第192話 龍の従者
「……恐れ入ります、陛下。以前にエルサ嬢にもそう言われたことがあったのですが、その『龍の従者』とはいったいなんなのでしょう?」
俺がそう言うと陛下が俺に訝し気な目線を向ける。
「……ふむ。ごまかしているわけではなさそうだな」
「陛下。私も、寡聞にして存じ上げません。龍の従者とは?」
マーカス王子殿下がそう言って俺達を見回す。ルトガーは王子の目線に首肯するが、ヘンリーさんとエルサは沈黙している。
「ヘンリー」
陛下はヘンリーさんに顔を向け、説明を促した。
「龍の従者とは、時代の節目に現れる絶大な力を持つ『勇者』のことだ。央人、土人、獣人、神人、海人、それぞれが相争う乱世に降り立つと言われている」
勇者……?
勇者の名を冠する戦士の歴史ならもちろん知っている。
海人族との戦争で劣勢を強いられた央人族を救った勇者レオン、逆に土人族の領地を侵略した央人族を撃退した勇者ヴァルター。あと有名なのは……獣人族の勇者ジークフリート、海人族の勇者ガリバルディ、神人族の勇者ヴァレンティナといったところか。それぞれが種族間の戦争で活躍した英雄で、後世で勇者と称えられた者達だ。
俺とアスカが、その勇者だって? そんなはずないだろ。
そもそも種族間の大規模な戦争なんて、もう百年以上は起こっていない。せいぜい小国間の衝突程度だ。戦争が無ければ、勇者だって降り立ちようもないだろ。
「勇者は種族間の戦争において片方が窮地に追いやられた時に、種族の救世主として現れる。聖ルクス教の高位神官達の間では、その勇者たちを各種族の守護龍が遣わした『龍の従者』と呼んでいるんだ。種族間の争いを嘆いて同じ言語『神聖ルクス語』を与えたという神龍ルクス様と同じく、分霊である守護龍が種族間の争いを収めるために力を与えた者達だと、な」
だんだんと話が核心に迫ってきた。俺はヘンリーさんの言葉に頷き、先を促す。
「それぞれの種族の勇者……龍の従者には一つの共通点があった」
そう言ってヘンリーさんは言葉を区切り、俺を見据える。陛下も俺をじっと見つめている。俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。
「複数の加護を持ち、多種多様のスキルを操るという共通点がな」
部屋にいる皆が一斉に俺の方を向く。
「……あの化け物と戦っている時、アルフレッドは明らかに【挑発】を使っていたな。魔剣や聖剣なんかの魔法効果のある武具を使えば、騎士のスキル【魔力撃】や【鉄壁】と似たようなことは出来る。だが、敵の注目を集める【挑発】が出来るのは……おかしいと思ってたんだ」
ルトガーが表情を強張らせて言う。
「という事は、アルフレッド殿は【魔術師】と【騎士】の加護を持つ龍の従者だというわけですか!?」
マーカス王子が興奮した様子で、ソファからがばっと立ち上がった。両手を握りしめて、キラキラした目を俺に向けている。
「それだけでは無いですね。アルフレッドは、【槍術士】と【暗殺者】の加護を持っている」
ヘンリーさんの言葉に驚き、思わず顔を見る。ヘンリーさんは呆れたような顔をしていた。
「確信したのはキマイラと戦った時だがな。お前は俺との訓練で【暗殺者】のスキル【瞬身】を使ってただろ。最初は【風装】かとも思ったが、詠唱無しの即発動を何度も繰り返してたからな。おかしいとは思ってたんだ」
あ、そう。バレバレだったわけね。
「冒険者として隠しておきたい事だったのだろうが……龍の従者となると国家の安全保障にも関わる大事だ。さすがに一冒険者の秘密保持を優先することは出来ん。スマンな」
そう言ってヘンリーさんは俺に頭を下げる。
「いえ……それは、致し方ありません」
俺はヘンリーさんに答えつつ、エルサの方をチラッと見る。最初に龍の従者とか言い出したのは彼女だった。そう言えば、エルサはなんで気付いたんだ?
