第202話 冒険者ギルド特設支部
冒険者ギルドは、急場凌ぎで作ったのであろう簡素かつ粗末な造りの小屋だった。床全面が地面そのままの土間、カウンターデスクは積み重ねた日干し煉瓦の上に板を被せただけの間に合わせ、椅子代わりしているのは泥がこびりついた木箱だった。
「何の用だい!? 言っておくけど今日の食糧配給は終わったよ! 明日の昼に出直しな!」
え? 配給? なんだよ、いきなり。
冒険者ギルドに入るといきなり、怒声を浴びせられた。がっちりした体形の女性が受付カウンター奥で仁王立ちして、こちらを睨みつけている。
「ほら、わかったら帰りな! そんなところに突っ立ってたってパンの1個も出て来やしないよ! ほら、帰った、帰った!!」
「い……いや、ここは冒険者ギルドでいいんだよな? この辺の話を聞きに来たんだが……」
ギルドの中には冒険者は一人もいないし、職員もこの人しかいないみたいだ。
「あん? なんだあんた冒険者かい? 紛らわしい真似するんじゃないよ! だったら、こっちに来な!」
紛らわしいって、ギルドに入って来ただけじゃないか。がさつな女だな……。
っていうか女性でいいんだよな? 土人族の女性は背丈こそ男性と同じく低めだが、健康的に引き締まった少女という感じの人が多い。だが……この人は男性並みに筋骨隆々で樽型体形。顔つきもなんか厳めしいというか……。土人族……なのか?
「なんだいアンタ。人の体をジロジロと見やがって……たまってんのかい?」
「はぁっ!?」
げ……下品な女だ…………でかい声で……。っていうか冒険者ギルドでいいんだよな、ここ? ほんとにギルド職員かよ、この人。
「はっ、大の大人が照れんじゃないよ。あんた童貞かい? なんならお姉さんが筆おろししてやろうか?」
「ど、童……!?」
「妄想してないで、早く座んな! 話が聞きたいんだろう!?」
「ぬぐっ……」
理不尽さに歯噛みしながらも、俺は抵抗を放棄して受付カウンターの椅子に座る。こう言う時は相手のペースに乗らないのが得策だ。
「冒険者ギルド、レリダ難民キャンプ特設支部の臨時ギルドマスターをやってるパウラってもんだ」
「ギルドマスター!?」
嘘だろ!? この人がギルドマスター? この粗野な女が?
俺がまじまじと顔を見ていると、パウラはふんっと鼻を鳴らした。
「似合わないのはわかってるよ! 臨時だって言ったろ? レリダ支部のギルドマスターがこないだの騒ぎで死んじまったから、仕方なく代役でギルドマスターをやってんだ。ついこないだまで現役のBランク冒険者だったんだよ」
「あ、そういうこと……」
現役冒険者って聞くと納得できるな。それにしても、前のギルドマスターは死亡か……。スタンピードで命を落としたってことか……。
「で、あんたらは?」
「あ、Cランクのアルフレッドだ。こっちは連れのアスカ。彼女は冒険者じゃない。ガリシアには観光がてら訪れたんだが、大変な状況だって言うからレリダまで来てみたんだ」
「へぇ……セントルイスからの応援にしちゃ早いと思ったが、こんな時に観光かい。ずいぶん間が悪かったね」
「大変だったみたいだな……。ガリシア氏族がレリダの奪還を計画していて、傭兵と冒険者を募っていると聞いたが、状況を教えてもらえるか?」
「ああ。ちょうど1か月前に……」
パウラはレリダの現状を滔々と語ってくれた。
一月前の夜、レリダは夥しい数のゴブリンとその上位種・地竜・軍蟻などの魔物の群れに襲撃された。次から次に坑道口から飛び出してくる魔物の群れに、ガリシア氏族の兵は成すすべもなく蹂躙されてしまう。魔物たちはそのまま都市に居座り、一夜にしてレリダは魔都と化してしまった。
冒険者ギルドは死力を尽くして市民達を避難させることには成功したものの、多数の犠牲者を出してしまう。着の身着のままに逃げ出した市民達は、レリダの東側に難民キャンプを築き今に至る……。
