第200話 草原の集落
「すっげぇな……」
「ふぁー……」
セントルイス王国との境界線を隔てるナバーラ山脈の頂きに立つと、その先に広がっていたのはどこまでも続く草原だった。
「これが蒼穹の大地と名高い、ガリシア高地か……」
「ひっろいねー。草原が……なんか海みたい」
雲一つなく澄み渡る高い空。陽の光を鏡のように反射するエメラルドグリーンの湖。青緑色の地平線。その奥にうっすらと見える銀色の稜線。
俺達はその雄大な自然に、ただただ圧倒された。
「ようやく着いたな……」
「ほーんと遠かったねー」
王都を発ってから2か月。俺たちはようやく土人族が治めるガリシア自治区に辿り着いた。
これでもエースのおかげでかなり早く着いている。もしチェスターからクレイトンに向かった時のように隊商と移動をしていたら、おそらく半分にも至っていないだろう。
「いつもありがとうな、エース」
「ヒヒィーン!!」
首元を撫でてやるとエースが嬉しそうに嘶く。
「さて、まずは情報収集か?」
「そだね。あそこにキャンプがあるみたいだから行ってみようか」
アスカが遠くに見える湖の手前あたりを指差す。ここからだと白い点が何個かあるようにしか見えないが、たぶんあれはテントだろう。
「遊牧民かな……?」
「レリダと方向は一緒だし、とりあえず行ってみよ」
「おう、行こうエース」
「ブルルゥッ」
エースが俺の意思を汲み、軽い足取りで走り出す。エースもこの雄大な草原を駆けるのが嬉しいみたいだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
遠くに見えていた白い点はやはりテントだった。土人族の遊牧民が住む草原の家だ。数棟のゲルが湖の側に立っていて、周囲の草原にはたくさんの羊が放牧されている。
「おーい」
遊牧民の集落から馬に跨った男が手を振りながら近づいて来た。背丈はアスカより少し高いくらいで、顎には見るからに硬そうなヒゲを生やしている、がっしりとした身体つきの土人族の青年だ。
「よう、セントルイスから来たのかい?」
土人族の青年は馬に乗ったまま、気さくに話しかけてくれた。旅人慣れしているようで、朗らかな笑顔を浮かべている。
「ああ。クレイトンから来たんだ。鉱山都市レリダに向かう途中でね」
「ん? あんたら二人か? 隊商の先触れじゃねえのか?」
「ああ」
「なんだ、そっかー。今年はずいぶん早いなとは思ったんだ」
青年はあからさまに残念そうな顔をした。セントルイスからの隊商が来るのを楽しみにしていたのかもしれない。
「ってことは冒険者か。……今日は泊ってくかい?」
「いいのー? でも、宿なんてあるの?」
「小型の家を建ててやるよ。長旅で疲れたろ? ゆっくり休んでいきな」
「助かるよ」
隊商じゃなくて残念そうではあるが、歓迎してくれるらしい。まだ日も高いからもう少し先に進んで野宿しようかと思っていたが、寝床をわざわざ用意してくれると言うならせっかくだから泊まっていこう。
「それにしても、ずいぶん軽装だな。それ、魔法袋かい?」
「うん。旅の荷物は全部これに入れてあるの。けっこう大容量のバッグなんだよ」
アスカがさらっと答える。旅の間に何度も聞かれたことだけに、返答も慣れたものだ。
「へぇ。もしかしてさ、酒とか塩とか、余分に持ってたりしないか?」
「ワインと蜂蜜酒がある。塩もな。よかったら少し譲ろうか?」
「おっ、ほんとかよ、嬉しいね! 貯えを飲み切っちまって、ここんとこ羊乳酒と馬乳酒しか飲めなかったんだ。族長と会って交換してくれ」
「わかった」
こういう農村や集落に立ち寄ると、物々交換を持ちかけられることが多い。穀物や野菜などの農産物や工芸品、酒などを交換しあうのだ。もちろん貨幣で支払う事も出来るのだが、行商人や隊商が来ないと物資は手に入らないので物々交換の方が喜ばれる。
そういう事を見越してボビーは交換用にたくさんのワインや蜂蜜酒を用意してくれた。農業大国であるセントルイス王国と違いガリシアは農産物が育ちにくい土地だという情報を教えてもらっていたので、立ち寄った村落で穀物もたくさん買い付けてある。
お金には困っていないので別に金儲けをするために買い付けたわけじゃない。情報交換の対価として、様々な物を仕入れておいたのだ。
人は自分が求める物を譲ってくれた相手には、饒舌になるものだ。アスカのアイテムボックスがあればいくらでも持ち歩けるし、食糧はいくらあっても困ることは無いしな。
青年に導かれて集落に入る。集落の中央には広場があり、それを囲むように計8棟のゲルが建ち並んでいた。ゲルは核家族単位で居住すると言うから、この集落には30から40人ぐらいが住んでいるのだろうか。
「にいちゃーん! あ、お客さん?」
「おう、親父はどこにいる?」
「こんにちはー。父さんは家にいると思うよ」
広場から駈け寄って来た土人族の少女が、ぺこりと会釈して微笑んだ。少女と言っても、土人族の女性は総じて背が低く若々しいから、央人族の俺からは少女に見えてしまっているだけなのかもしれいないけど。
逆に土人族の男性は体格がかなりがっちりしてて、髭を生やしている人が多いから、大抵はオッサンっぽく見える。この青年も俺より年上に見えるけれど、話した感じからするとたぶん年齢は近そうだ。だとすると、この子はアスカぐらいかな?
