第201話 難民キャンプ
「さすがに予想外の展開ね」
「ああ、まさかレリダが陥落していたとはな」
夕食後、族長の息子ディーターが手配してくれた小型ゲルで俺達は休ませてもらった。小型とは言っても森番小屋より一回りぐらい小さいぐらいで、二人でも十分に生活できそうなぐらいの広さがある。
ゲルは2本の支柱で支えられていて、真ん中には真っ赤に燃える鉱石が放り込まれたストーブが置いてある。ストーブの上には鍋が置かれていて簡単な調理が出来るようになっていた。
せっかくなのでケトルで湯を沸かして、紅茶を入れる。もう春とは言え、高地の夜は寒い。マルベリーのジャムを少しだけ入れた紅茶は、ほっと心を落ち着かせてくれた。
「鉱山から湧き出た魔物って言ってたよな?」
「うん。地竜の洞窟のスタンピードとはまた別口なのかな?」
レリダは世界一の鉄鉱石採掘量を誇るアルジャイル鉱山を中心に栄えた鉱山都市だ。その歴史は古く、鉄鉱石採掘の最古の記録は千年前にも遡る。
その坑道はアリの巣のように地中奥深くまで広がり、最奥は地下数千メートルに及ぶという。上層では銅や鉄が多く採掘され、深く潜るにつれて銀や白銀、金剛鉄などの希少な鉱物をも入手する事が出来る。深く広大な鉱山を効率的に採掘をするために、鉱山の中に宿泊施設や酒場まで整備された地中の町すらもあるそうだ。
「魔物の中には地竜もいたそうだから関係はありそうじゃないか? それよりもゴブリン種の魔物が多く現れたってのが気になる」
「ゴブリンっていうと……」
「魔人族が関係していそうだよな」
レッドキャップの群れを率いて魔人族はチェスターを襲った。レリダでも同じことが起こったと考えた方が良いんじゃないだろうか。
「そうだね……。WOTでは魔人族が地竜のスタンピードを引き起こすって展開だったけど、今回はそれが鉱山の方で起こったって感じなのかな?」
「そう、考えておいた方が良いだろうな。どちらにしてもレリダに行ってみるしかないな」
「うん。じゃあ、そろそろ休もうか。明日も早く出るでしょ?」
「そうだな」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌朝、ディーターとヘッダが朝食を用意してくれたので有難くいただくことにした。ヘッダは俺が作り置きしていた平焼きパンが気に入ったようで、持ってきてくれた串焼き肉を挟んで皆で食べる。
「んーおいし! パンなんて久しぶりに食べたよ。ありがとねアスカ、アルフレッドさん」
「気に入ってもらえて嬉しいよ。こちらこそ朝食を用意してくれてありがとう」
森番小屋にいた時に作り置きした平焼きパンもそろそろ売り切れそうだ。始まりの森にいた時はチェスターで譲ってもらったパン種を使って平焼きパンを焼いていたが、さすがに手間がかかりすぎるので旅をしながらは作っていない。アスカのアイテムボックスがあればパンを焼きたてのまま大量に持ち運べるから、わざわざ作る必要も無いしな。
俺の作った平焼きパンの在庫処分はいいとして、それよりも……
「なあ、ディーター。もし良かったら、このベッド譲ってくれないか?」
「あん? ワインと交換なら、別に構わないが……こんな大きな物を持ち歩いて旅をするのか?」
「うん! この魔法袋は特別製でね、このぐらいの大きさの物ならなんとか入るんだよ。ベッド2台とワイン樽1個の交換でどう?」
「樽!? も、もちろんだ! ぜひ交換してくれ!」
よしっ、交渉成立! 羊毛をぎっしり詰め込んだベッドをゲット!