「ガリシアの長老たちはレリダ奪還なんて騒いでるけど、今はとてもじゃないがそんな余力は無いね。族長のジオットが有力な傭兵団に声をかけてるらしいんだけど、それにしたってここまで来るには1,2か月はかかっちまう」
「なるほど……奪還作戦に参加しようと思っていたけど、当分先か」
「それよりも問題なのは食糧不足なんだよ。レリダの穀物庫から食糧は持ち出せたんだけど、それだってあと2週間もつかどうかって量しか無いんだ」
「食料か……これだけ難民がいるんだから、そりゃそうだよな」
「ああ。このキャンプにはだいたい2万人ぐらいの難民がいる。5万人はいたレリダ市民の大半は伝手をたどって地方に流れていったんだけどな。ここにいるのは行くあての無い奴らさ……。食料はガリシア氏族とウチで管理してて、毎日配給はしてはいるが十分な量じゃない。体力の無い年寄りや子供から死んでいってるよ……。ガリシア氏族が踏ん張ってるから治安は維持できてるけど、いつ暴動が起きてもおかしくない状況だね」
「悲惨……だね……」
今にも泣きだしそうな表情でアスカが呟く。
「生き残った冒険者と傭兵たちは近場のダンジョンに潜って、食用に出来る魔物を狩ってくれてる。あんたたちも協力しちゃくれないか? 報酬はろくに出せないが、そのぶん評価は高くする。Bランクに上がるチャンスだよ?」
目を向けると、アスカはゆっくりと頷いた。そうだよな。さすがにこんな状況じゃ、魔物との闘いを避けて魔素獲得を抑えるなんて言ってる場合じゃない。
「俺たちも協力するよ。いい狩場はあるか?」
「助かるよ! 近場だと北にある魔霧の湿原だね。マッドディア、グレイトトードなんかがよく出没するDランクのダンジョンだ。あとは、東のランメル鉱山が近いね。バジリスクやマッドバイパーなんかが出るCランクのダンジョンだ。姉ちゃんの方は冒険者じゃないってんなら、あんたソロなんだろ? だったら魔霧の湿原がちょうどいいんじゃないか?」
「んー、地竜の洞窟は? こっから近いでしょ? 地竜ならどっさりお肉が取れそうだし」
アスカが口をはさんだ。地竜の洞窟……スタンピードが起こるはずだったレリダの北にあるダンジョンだ。
「地竜!? バカ言ってんじゃないよ! 地竜はBランク魔物だよ? Bランクのパーティでようやく討伐できる凶悪な魔物なんだ。Cランクのあんたがソロで戦える相手じゃない!」
パウラが唾を撒き散らしながら叫んだ。まあ、確かにパーティーで挑むことが前提のダンジョンに、Cランク冒険者がソロで挑むって時点で普通じゃないだろうしな。
「大丈夫だよー。アルは冒険者ランクはCだけど、Aランク決闘士でもあるんだよ?」
「Aランク決闘士!? あのエルゼム闘技場のかい!? それなら……いや、ダメだ。決闘士の強さはあくまでも闘技場での一対一の決闘でのものだ。ダンジョンでそのまま通用するわけじゃない」
「ごもっともなんだけどさー。アルは蛇鱗の怪鳥の単独討伐もやってるんだよ?」
「蛇鱗の怪鳥!? 嘘だろ!?」
「本当だ。なんならアースキンの冒険者ギルドに問い合わせてくれ」
「…………マジか。いや、でも……うーん」
パウラはそれでもソロで行かせていいかどうか悩んでいる。見た目によらず慎重なギルドマスターだな……。
でも、そりゃそうだよな。スタンビートスタンピードで少なくない人数の冒険者の命が失われてるんだ。慎重にならない方がおかしい。
「だからこそ、地竜の洞窟なわけよ。あそこなら地竜に囲まれずに安全に狩れるでしょ?」
アスカがそう言うとパウラはハッとした表情になった。
「そうか……あんた、剣士か! そういうことなら……頼んだよ!」
「オッケー! 任された―!!」
なぜかがっちり握手するアスカとパウラ。いや、角を立てずに依頼を受けられるならそれでいいんだけど…………戦うの俺でしょ? なんで俺そっちのけで意気投合してんの?




