第194話 壮行会
「意識を失った? だ、大丈夫だったのですか?」
「ああ。今のところ不調は無いな。気を失っていたのも数分だったみたいだし」
「あたしも平気ー」
大聖堂を訪れた翌日、俺とアスカはクレアに会いにアリンガム家を訪れていた。
「そ、それで、授かった天啓というのは?」
「たぶんだけど……闇と力に魅入られた魔人族から世界を救え、ってところだと思う」
「たぶん、ですか?」
「ああ。火龍イグニスからの啓示は言葉で語られたんじゃなくて……なんていうか、遠く離れた何処かの、誰かが見た出来事を見せられたって感じなんだ。それと、火龍イグニスの感情をそのまま伝えられたというか」
「何処かの、誰か……ですか? どんな出来事だったのですか?」
「魔人族が……人々を襲っていた」
荒れ果てた大地、崩れ落ちた家屋、炎上する樹々。槍で串刺しにされた央人の男、焼け焦げた土人の少女の遺体、子供の亡骸を抱え絶叫する獣人の女、折り重なるように倒れ伏す神人の男女。そして剣を振り上げ、魔法を放ち、恍惚とした笑みを浮かべる魔人達。
俺達が火龍イグニスの感情と共に見せられたのは、そんなイメージだった。
「たぶん、あれは過去に起こった出来事なんだろう。魔人族が世界各地の町や村を襲った時の事を、夢のように見せられたんだ」
その時のイメージを思い出したのかアスカの顔が青ざめる。俺はアスカの手に、そっと手を重ねた。
「そう……ですか。それにしてもアル兄さまが龍の従者ですか。アル兄さまに加護を与えたのは神龍ルクス様ではなく、アスカさんなのでは?」
「そのことはクレア以外には話していないんだ。だから陛下は俺やアスカの事を、龍の従者だと思われている。火龍イグニスから天啓と祝福を授かったわけだから、そう言っても差し支えないのかもしれないが」
「祝福ですか?」
「これだよ」
そう言って俺は腰に挿した剣を外し、テーブルの上に置く。
「これは、アル兄さまが使っておられた片手剣ですよね?」
「ああ。鞘から抜いてみてくれ」
「これは……!」
「火龍イグニスの祝福を受けた剣、『火龍の聖剣』だよ」
やや白っぽかった紅の騎士剣の刃は、火龍イグニスの祝福を受けて剣身が真紅に染まっている。クレアから火龍の聖剣を受け取ると、紅の剣身がうっすらと輝きを放った。
「アル兄さまの……聖剣なのですね」
「アル専用装備だね」
魔物の牙や骨などを素材に鍛えられた武器を魔剣・魔槍などと呼び、精霊や妖精などに力を与えられた剣を聖剣と呼ぶ。神龍ルクスや守護龍から力を与えられた剣も同じく聖剣と呼ばれるが、こちらは使用者が限られるという特徴があるのだ。
陛下に天啓について報告に行った際に親衛隊の騎士達に試してもらったのだが、彼らはこの『火龍の聖剣』の持つ魔法効果を発揮させることが出来なかった。俺が聖剣に選ばれたと考えていいだろう。
「ルトガーの使ってた劫火ノ大剣と同じだな。先祖が火龍イグニスから授かったと言ってたけど、あの剣もルトガーしか扱えないみたいだ」
「あの剣さえ無きゃアルが優勝だったのにねー」
「そうでもないさ。実戦経験で大きな差があったからな」
もしかしたらこの剣もルトガーの聖剣と同じく、魔法を発動する効果なんかもあるかもしれない。アスカは【武具鑑定】が無いから、この聖剣の性能がわからないと言っていた。実際に使ってみて、その真価を探っていくしかないだろう。
というかアスカは【商人】や【鍛冶師】でも無いのに、【武具鑑定】を覚えられるんだな。よく考えたら【武具解体】なんてスキルを持ってるぐらいだし、やはり【JK】って加護は特殊だ。
「それで、アル兄さま達はいつ旅立たれるんですか?」
「明後日には出発するよ。外出もろくに出来ないんじゃ王都にいてもしょうがないし、クレアとボビーのおかげで旅の準備は万全だからな」
「そう、ですか……」
クレアは一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに満面の笑みを浮かべる。
「で、では明日の夕方に、アル兄さまの友人の方々をお誘いして壮行会を開きましょう! エルサ様にルトガー様、ヘンリー様とスタントン准男爵……マルコ隊長や支える籠手の方々もまだ王都にいらっしゃいますからお誘いしないと! アル兄さま、他に呼ばれたい方はいらっしゃいますか? ジオドリック! パーティを開きますわ! 急いで準備をしましょう!」
「あ、ああ。魔物使いギルドのリンジーとか……」
その明るい振る舞いとは裏腹に、クレアの目はうっすらと潤んでいた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「では、救国の英雄アルフレッド殿の旅の安全を願って! 乾杯!」
「乾杯!!」
マーカス王子殿下の音頭で、クレア主催の壮行会が開催された。アリンガム家と繋がりのある貴族や商家の人も呼んだため、想像以上に大きなパーティになってしまった。
というかまさかマーカス王子殿下までいらっしゃるとは。『命の恩人であるお二人に御挨拶をしないわけにはいかない!』とお忍びでいらしてくださったそうだ。
……さっそくアスカと話してるけど、なんか距離が近くない? ちょっと、マーカスきゅん?