ベッド一台が丸々入る魔法袋なんて怪しさ満点だろうが、どう思われてでもこのベッドを手に入れたかったのだ。これで幌馬車の居心地がさらに良くなる。今までのベッドは森番小屋で使っていた物で、木枠の中に寝藁を詰め込んだ上に動物の皮を重ね、麻のシーツを張った粗末な物だったんだよな。
野宿しながら旅をする冒険者達に比べれば、それでもかなり贅沢だというのはわかってる。普通の冒険者達は、地面に布を敷いて寝るぐらいなものだからな。
でも王都の高級旅館『楡の木亭』での生活が長すぎて、柔らかいベッドに身体が慣れちゃったんだよな……。王都からの旅の途中では柔らかいベッドを手に入れる機会が無かったから入手を諦めていたけど、さすがはたくさんの羊を飼う遊牧民のベッド。王都以来の柔らかいベッドは素晴らしい寝心地だった。これは、なんとしてでも入手しないとな。
これでアスカとの旅の生活もより充実したものになるな! この柔らかいベッドでなら、あんな事やこんな事が…………。
イヤ、快適ナ睡眠ノタメニネ?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ゲルド氏族の集落を出て約1週間後、俺達はレリダから追い出されてしまった人々が避難生活を送る巨大な難民キャンプに到着した。
そこまでの移動は特に何事も無く、ただひたすらにだだっ広い草原を駆る毎日だった。違いと言えばセントルイスではたびたび遭遇していた猪を見なくなり、かわりに鹿型の魔物の姿を目にするようになったこと。あとは狼が少なくなり、豹が出現するようになったことぐらい。
魔物の強さはさほど変わらない。だいたいがレベル5から10ぐらいで、【威圧】をかければ尻尾を巻いて逃げ出すし、そもそもエースを恐れて近づいてこない。
時々、遊牧民の集落を目にすることはあったけど、特に用も無かったので立ち寄らなかった。物資の補給も必要無いし、情報はレリダに到着してから収集すれば良かったからね。
と言うわけで、レリダの難民キャンプに到着。寝泊まりする宿があるとも思えなかったので、ある程度近づいてからは幌馬車を出してエースに引っ張らせてキャンプに入った。
キャンプには、たくさんのゲルが延々と立ち並んでいた。鉱山都市レリダが王都クレイトンと同程度の人口だとすると、約10万人程の人々がこのキャンプで暮らしているわけだから、これぐらいの規模にはなるよな。
雰囲気は、王都のスラムに近い。人々の表情に活力は感じられず、皆一様に沈んだ顔をしている。何をする事も無く項垂れて座り込んでいる人、地べたに寝転んでいる人の姿が多く見られた。
「思っていたより、酷い状況みたいだな」
「住む場所を追い出されたんだもんね。皆、お腹を空かせてるみたい……」
「アスカ、わかってると思うけど」
「うん。チェスターの時みたいにバラまいたりはしないよ。あたし達も、食べて行かなきゃいけないしね……」
それなりに食料は備蓄しているけど、あくまでもそれなり。俺とアスカだけなら数年は持ちそうなくらいの食糧ではあるが、これだけの人達の腹を満たすことなんて出来るわけが無い。アスカはチェスターのスラムで食糧をタダで配布したことがあったけど、それとこれでは規模が違う。
「とりあえず……冒険者ギルドに行こうか」
「そうだな。まずは情報を集めないとな」
難民キャンプの治安維持のために巡回をしていたガリシア氏族の兵士に話を聞いたところ、キャンプの中心部に族長の住居や傭兵ギルド、冒険者ギルドの臨時支部が置かれているらしい。レリダ陥落の際に何があったのか、それとゲルド氏族の集落でヨゼフ族長から聞いたレリダ奪還作戦についても聞いておきたい。
難民キャンプは縦横を半分に割るように大通りがあり、そこから網の目状に細い道が通っている。俺達はチェス盤の様に広がった難民キャンプを中心部に向けて幌馬車を進めた。
中心部に近づくに連れてゲルは少なくなり、レンガ造りの家が多くなってくる。レンガ造りとは言っても、日干し煉瓦を積み重ねて隙間を泥で埋めたような粗末な建物だ。避難してから建てたのだろうから、レリダが陥落してから一月ぐらいは経っているのだろうか。
中心部に着き、ようやく目当ての場所に辿り着く。冒険者ギルドの看板を出している、無個性な四角い箱のような建物だ。俺達は幌馬車の御者台から下りて、エースのハーネスを手早く外す。エースに大通りに停めた幌馬車を見張るように指示してから、俺達は冒険者ギルドに足を踏み入れた。




