第199話 野営?
「とりあえずレリダまでは寄り道せずに一直線。レリダのちょっと南にガリシアの転移陣があるから、そこには寄るよ」
一緒に湯につかりながら、背を向けたアスカが俺の胸に寄りかかる。つるりとした陶器のような肩に目を下ろすと、くっきりとへこんだ鎖骨にお湯が溜まっていた。
「レリダに着いたらどうするんだ? 火龍の啓示のこともあるし……ガリシアでも魔人族が現れるのか?」
「んーわかんない。なんかWOTとストーリー展開が違いすぎて、何が起こるか予想がつかないんだよねー。んっ……ちょっとそこ、くすぐったーいー」
鎖骨を指でなぞってたら手を掴まれてジトっと睨まれた。もっと弄っていたかったが手を止め、ほっそりとした腰に両手を回してアスカを抱きかかえる。
「ん、ごめんごめん。そんなに違うのか? 決闘士武闘会の時も、チェスターの時もアスカの言う通りだったじゃないか」
「ぁんっ……。おっ、大筋では当ってるかもしれないけどね……。たぶんチェスターでフラムを倒しちゃったから展開が変わっちゃったんだよ。過去がちょっと変わったら、未来がすっごい変わるってやつ? バタフライエフェクトっていうの?」
「バタフライ……? ああでも、アザゼルが言ってたな。本来は王子を害するのが目的で、フラムの仕事だったって。俺がチェスターでフラムを倒したから、未来が変わった?」
「たぶんねー。火龍に会うのももっと後になるはずだったし、なんかいろいろ変わってて、もう予想がつかないんだよねー」
「ああ、火龍イグニスに会えるのは『火龍杯』で優勝した後で……って話だったな」
俺はそう言いながら、細い首筋に口づけを落とし、アスカのみずみずしい肌が弾いた水滴に舌を這わせる。
「……はぁっ……んっ……。そ、そう、だよ。だからっ、ガリシアで何が起こるかわかんないの」
「そっか。WOTでは何が起こったんだ?」
「ぅんっ……えっと……レリダの北の方に、地竜の洞窟ってダンジョンがあってね。ぁんっ……そ、そこの魔物がスタンピードを起こしちゃうの。で、レリダの防衛作戦に加わって地竜を倒すって感じ」
「へぇ。魔人族は現れないのか?」
「はぁ……はぁ……ぅんっ……魔人族も、出てくるよ。洞窟の奥で、んっ、た、戦うことになった……よ」
「なるほど」
「やっ……ここでは、ダメだって! お風呂あがってから……ね」
「む……わかったよ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「はい、ホットミルク」
「ありがとー」
アスカが髪を洗っている間に、先に風呂を出て用意しておいたホットミルクを手渡す。お風呂上りに牛乳を飲むのがニホンの伝統なんだとか。冷やした牛乳を一気飲みするのが正しい作法らしいのだが、アスカは身体が冷えないようにと蜂蜜を加えたホットミルクを飲むことにしているそうだ。
「ふー、きっもちいいねー」
二人とも薄着のままタープテントを出ている。火照った身体に、柔らかい春の夜風が心地いい。
「だな。でも春とは言えまだ夜は冷える。湯冷めしないうちに馬車に戻ろう」
「はーい」
この幌馬車はボビーが王都で用意してくれたものだ。中には森番小屋から持ち出したベッドが設置されている。
縦6メートル、横幅1.5メートル弱、高さ5メートル強の大きさで、行商人がよく使う類いの馬車だ。このぐらいの大きさの馬車は2頭の馬で引くのが普通だが、エースは1頭で余裕で引いてしまう。と言っても移動時はアイテムボックスにしまっているので引いてはいないけど。
今のところ寝床としてしか使っていないが、地面にテントを張るよりはかなり快適に過ごすことができるので助かってる。普通の旅人や行商人は地面にそのまま寝転がるか、良くてテントやタープを張るぐらいなものだから、かなり快適だと言えるだろう。
本当にアスカのアイテムボックスとボビーの気遣いには感謝しかない。
「じゃあ、エース、今日も見張りよろしくね」
「何かあったら、教えてくれよ」
「ブルルルッ!」
任せておけ、そんな思念をエースから受け取り、俺達は幌馬車に乗り込んだ。
ここのところ、夜間の見張りは全てエースに任せている。エースが周囲の気配察知に優れ、そこら辺の魔物なら簡単に駆逐できるほどの力を持つだけでなく、ショートスリーパーだからだ。
馬型の魔物に共通する特徴ではあるが、エースは睡眠時間が俺達に比べるとごく短い時間で済む。夜間もずっと立ちっぱなしで寝ている様子も無さそうなのだが、リンジーに聞いたところによると立ちながら10分ほどの睡眠時間を細切れに取っているそうで、1日合計3時間も寝れば十分なんだそうだ。
飼葉を多目に置いておけば、それを食みながら不寝番をやってくれる。しかもCランク魔物であるエースがいれば、そこらの雑魚は怯えて近寄っても来ない。盗賊なんかは寄ってくることもあるが、それなりの手練れでも無いとエースに敵うべくもない。
