第19話 ネームドモンスター
その翌日、薬草刈りとキノコ狩りを午前中で終わらせて、午後は買い物をすることになった。頼んでいた服も仕上がっているはずだ。ようやくかわいい服が着れるとアスカは朝から上機嫌だ。
俺たちは早朝からシエラ樹海に入り、効率的にキノコを採集していく。アスカは採集ポイントまでのルートを完全に覚えたようで、よどみなく採集をしている。
山の森の中だと言うのにアスカの足取りは軽い。連日の薬草刈りとキノコ狩りで、足腰がかなり鍛えられたみたいだ。
「ふうっ。これでアイテムボックスもいっぱいになったよ。このまま牧草地に行こうか」
「ああ。さっさと終わらせて、羊肉のシチューを食べに行こう」
「うん! あ、アル、セシリーが明後日お休みだから羊肉のシチューのレシピ教えてくれるって」
「おっ、ほんとか?」
「明後日の昼にセシリーの家で教えてくれるって」
「それは嬉しいな。じゃあチェスターに向かうのは、その翌日かな」
「そうだねー。10日近くいるから、なんか寂しいなー」
「セシリーとはだいぶ仲良くなったみたいだしな」
稼いだ金で服を買って装備を整えれば、この町での用事は終わりだ。次はチェスターを経由して、王都クレイトンへ。かなり長い道のりになるから入念に準備しないとな。
「あっ! アル! あそこ見てっ!!」
牧草地に向かってローレンス川を渡ろうとしたところで、アスカが叫んだ。指し示した方を見ると、3人の冒険者が4匹のレッドウルフに囲まれていた。冒険者のうち二人は倒れ伏して動かず、もう一人も剣を杖のよう地面に立てて、膝を折っている。
「アルっ! まずいよ……助けてあげて!」
「……ああ。加勢してくる」
索敵で魔物と冒険者がいることには気づいていたけど、アスカを連れていても十分に逃げ切れるぐらいの距離だったから気にしていなかった。
少し遠いな……間に合うか!?
俺は川沿いの砂利道を疾走する。レッドウルフ達は今にも冒険者たちに襲い掛かりそうだ。潜入を使っているせいか、レッドウルフたちはまだ俺に気づいていない。本来なら気配を隠して奇襲をかけるのが盗賊の定石なんだろうけど、そんなことをやっていると間に合いそうにない。
俺はダガーを手に取り大きく振りかぶる。当たりはしないだろうけど気を引ければいい!
「くらえぇぇっ!」
俺はダガーを投げつけつつ、大声を出してレッドウルフの注意を引く。奇跡的にダガーは狙いをつけていた一匹の後ろ足に突き刺さった。
よしっ、幸先がいい!
俺は走りながら、腰に帯びたショートソードを引き抜く。レッドウルフたちはターゲットを俺に変更したようで、俺に向かって駆け出した。
ダガーが刺さったレッドウルフは後ろ足を引きずりよたよたと歩いている。あいつはいったん放置しても大丈夫そうだな。
3匹のレッドウルフが、真っすぐ俺に突っこんできた。レッドウルフ達もなかなかの早さだけど、敏捷値は俺の方が勝っているみたいだ。いい仕事するじゃないか、盗賊の加護!
俺は首元を狙って飛びかかってきたレッドウルフ1匹をサイドステップで躱し、もう1匹はギリギリのタイミングで身を捩って避ける。狙いは最後の1匹だ。
走り寄るレッドウルフに剣を振り下ろす。額から顎にかけて頭を真っ二つに切り裂いた。よしっ、これであと二匹だ。
通り過ぎた二体はすぐにこちらに向きを変え、飛びかかってくる。同じ様に一匹目の攻撃をかわして、もう一匹と一対一に持ち込み、すり抜けざまに剣を切り上げる。「キャインッ」と鳴き声を上げて転がったレッドウルフの腹からはボロッと内臓が飛び出ている。
あともう1匹っと目を向けると、かなわないと判断したのか、無傷のレッドウルフは脱兎のごとく逃げ出していた。うん、あいつは放置だな。深追いする必要はない。
俺はダガーを後ろ足に突き刺したまま逃げ出そうとしている最後の一匹を追いかけ、背後から剣を振り下ろし首を切り落とした。
ふうっ。
初めての魔物戦だったけど、何とかなったな。アスカの言う通り、この辺りの魔物に後れを取ることは無いみたいだ。
「アルッ、だいじょうぶっ!?」
「ああ、問題ない。アスカは平気か?」
アスカがようやく追いついてきた。良かった。とっさのことで放り出して駆け付けたけど、アスカも無事みたいだ。まあ、周りに他の魔物がいないことは確認済みだったんだけど。
「さっきの人たちは!?」
あっ、そうだ、倒れてた冒険者たちのこと忘れてた。俺たちは慌てて倒れていた冒険者に駈け寄る。
「大丈夫か!?」
膝をついていた男性の冒険者が肩で息をしている。
あれ? こいつら前に話しかけてきた冒険者達じゃないか。
「すまない、助かった。もうだめかと思ったぜ」
「ああ、間に合って良かった」
「アルっ! こっちの子たち酷い火傷してる!」
倒れていた二人の女の子を見ると、身体のいたるところに火傷を負い、装備している革鎧も焼け焦げている。
「……酷い火傷だな。アスカ、いいか?」
