第193話 火龍の間
「ついに目的の地に辿り着いたね!」
「なにが目的の地だよ。ここに来る予定なんて無かったじゃないか」
「えー? 王都に着いたら大聖堂に行くんじゃなかったの? 神龍ルクス様に与えられた加護の真意を問うって何回も言ってたじゃん?」
そう言ってアスカがニヤッと笑う。
「……万能だよな、その言い訳」
俺達は今、王都の中央に位置する大聖堂の前にいる。
精緻な彫刻で装飾された2本の尖塔が左右にそびえ立つ、壮麗な大聖堂。中に一歩足を踏み入れると、厳粛な雰囲気に包まれ、美しい彫刻や絵画などに囲まれる。聖堂の天井に嵌め込まれたステンドグラスからは、色とりどりの神々しい光が降り注いでいた。俺達はその美しさに目を奪われ、思わずため息を吐いた。
「はぁ、生で見ると……すごいねぇ。ヨーロッパの大聖堂とかってこんな感じなのかな……」
「王都が誇る最大の聖堂だからな。一生に一度はここに訪れたいって、国中から巡礼者が集まるんだ」
「へぇー」
今日の目的地はこの聖堂の奥深く。陛下から特別に立ち入りを許可された聖域だ。
「お待ちしておりました。アルフレッド様、アスカ様。こちらへどうぞ」
陛下から話が通っていたようで、正面入り口で出迎えてくれた。
男に案内され、大理石の円柱が左右に整列する中央通路を抜ける。聖堂中央にある主祭壇の裏側へと回ると、いくつもの礼拝堂が並んでいた。
俺達はその中の一室に通される。僧服の男は俺達に続いて礼拝堂に入ると、出入口に鍵をかけ、祭壇の前に設置された説教台の底面に手を伸ばした。
すると、ゴゴッと音を立てて説教台が横にずれていき、地下へと続く梯子が現れる。その先には螺旋階段があり、等間隔に明かりが灯っていた。
「この先は陛下もしくは司教の許可を得た者以外は立ち入ることが許されない聖域です。お二人のみでお進みください」
「はい」
「お分かりかとは思いますが、この通路については……」
「ええ。決して口外いたしません」
僧服の男に会釈し、俺達は梯子を降りていく。火龍イグニスの御霊が祀られているという『龍の間』に向かって。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
晩餐会の夜、陛下に加護を授かった経緯を問われた俺は、いつもの言い訳をした。
なぜ俺とアスカが加護を授かったのかわからない。
神龍ルクス様の真意を問うべく大聖堂を訪れようと思う。
……という、いつもの『神龍ルクス様の思し召し』ってやつだ。
龍の従者だとか言われた直後だから、さぞ説得力があるだろう。そう思って言ったのだが、眉根を寄せた陛下からは「天啓を得たのではないのか?」という答えが返ってきた。
どうやら過去に現れた龍の従者は、新たな加護を授かる際に何らかの啓示を得たそうなのだ。俺は神龍ルクスから加護を授かったわけではないので、当然だが天啓など得ていない。アスカ様の有難いお言葉はいただいたけど。
ならば神龍の啓示を得るために守護龍の御前に赴け……そう陛下に言われ、俺達は大聖堂を訪れたのだ。
「それにしても驚いたな。王都大聖堂の地下に、こんな場所があるなんて。アスカは知ってたのか?」
「ん……知ってはいたけど……。このタイミングだと、ここには来れなかったんだよね」
螺旋状に連なる長い階段を降りながら、アスカが口籠る。
「このタイミング?」
「うん。WOTだと、終盤のサブクエスト『火龍杯』で優勝できたら、ここに来られるようになるの。で、優勝のご褒美に火龍イグニスから聖剣を貰えたんだ」
「へぇ……聖剣かぁ……」
「うん。でも、あたしが知ってるWOTのストーリーとは起こってることが全然違うから……どうなるかはわかんないなぁ。WOTだと決闘士武闘会の決勝の相手は魔人フラムだったし、優勝報酬はお金じゃなくて【騎士】になれる大事な物『誓約の騎士剣』だったし。それにSランクモンスターに襲われたりなんかしなかったもん」
「うーーん……。まあ、行ってみればわかるか。さすがに魔物に襲われるって事は無いだろ?」
「……フラグ立てないでよ」
アスカがぼそっと呟いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
長い螺旋階段を降り、狭い通路を抜けると長方形の空間が広がっていた。どこかで見覚えのある空間……そうだ、転移陣の神殿に似ているんだ。
上下四方の壁には真っ白な石材が敷き詰められ、四隅の天井には白色の明かりが灯されている。部屋の奥の方には祈る女性の像があり、真ん中には棺のような形の大きな箱がある。
部屋の構造はほぼ同じ。広さは1.5倍くらい広いかな?
明確に違うのは床面に何重もの円と六芒星、たくさんの記号が描かれていること。そして石棺の上に巨大な紅の水晶が浮かび上がっていることだ。
「この床の魔法陣は……転移陣か?」
「……わかんない。WOTだと転移は出来なかったけど」
「それに……この水晶は……」
まるで燃え盛る炎をそのまま凍てつかせたような、無数に枝分かれした六角水晶の塊。石棺の上に浮かぶそれは、強烈な存在感を放っていた。
ただの鉱石とはとても思えない。殺意や敵意を感じるわけでは無いが、見ているだけで背筋が強張り、脚が震えてしまう。
不死の合成獣と睨みあった時……いやそれ以上の圧迫感だ。ただの鉱石……一つの物体に過ぎないはずなのに。
「それが……火龍イグニスだよ」
アスカの呟きと共に紅の水晶が、強い輝きを放ちだす。
「ぅぐっ……!!」
「きゃぁっ!!」
突如、紅の水晶から嵐の様な魔力の波動が放たれる。あの魔人族の放つ魔力ですら、子供の遊びと感じさせるような強烈な圧迫感だ。
頭が……割れるようだ……!!
殺意……いや違う……敵意でも、無い。
荒々しい、確固として、ただそこに在る意思。
魔素、魔力の波動を媒介して放たれる強烈な……想い?
これが……天啓!?
感謝……いや歓迎……か?
そうか……火龍イグニスに……語り、かけられて、いるのか!?
【【 火 】】
【【 神龍 】】
【【 歓迎 】】
【【 加護 】】
【【 門 】】
【【 祝福 】】
【【 剣 】】
【【 制止 】】
【【 世界 】】
【【 魔人 】】
【【 偏在 】】
【【 救済 】】
【【 転移 】】
【【 力 】】
【【 魅了 】】
【【 闇 】】
いくつもの断片的なイメージが頭の中で浮かび上がっては消えていく。鳴り響き、駆け抜けては、反響するイメージ。
天地が割れたかとも思えるような激しい頭痛が続き、臓腑が収縮し胃液が逆流する。
「あ゛あ゛ああぁぁぁっっ!!!」
アスカの叫び声が響く。流れ出た涙でぼやけた視界にうずくまるアスカの姿が映り、震える手を伸ばす。
【治癒】を……アス、カに……。
「がっ……ぐぅ、おぉぉっ……!! はっ……!!?」
いつまでも続くと思えた苦痛が、不意に消失する。唐突に生じた沈黙の中で、紅の水晶から少しずつ少しずつ輝きが失われていく。
やがて光は小さな塊になり、紅の水晶から浮かび上がる。紅い光はふわふわと漂い、苦痛の残滓で身動きが取れず、いつの間にか片膝を着いていた俺に近づいてきた。
胸に吸い込まれるようにして紅い光が消える。それと同時に、俺の意識はプツリと途絶えた。




