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騎士とJK  作者: ヨウ
第四章 絢爛の王都クレイトン
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第197話 幕間・セシリーの日常

セシリー視点です

 季節はそろそろ春ですが、山間の町オークヴィルの朝冷えはまだまだ厳しさが続いています。朝と寒さが苦手な猫獣人の私は、温かいベッドから出るのにとても苦労します。


 このまま羽根布団に包まれて二度寝してしまいたい。そんな誘惑との戦いから、私の一日は始まります。


【照明】(ライト)」 


 そうは言っても商人ギルドの仕事に遅れるわけにはいきません。眠気を覚ますために、まずは光の生活魔法で灯かりをつけます。


 夜目はきくほうですが、星明りも差し込まない閉め切った部屋の中ではさすがに何も見えません。アルフレッドさんのように【盗賊】のスキルがあれば、とても便利でしょうね。


 続けてアスカさんに教えてもらった『朝よが』をします。羽毛布団を掛けたまま膝を抱えて丸まったり、身体を捩じったり、両手両足を大きく伸ばしたり。最後はベッドの上で胡座をかいて深呼吸を何度か繰り返します。


 身体も温まり、頭も冴えてきます。とてもいいですね。『朝よが』をするようになってから、目覚めが良くなった気がします。


 でも、アスカさんは至高の目覚めは『朝ちゅん』だと言っていました。『朝よが』を上回る幸せな目覚めなのだそうです。


 『朝ちゅん』をするにはパートナーの協力が必要ということでしたので、残念ながら私には体験出来そうにありません。アスカさんが羨ましいですね。


 窓を開けて雨戸を開くと、東の空がぼんやりと銀色に染まり始めていました。今日は早番です。早く準備をしないといけません。


【着火】(イグニッション)


 台所に下りて薪ストーブに火をつけ、昨晩の残りの羊肉のシチューを温め直します。今日の朝食はこれと、スライスしたパンと山鳥亭の女将キンバリーさんから貰ったチーズにしましょう。


「ん、おいし」


 うん。一晩たったシチューはやっぱり美味しいですね。よく味が染みてます。


 アルフレッドさんにも褒めてもらった私の自信作。我ながら良い出来です。


 アルフレッドさんに『セシリーさんが作った羊肉のシチュー、また食べたいですね』と言われた時は、胸が高鳴ってどうにかなっちゃうと思いました。


 オークヴィルの未婚の女性に向かって、『お前の作ったシチューが毎日食べたい』だなんて! それもアスカさんの前で……アルフレッドさんったら、もう!


 うふふ。母に仕込んでもらっていて、本当によかったです。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「ジェイニーさん、お待たせしました。こちらが商人ギルドCランクの登録費と年会費の領収書です。それと、こちらがチェスターA級立地の物件リストと経営計画のコスト試算書です」


「ありがとう、セシリィ。さすが仕事の出来る女は違うね」


 今日、最初のお客様は「高級下着専門店ジェイニー&タバサ」の店主ジェイニーさんです。たった数か月前までEランクの個人商店で店名も無い町の仕立屋だったのですが、飛ぶ鳥も落とす勢いで急成長しています。


 今やウェイクリング領の貴族や商会の方で、ジェイニーさんの名を知らない人などいないでしょう。なぜか私の名前まで有名になってしまい、『セシリー』ではなく『セシリィ』と呼ばれることが多くなりました。


 本当に、本当に、いい迷惑です。大して違わない? 大違いですよ! イントネーションも言葉の響きも全然違うんです!


 はぁ……。より大きく、より美しく魅せてくれる愛用品ではありますが……商品名を変えてもらえませんか……?


 でも、ジェイニー&タバサの売り上げが上がれば上がるほど、取引の仲介手数料で商人ギルドも潤うので文句の一つも言えないのが悲しいところです。


「うーん、どの物件が良いかねぇ。セシリィ、どう思う?」


「そうですね……こちらとこちら、二つがおすすめですね。店舗前の交通量で言えばこちらの物件が一番ですが賃料がお高めです。こちらの物件は貴族街の中心地からは少々離れますが、そのぶん賃料は比較的安価です。ジェイニー&タバサほどの知名度があれば十分な集客が期待できるでしょうから、収益性の高い経営が出来るでしょう。それと私の名はセシリーです。セシリィじゃありません」


「ん……だとしたら、こっちかな。当面の収益性が低くても、ウチの商品をたくさんのお偉方に知ってもらいたいんだ。こっちなら他の領地の貴族様や商会の人達の目にもつきやすいだろう? どう思う、セシリィ?」


「確かにそうですが……その分だけリスクは大きいです。ジェイニー&タバサの商品は独創性が高いですから今は飛ぶように売れていますが、早晩類似商品が出回るようになるでしょう。だからこそ今のうちにブランド力を高めて、シェアの確保を狙うという考え方はあろうかと思いますが……。それとセシリーです。セシリィじゃありません」


「ふふっ。類似商品が出回ったところで、そうそう簡単にうちには追い付けないよ。年齢、体格、種族に合わせたラインナップを開発してるんだ。デザインはエレガントからフェミニンまで幅広く、機能は底上げにリフトアップに……アスカ様のアイデアは続々と実現してる。下着と言えばジェイニー&タバサって国中に知らしめたいのさ、セシリィ」


「それなら……A級立地のこちらの物件一択ですね。チェスター最大手のアリンガム商会のすぐ隣の物件ですよ。だから、セシリーです」


「アリンガム商会の近くってのは好都合さ。先日、ウチに商会長のバイロン卿がいらしたんだよ。すごく気に入ってくれてね。奥様だけじゃなく御令嬢の分まで大量に買って行ったよ。奥様はともかく御令嬢のサイズまで知ってるんだから驚きだよ。貴族ってのはホントに良い趣味してるよ。ああ、セシリィのオヤジさんもサイズを把握してそうだな」