王都を出発した直後は、俺も見張りをしていたのだが、エースが全く危なげなく不寝番をやってくれるので今では全面的に任せてしまっている。そもそも、俺の【警戒】で周囲に魔物や怪しい輩がいないのを確認して夜営を張っているというのもあるけど。
丸一日、駈歩で200キロ以上を走って、夜は不寝番もやってくれる。エースは本当に頼りになる従魔だ。
「おいで、アスカ」
「うん……」
周囲には魔物や人の気配は全く無い。アスカが嬌声をあげたとしても、それを耳にするのはエースだけだ。
スマンな、エース。いつかお前の番も見つけてやるからな。
あ、でもエースのパートナーってやっぱり一角獣じゃなきゃダメなのかな。それとも二角獣とか軍馬とかでも大丈夫なのかな。
俺はそんな事を頭に過らせながら、アスカを掻き抱いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「防具を?」
「うん。レリダは土人族の街でしょ? 鍛冶屋さんもいっぱいあるから」
ことを終えたベッドの上で俺達は裸のまま抱き合っている。たとえ汗でベタついていたとしても、事後にたっぷりハグをしないとアスカのご機嫌が悪くなってしまうのだ。もちろん俺も吸い付くようなアスカの肌に触れているのは、やぶさかではないのだが。
「んー、でもオークヴィルで革鎧を買ってからまだ半年ぐらいだぞ? 別に傷んでるわけでもないし……」
右腕に乗ったアスカの頭を撫で、額にうっすらと浮かんだ汗を拭いながら答える。
革鎧も、その下に着こんでいる布鎧も、きちんと手入れもしているし、戦いで傷ついたら補修もしている。まだまだ問題なく使えるはずだ。
「でもさー、ルトガーが着てた竜鱗鎧に比べると、かーなり見劣りしちゃうでしょ?」
「それは……確かに」
「セシリーママに金剛石を手に入れてもらったし、白銀もあるし。ここらへんで良い防具を揃えておくべきじゃない? 軍資金もたっぷりあるし!」
ふむ……言われてみればその通りか。素材なんて持ち続けても意味がない。役立ててこそだ。
「武器の方もね。剣は、火龍の聖剣っていう最強クラスのがあるけど、魔法用に短杖とか作っといた方が良いと思うんだよね。いつまでも何の補正も無い練習用短杖を使い続けるのはどうかと思うよ」
「短杖か、そうだな」
「触媒には妖精石があるし、芯はコカトリスの尾羽根を使えば、終盤まで使える良い短杖ができるよ」
「うん、魔法はまだ苦手意識があるから、いい短杖があるといいな」
「でしょ? じゃあ、レリダに着いたらまず鍛冶屋めぐりだね」
「わかった。熟練度稼ぎとかは、どうするんだ?」
「闘技場で初級職は全部終わったから、当分はしなくてダイジョブ。ガリシアで【拳闘士】の加護が手に入ると思うから、それからかな」
「【拳闘士】か。で、レベル上げの方は今まで通り?」
「うん。初級職が終わったから、そこまで低レベルにこだわる事は無いけど、上がりすぎても後が面倒になっちゃうからね。今まで通り、素材が美味しい賞金首以外は基本スルーで。冒険者ギルドで賞金首討伐依頼があったら受ける感じで行こ?」
「了解」
王都を出てから、『蛇鱗の怪鳥』と『魔闘猪』の賞金首討伐依頼を受けて討伐に成功している。相変わらず雑魚は俺の【警戒】とエースの快足でスルーしているが、Cランク以上の魔石が手に入りそうな賞金首は積極的に狩っていくことにしている。
おかげでレベルもけっこう上がり、今のステータスはこんな感じだ。
--------------------------------------------
アルフレッド
■ステータス
Lv : 15
JOB: 暗殺者Lv.2
VIT: 907
STR: 756
INT: 720
DEF: 1260
MND: 720
AGL: 1080
■ジョブ
騎士・喧嘩屋・槍術士
癒者・魔術師・暗殺者Lv.2
■スキル
初級短剣術・初級弓術・初級剣術・初級槍術・馬術
夜目・潜入・索敵
瞬身
挑発・盾撃・鉄壁
烈攻・不撓・魔力撃
威圧・気合・爪撃
第三位階黒魔法・第三位階光魔法
牙突・跳躍・看破
投擲Lv.5・初級盾術Lv.8
警戒Lv.8・隠密Lv.7
暗歩Lv.5・影縫Lv.2
--------------------------------------------
闘技場で不死の合成獣を倒したことでレベルは13まで一気に跳ね上がり、その後の2体の賞金首討伐で15まで上がった。ステータスは異常な上がり方を見せており、全ての数値でヘンリーさんやエルサ・ルトガーを上回っている。
ステータスだけが強さというわけではもちろん無いが、ここまで差が出てくると力押しでどうとでもなってしまいそうだ。力に振り回されず、経験を積み上げ、技術を研いていかないとな。