「こんにちは。今日はお世話になります」
「あ、そうだ、ヘッダ。この人たち今日は泊ってくから、若い衆に客用のゲルを立てるように言っといてくれ」
「はーい」
少女は返事をすると元気に走り去って行った。
俺達は成年に連れられて、周りと比べて一回りは大きいゲルに向かう。ゲルの中は板張りになっていて、フェルト製の絨毯が敷かれていた。天井は6本の支柱で支えられていて、中央にある天窓から光が差し込んでいる。
部屋の真ん中には囲炉裏があり、石炭の様な鉱石が真っ赤に燃えている。その奥には、長いひげを三つ編みに結んだ男性がどっかりと腰を下ろしていた。
「族長、客人だ。レリダに向かう途中なんだそうだ」
「ふむ……ようこそ、客人。ゲルド氏族の長、ヨゼフ・ゲルドだ」
「初めまして、アルフレッドです。こちらはアスカ。突然の訪問、失礼します」
「今日は泊っていくそうだから、ウチの横に寝床を建ててるよ。かまわないよな?」
「ああ。客人、冬を超えたばかりだから大した持て成しは出来んが、旅の疲れを癒すと良い」
「ありがとうございます」
「あとさ、酒を譲ってくれるってさ。ワインと蜂蜜酒」
「小麦と塩もいくらかありますよ」
「それは助かるな。ディーター、フェルト生地と革をいくつか持って来い」
ヨゼフは相好を崩して、そう言った。
さてさて、ヨゼフ有利に物々交換をして情報収集に努めますかね。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、族長ヨゼフの息子だというディーターが持ってきたフェルト生地や羊革と、酒・小麦・塩などを交換する。食糧の備蓄はたっぷりあるので、ヨゼフの望むままに交換に応じた。隊商よりも割りの良い交換に機嫌が良くなったヨゼフは夕食に誘ってくれたので、喜んでお呼ばれすることにする。
「ふむ。やはりセントルイスのワインは旨いな」
「オリーゴン領、ナパ・クリークのワインです。王都でも人気の品ですよ」
全部ボビーの受け入りだけどね。渋みが少なく程よい酸味のなめらかな味わいとかなんとか……。俺はエール派だから細かい違いはよくわからんけど。
「ほら、アルフレッドも飲みな。ヘッダが仕込んだ羊乳酒だ。悪くないぞ」
「ああ、頂いてる。美味しいよ、ヘッダ。やっぱり羊肉料理と合うな」
饗されたのは肉、肉、肉。羊肉の嵐だ。
どうやら土人族の食生活は肉料理が中心のようだ。長時間煮込んだ解けるほど柔らかい羊肉、塩のみで味つけた肉串などが山の様に盛られている。平打ち麵がたっぷり入った羊乳ベースのスープは、さっぱりとした味わいでなかなか旨かった。
アスカは平焼きパンに串焼き肉を挟んで食べるのが気に入ったようで、ヘッダと話しながらモグモグと食べている。うん、可愛らしいな。
「観光目的?」
「ああ。冒険者ギルドの依頼を受けながらの、気ままな旅ってところかな。とりあえずはレリダの転移陣が目的地だ」
旅の目的を聞かれた時はこう答えるようにしている。商売や巡礼でもないのに国をまたいで旅をするヤツは珍しいけど、根無し草の様に旅する冒険者もいないわけじゃないからな。いちいち龍の従者だとか、魔人族討伐なんて言って回るのも面倒だし。
「そうなのか。てっきりレリダ奪還の傭兵募集に応じてガリシアに来たのかと思ってたよ」
「魔法袋があるから行商の真似事みたいな事もしてるけどな…………ん? レリダ奪還?」
奪還ってなんだよ? ガリシア自治区最大の都、鉱山都市レリダを……奪い返す?
「ああ。レリダはアルジャイル鉱山から湧き出た魔物に一夜にして落とされたらしい。ガリシア氏族はプライドに賭けて魔物達から都市を奪還しようと、国中から冒険者や傭兵を募ってる。隊商じゃないなら、それに応じてガリシアに来たんだと思ってたんだけどな」
鉱山から湧き出た魔物に落とされた?
思わずアスカと顔を見合わせる。そうか……アスカの言ってたことはやっぱり大きくは外れてなかったみたいだ。
……スタンピードは既に起こってしまったみたいだけど。
200話記念メモ
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