「私は君の動きを見て、【魔術師】じゃないと思っただけよ。私は上位加護の【魔道士】だけど、君のように素早く、力強くは動けない。身体強化魔法を使えば別だけど、君は【風装】も【火装】も使わずに、【騎士】のマイルズを圧倒してた」
なるほどね。あの日は徹夜明けでフラフラしてた。魔法を使えずに素で殴り合ってたからなぁ……。
「それだけじゃないわ。君、あの時はレベル8だったでしょ?」
「レベル8!?」
「ウソだろ!?」
エルサの言葉にヘンリーさんとルトガーが驚きの声を上げる。エルサはおもむろにソファの背もたれに置いていた薄いバッグから何かを取り出した。
「『識者の観劇眼鏡』よ。君の事は一角獣の螺旋角のことでマークしていたからね。驚いたわよ。C級無敗の決闘士がまさかのレベル一桁なんだもの」
エルサの言葉に、陛下が肯く。陛下も俺のレベルはご存知だったわけか。
それはそうか。俺達でさえ入手している魔道具なんだ。陛下が俺達のレベルを確認していないわけが無いか。
「聖女殿、そなたもそうだ。マーカスの呪詛を解いてくれた上級万能薬を作った【錬金術師】と聞いていたが、そなたは闘技場で【聖者】のスキルを使い民衆を癒したと聞く。【錬金術師】でありながら、【聖者】の加護を持っておられるのだろう?」
……これは、もうごまかしようが無いな。俺は不安そうに俺を見るアスカに、俺に任せとけと目くばせする。
「陛下、仰る通りです。私は【魔術師】と【騎士】、そして【槍術士】と【暗殺者】の加護を授かっております」
「おおっ!」
「……マジか」
「本当に龍の従者だったのね……」
口々に驚きの声を上げる面々。
「さらに【喧嘩屋】、【癒者】の加護も授かっております」
俺はそう口にして【治癒】を発動し、青緑色の光を手に浮かべる。一同は驚愕の表情を受かべ、俺を見る。
「それでは聖女殿も?」
陛下の言葉にゆっくりと首肯する。
「ええ。アスカは【錬金術師】と【聖者】の力を持っています」
「そう……か」
陛下が疲れ果てたような表情でソファの背もたれに身体を沈める。
「……央人族である其方らが龍の従者であるというのなら……近いうちに種族間の大規模な戦争が起こるという事か? 我がセントルイス王国は、土人族のガリシア自治区、海人族のジブラルタ王国と国境を接している。いずれかの国と……いや、そんな兆候は無い……まさか!」
陛下の顔が青ざめる。
「陛下のお考えの通りかと。恐らく、私とアスカの敵は……」
「魔人族……! いや、しかし龍の従者は他種族の国家間の争いを収めるために遣わされると言われている。まさか魔人族の国家があると言うのか!? 魔人族の国家は、はるか神代の世に神龍ルクス様によって滅ぼされたはずだ!」
愕然とした表情で陛下が唸る。皆も険しい表情で俺を見ている。
「……私にはわかりません。私が複数の加護を授かったのはわずか半年前なのです。なぜ加護を授かったのか、なぜ私だったのかもわかりません。ですが、チェスター、ヴァリアハート、そして王都クレイトンでも魔人族に襲われました。そうなると……」
加護を授けたのはアスカ。俺が加護を授かったのはアスカがこの世界で初めて会ったのが俺だったと言う偶然。
そしてアスカの目的はニホンに帰ること。そのためには世界中を旅して魔人族の襲撃から人々を護らなくてはならないと聞いている。
だがそれを話してしまうのはマズい。加護を授ける事が出来る、アスカのJKという特殊な加護とスキルを打ち明けたら、軍事利用されてしまう事は避けられないだろう。
陛下や殿下にはとても話せない。だけど、俺やアスカの特殊性は既にバレている。
だからこそ、俺が六つの加護を得ていることを敢えて開示した。俺に注目を向け、アスカは二つだけしか加護を持っていないように見せかけたのだ。嘘をつかないようにとギリギリの細心の注意をしながら、核心を隠しつつ。