「アルフレッドさん!」
「グレンダさんにサラディンさん。マルコ隊長も来てくださったんですか。ありがとうございます」
「ちょっ、アルフレッドさん、俺もいますよ!」
「あはは、久しぶり、ジェフ。皆さんもお元気そうでなによりです」
「おう。アルフレッドも……いや、もう呼び捨てには出来ねえな。英雄アルフレッド様」
「やめてくださいよ、サラディンさん。今まで通りでお願いします」
「さすがはアルフレッドさんだね! 決闘士としての評判はすこぶる悪かったから一体どうしたのかと思ってたけど……」
「そうっすよー。王都のヤツ等は見る目が無いっすね。泥仕合とか処女信仰者とか、意味わかんねーことばっか言ってんすから」
「酒場でアルフレッドさんの噂を聞くたびにジェフが喧嘩を売り始めるもんだから……衛兵の詰所に何度お世話になったことか」
「おいおいジェフ、気持ちは嬉しいけど……」
久しぶりに会う支える籠手の面々は、相も変わらず気持ちが良い連中だった。決闘・訓練・依頼・採集と何かと忙しくしていたから会いにも行かなかったけど、不義理をしていたな……。彼らとも2か月近く一緒に旅をした仲間だったんだ。王都を出る前に会えてよかった。
隊商と支える籠手はもうすぐ冬が終わるので、ジブラルタ王国に戻るそうだ。クレアもそれに帯同してウェイクリング領に戻るらしい。
「アルフレッドさん!」
話しかけて来たのはリンジーだ。魔人族に操られた従魔に刺し貫かれ重傷を負ったが、闘技場の救護班の応急処置を受け、さらに聖女アスカの【聖者の祈り】で命を取り留めたらしい。
「ブルズは……残念だったな」
「仕方がありません。従魔を失った魔物使いはわたしだけじゃありませんから。それに、ブルズはBランクの従魔で、私の身の丈には合ってなかったですからね。それよりも、魔人に利用されたブルズを止めてくれて、ありがとうございました」
リンジーと一緒に捕獲した青灰魔熊のブルズは、アザゼルに利用されたばかりか不死の合成獣の一部にされてしまった。リンジーは重傷を負っていたために、変わり果てたブルズの姿を見る事が無かったのは不幸中の幸いだったのかもしれない。
「これからは初心にかえってガルムと一緒にがんばります!」
「ああ、頑張ってくれ。また王都に来ることがあったらアスカと一緒に会いに行くよ」
リンジーのおかげでエースと従魔契約を結ぶことが出来たし、魔物使いギルドの飼料レシピのおかげでエースを強化することも出来ている。彼女には何らかの形で恩返しをしないとな。
「アルフレッド!」
「ルトガー、エルサも。よく来てくれた」
「おう! いやー目立ちすぎて息苦しいぐらいだな」
「本当にそうね。前から騒がれてはいたけど、ここまでじゃ無かったわ。外出もろくに出来ないくらいだもの」
エルサの言う通り、王家のせいで俺達の王都での人気っぷりはとんでもない事になっている。元から人気者で顔も知られていたエルサやルトガーは、ろくに出歩くことも出来ないらしい。
俺とアスカは変装すれば、なんとかばれずに済む。アスカはあまり顔を知られて無いからカツラをかぶって黒髪を隠せばほぼ見つからないしね。アスカ自身はそれがちょっと不満みたいだけど。
「俺はA級になって決闘もそう簡単に組めなくなったから、しばらくは迷宮めぐりでもして鍛錬に励むつもりだ」
「迷宮か。無茶するなよ、ルトガー。エルサは?」
「私は国に帰るわ。君達のおかげで妹も快復しているでしょうし、早く元気になった顔も見たいしね。君達もアストゥリアに来るんでしょう? エウレカに来たら必ず私を訪ねるのよ? 家をあげて歓迎するわ」
「ああ。ぜひお邪魔させてもらうよ」
エルサ、そしてルトガーのお陰で、良い経験を積むことが出来た。それに彼女達がいなければ、俺達はきっと魔人族の襲撃を生き残れなかっただろう。エルサは俺達を恩人と呼ぶが、彼女たちは俺達にとっても恩人だ。
「アル兄さま」
「おお、クレア。ボビーもか」
「よっ、英雄! いやー、魔法剣士サマと聖女サマのおかげで、儲けさせてもらってるよ!」
「まったく……。『五英雄』とか勘弁してくれよな。おかげで気軽に外にも出れないじゃないか」
「俺がやらなくても誰かが言い出したさ。それに外に出れないのは俺のせいじゃないだろ? 今やアルと嬢ちゃんのことを知らないヤツなんて王都にはいないからな」
「はぁ……。そう言えば、商会の方は順調か? 運営資金まで決闘ベッティングですってしまったんだろ?」
ボビーがお前のせいだと苦笑いする。
「上級万能薬の褒賞で、俺も今や准男爵だからな。名誉爵位とは言え、信用がついたからそれなりの額の融資を受けられる。当面はなんとかなりそうだ。アリンガム商会さんとも仲良くさせてもらってるしな」
「こちらこそ良いお付き合いをさせて頂いて感謝しておりますわ、スタントン様」
スタントン商会とアリンガム商会は互いに主に取り扱う商材が重複しないこともあり、提携関係を結ぶことになったそうだ。今のところは互いに商材を融通しあう程度のようだが、今後は一緒に隊商を組んで護衛や人足などの輸送費低減と効率化を目指すとか。
闘技場での言い争いから始まった関係が、こんな風にして繋がっていくなんてな。何が起きるかわからないもんだ。
「あの、アル兄さま」
「ん、どうした? クレア」
決闘ファンのボビーがここぞとばかりにルトガーやエルサに話しかけに行ったところで、クレアに小声で呼びかけられた。クレアは神妙な顔つきで迷うそぶりを見せていたが、意を決したように俺と目を合わせた。
「アル兄さま、別室で少しお話しませんか?」
緊張と真剣さを宿すクレアの瞳を見て、俺はゆっくりと頷いた。
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