「そんなの当たり前です。成長を確かめるためにも父親は娘の事を細かく把握するものでしょう? 父もオークヴィルに戻った時には、必ずお風呂で確認してくださいますよ。あと、セシリーです!」


「……えぇ? セシリィ、あんた何言ってんの? ええぇ……?」


「セシリーです!」


「あ、あぁ、セシリー、すまない。まあ、いろんな家族の形があるよな…………あのバカ親父」


 なぜかジェイニーさんが絶句しています。セシリィ呼びはやめてくれたので、まあいいでしょう。


「そ、それより、セシリー。新商品があるんだ。その名も『童貞を殺すセシリィ&アスキィ』さ。あんたのサイズにぴったりな試着品を持ってきてるんだ。興味……あるかい?」


 ジェイニーさんがニタリと下卑た笑みを浮かべます。そんなの、興味なんてあるわけ……


「コホン! では、個室でお話ししましょうか。エドモンドさん、少し受付を代わってください。 え? 商談? そんなの待たせておけばいいじゃないですか。あん? んなもん、いいから早く…………はい、ありがとうございます、エドモンドさん!」


 ジェイニー&タバサはオークヴィル商人ギルドにとって最重要のお客様です。賓客として応対しないといけませんからね。どんなお客様よりも優先します。


 ちょっと、ジェイニーさん? 苦笑いしていないで個室に行きますよ?




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「セシリー! ただいま!」


「今、帰ったニャ!」


「頼まれてた素材、持って来たぞ! 今日はCランクの魔石も2個あるぜ!」


「お帰りなさい、みなさん。ご無事で良かったです」


 夕方になってダーシャさん、エマさん、デールさんの3人が商人ギルドにいらっしゃいました。今やオークヴィルのナンバー1の冒険者パーティ『火喰い狼』(フレイムウルフ)の皆さんです。


「ほいっ、頼まれてたエルダートレントの樹皮と枝、霊草セルベ。それとCランクのノーブルヴァイパーとイヴィルボアの魔石だ」


 最近はシエラ樹海の深部にまで攻略を進められていて、樹海の奥でしか取れない素材の採取依頼を直接させてもらっているのです。いつも身体中に傷を負って、ボロボロになって戻って来られるので内心冷や冷やしているのですが、今日は皆さん無傷の帰還のようです。


「ありがとうございます! どの素材もすばらしい品質ですね。でも、Cランクの魔石まで譲っていただいても良いのですか? これほどの魔石を冒険者ギルドに納めれば、かなりの貢献度算定が期待できるのでは……?」


 『火喰い狼』の皆さんとは、アスカさんとアルフレッドさんの送別会で知り合ったのですが、それ以来ずっと商人ギルドに顔を出しては素材収集依頼を受けてくださるのです。


 冒険者ギルドを経由して依頼すると手数料がかかりますので私たちとしては助かりますが、火喰い狼の皆さんのギルドランクを上げる邪魔になっているのではないでしょうか。


 素材の方は良いとしても、魔石は冒険者ギルドに納品して貢献度を得られた方が良いかと思います。


「いいのいいの。私たちは冒険者ランクなんて二の次だから」


「おう。ランクなんてどうでもいい。今は戦う力を身に着けることが第一だ。だからこそ、手も足も出なかった『火喰い狼』をパーティ名にしてるんだしな」


「そうニャ。アスアルにもセシリーをよろしくって頼まれてるしニャ」


「……ありがとうございます。でも、無茶だけはなさらないでくださいね」


 本当にアルフレッドさんとアスカさんには感謝ですね。優秀なパーティとの縁が持てたのは幸運でした。


 『火喰いの狼』の皆さんにとって、アルフレッドさんとアスカさんは命の恩人であり、自らの力を高める助言をしてくれた恩師にも近い存在でもあるそうです。本当にあのお二人の影響力は強いですね。


「そういや無茶と言えば、シエラ樹海の深部で珍しい奴らと会ったんだよ」


「珍しいヤツらですか……?」


「次期領主のギルバード様とその従騎士だ。深部の魔物達を狩りまくってレベル上げしてた」


「ギルバード様がですか? 領主様の後継者が樹海の奥地で演習を……?」


 ダーシャさんがうんと頷いた。


 ギルバード様はウェイクリング領騎士団の騎士でもありますものね。領民に危害を及ぼす魔物を排除するのも騎士様の役割です。たくさんの魔物を狩って強くあろうとするのも当たり前の事ではあるのですが……。


 領主の後継者としては、そんな危険な場所に踏み入れるのは望ましくないのではないでしょうか……?


「鬼気迫る勢いって、ああいうのを言うんだろうな」


 ギルバード様が、なぜシエラ樹海の深部まで踏み込まれたのかはわかりませんが……とにかく『火喰い狼』の皆さんが無事に帰り着いたことを神に感謝するべきですね。


「皆さん、私そろそろ終業時間なんです。よろしければ清算だけ済ませてまいりますので、続きは山鳥亭で聞かせていただけませんか?」


「うん、いいわね!」


「ちょうど、行くつもりだったのニャ! セシリーもいっしょに行くニャ!」


「はいっ!」


 今日は早番ですので、まだ日も高く昇っています。『火喰い狼』の冒険譚を聞かさてもらいながら、食事をゆっくり楽しみましょう。




 こんな風にして、またオークヴィルの一日が過ぎていきます。アルフレッドさんとアスカさんとの縁から繋がっていった皆さんとの穏やかな日常。こんな毎日が、ずっと続いて行くといいのですけれど……。




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