俺は腰に付けたポーチから下級回復薬を取り出しながら、アスカに聞く。アスカは心配そうな顔を浮かべ、目に涙をためながら首を何度も縦に振る。
火傷を負った二人の様子を診る。意識は無い。だが短く荒いけれど呼吸はある。頻脈だが拍動もある。まずは火傷の治療だな。
「治療させてもらうぞ?」
「ああ、ありがてえ。頼む、ダーシャとエマを助けてくれ」
俺は広範囲に火傷を負っている猫人族の少女に、下級回復薬を振りかけていく。回復薬の液体は患部に触れると青緑色の薄い光を放ち、たちどころに火傷を癒していく。
さすがに回復薬は効果がすごいな。アスカが一瞬で作ってしまうので有難みを忘れていた。本来回復薬は、何段階もの手順を踏みつつ薬師が魔力を注ぎ続けて作るものだ。アスカは材料さえ揃えば魔力も使わずに量産してしまうので、感覚が薄れてしまうのはしょうがないかもしれないけど。
「すまん。高価な回復薬を使わせてしまって。すぐには返せないけど、必ず返すよ」
「いいよいいよ、そんなのー。こんなのすぐ作れるし」
火傷の治療が上手くいき安心したのか、いつもの朗らかな声でアスカが答える。俺はもう一人のエルフの治療にあたる。この子は火傷は浅いけど、大腿部に深い噛み傷がある。レッドウルフにやられたのだろうか。
「こんなのって……あ、あんた商人ギルドの関係者って言ってたけど、薬師だったのか」
「うん、そんなとこ。この辺りには薬の素材がたくさんあるから、気にしなくていいよー」
目立った火傷と噛み傷の治療は終わり、念のために着こんでいた革鎧や衣服を剥がして全身を確認したが大きな怪我はなさそうだ。
確認の際に、張りのある乳房や太腿も見えたけど、これは治療のために必要な行為だ。他意は無い。アスカがじとっとこちらを見てるけど、断じて他意は無いのだ。
「これで、大丈夫そうだ。君は平気なのか?」
「あ、ああ。俺は軽傷だ。問題ない」
問題無いって、お前ついさっき片膝ついて戦えない状態だったじゃないか。大きな怪我はなさそうだけど、体中に打撲や軽度の火傷があるのは見て取れる。
「これを飲んでおけ」
「俺か? いや、そこまでやってもらうわけにはいかねえよ。それに……装備を買いそろえちまったばっかりで、回復薬の代金を払う余裕がねえんだ。あっ、もちろん連れに使ってもらった分はちゃんと稼いで返すぜ?」
ちらっとアスカを見ると、同じ思いみたいだ。俺は男に回復薬を無理矢理に押し付ける。
「いいから、飲んでくれ。アスカにかかれば下級回復薬の調剤なんてあっという間だから、このぐらいなんでも無い。金もいらない。それに、この子たちを町まで運ばなきゃならないだろ? その状態で運べるのか?」
男は少し迷った後に回復薬を受け取り、一気に飲み干す。効果はてきめんで、あっという間に打撲や火傷のダメージは無くなったようだ。
「……すまない。恩に着るよ」
「困ったときはお互い様だよー。こんなところにいるとまた魔物に襲われちゃうかもしれないから、早く町に帰ろう」
アスカがにっこりと笑って、そう言った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺がエルフ娘を背負い、男が猫娘を背負って町に戻る。3人は町の入り口のすぐそばにある宿に泊まっていたので、部屋に運び込んで少女たちを寝かしつけた。起きてからの体力回復のために回復薬を2本、デールに押し付ける。
「本当に世話になった。あんた達は命の恩人だ。この恩は必ず返す。助かったよ」
「気にしないでってば。あたしチートがあるから回復薬なんていくらでも作れるんだから」
おいっ。余計な事を言うなアスカ。まあ、チートって言葉では伝わらないだろうけど。
「……恩に着る。あ、俺はデール。この町で冒険者をやってる。あんたらの名を教えてくれ」
「三谷アスカ。アスカって呼んで」
「アルフレッドだ。アルでいいよ、デール」
「ありがとう、アル、アスカ。こいつらが目を覚ましたら、あらためて礼をさせてくれ。商人ギルドに行けばいいか?」
「ああ。商人ギルドでアスカの名前を出してくれれば、伝言を預かってくれると思う」
「わかった。いやあ、今回ばかりは生きて帰れねぇと思ったぜ。火喰い狼に挑んだんだがまるで相手にならなくてな。なんとか逃げ切れたんだけど、満身創痍のところをレッドウルフ共に襲われちまってさ……」
火喰い狼? もしかしてセシリーさんが言ってたやつか? 確か火を吹く狼が見かけられたって。
「え? 知らねえのか? 樹海の中で、他の魔物を襲いまくってる火を吹く狼で、火喰い狼って称号がつけられた賞金首だ。なんでもここ最近、牧草地にレッドウルフ共が出てくるのは、火喰い狼に餌場を奪われたからじゃないかって話だぜ?」
そういう事だったのか。確かに獣人の二人もひどい火傷を負っていた。危険な魔物だな……あと二日ほどしかオークヴィルにはいないとはいえ、気を付けないとな。
「ネームドモンスター……!!」
ん? どうしたアスカ。なんか目がキラキラしてないか?