者たちがたむろしている。奥には広いカウンターがあり、女性の受付が座っていた。
登録の手続きをしてもらおうとカウンターに近づくと、いかにも冒険者といった風情の男達がにやにや笑いながら立ちふさがった。無精ひげを生やした体格のいい男と、長身でほっそりした体つきの顎の尖った男の二人組だ。
「よお。あんたら、最近うわさの『草むしり』の二人組じゃねえか?」
「冒険者ギルドになんか用かい? 『草むしり』の依頼でもしに来たのか? それとも『キノコ狩り』か?」
無精ヒゲが、「おい、誰か草むしり手伝ってやれよ」と丸テーブルに声をかけると、座っていた連中から嘲けるような笑い声があがる。
まったく。やっぱり冒険者はろくなヤツがいないな。デール達みたいな気さくな連中と出会えたから少し印象が良くなっていたのに。
「いや、今日は冒険者登録をしに来たんだ。すまないがそこを通してくれないか?」
こんなヤツらにかまっても時間の無駄だ。チェスターでもダリオやカミルをはじめ、冒険者にはしょっちゅう絡まれたものだ。領主の跡取り息子から森番にになってしまった俺を、冷やかしに来る連中が後を絶たなかったからな。
貴族に対して嫉妬心や嫌悪感を持っている連中も多い。貴族の籍を失った俺は都合のいい憂さ晴らしの相手だったのだろう。
でも、俺の素性を知らないはずの、オークヴィルでも絡まれるとは思っていなかったな。たぶん誰にでもイチャモンをつけるような、迷惑なやつらなんだろう。冒険者ってのは、本当にどうかと思うな。
「冒険者登録? ぶははははっ!! お前らがか?」
「おいおいおい! レッドウルフから逃げ回って『草むしり』してた奴に冒険者なんて出来るわけないだろ?」
再びテーブルの方で笑いが巻き起こる。本当に面倒だな。アスカも連れてるって言うのに。こんな強面に絡まれて、怯えてないだろうか。そう思ってアスカを見ると、なんとニヤニヤ笑っていた。
「……テンプレ展開、来たぁ!」
うん。やっぱりアスカも、どうかと思うな……。