第189話 エース誘拐の経緯
「何を言ってんだよ。王国の勝利ってことで良いじゃねえか」
「うーん……」
あれから三日後。俺はアスカと共に冒険者ギルド王都支部の応接室でヘンリーさんと向かい合っていた。
「魔人族が5人も現れて不意打ちして来た。しかも不死の合成獣とかいうSランクの魔物を引き連れてだ。それでも俺達は陛下や殿下を魔人族から護り抜いた。さらにSランクの魔物を討伐し、魔人族達の撃退に成功した。なにか間違ってるか?」
「間違って……無いですね」
あの戦いの翌日、王家は闘技場での出来事に関して、御触れを出した。
曰く、魔人族が陛下と殿下の命を狙い王都民を巻き込んだ卑劣な奇襲をかけてきたが、王家騎士団と決闘士の共闘により撃退せしめた。Sランクの魔物を討伐せしめた拳聖と決闘士武闘会上位3名、勇敢な騎士と決闘士達、そして最後まで戦い抜き命を落とした勇者たちの栄誉を称える。
確かに嘘は一つも言ってない。言って無いんだけどさぁ。
「もー、うじうじうじうじ。ほんっと暗いなーアルは。これだから引きこもりの陰キャは! あたし達だけでSランクモンスターを倒したんだよ!? これってすっごい事なんだよ!? 『戦ってみた』動画をアップしたいくらいだよ!」
「うるさいな……アスカだって落ち込んでたじゃないか」
「そりゃね。助けられなかった人もたくさんいたし。あんなにたくさんの人が亡くなったんだし……。でも、ベストは尽くしたじゃん! あの闘技場にいた2万人以上の人のうちほとんどが避難出来たんだよ。アル達が頑張って戦ったおかげなんだよ?」
「それと『聖女アスカ』、お前がたくさんの人を助けたおかげだ」
「えへへ。聖女だなんて」
ヘンリーさんの言葉に、アスカが頬に両手を当てて、恥ずかしそうにいやんいやんと身体を揺らす。
「ま、なんにせよだ。アルフレッド、アスカ、お前らがいなきゃ陛下も殿下も助からなかっただろう。それに少なくない犠牲者も出てるんだから、明るい話題も必要だろう? 王家のプロパガンダってのもあるが、俺達は『救国の英雄』ってわけだ。英雄らしく振舞わなきゃな」
「……はい」
御触れが出てからというもの、俺達を取り巻く環境は一変した。どこに行くにも『魔法剣士様!』『聖女様!』と呼びかけられて騒がれてしまい、街行く人々に取り囲まれて身動きが取れなくなってしまう。今や変装するか、馬車にでも乗らないと街中を移動できないぐらいだ。
「あの魔人族にはしてやられたからな。落ち込むのもわかるが、いつまでも捉われるな。次に戦う時にやり返せばいいだろう?」
そう言ってヘンリーさんがニヤリと笑う。
「……そうですね」
「そうそう。こんな序盤でラスボスに勝てるわけ無いんだから。今回は負け確定のイベント戦だと思えばいいじゃん」
「アスカ、さっきから何言ってるかわかんねーよ」
でもまあ、ヘンリーさんの言う通りだ。次に戦う時に負けないよう備えればいいんだ。
ヘンリーさんとの模擬戦や、エルサやルトガーとの決闘で良く分かった。俺は圧倒的に実戦経験が足りない。
加護のレベルを上げてスキルを身に着け、ステータスを底上げしただけで強くなったと思い込んでいた俺が甘かった。敵に合わせた間合いの取り方、咄嗟の判断力、スキルの使い方。まだまだ身に着けなきゃいけないことはたくさんある。
逆に言えば、俺はまだまだ強くなれるってことだ。
「ありがとうございます。次は負けません。皆を護れるぐらい強くなります」
「おう。それでこそ、セシリーが見込んだ男だ。娘の夫になるなら、それぐらいの気概がないとな」
「お、夫ぉ? なんですか、それは。俺はセシリーさんとはそんな関係じゃ……」
「あぁん? ウチの娘じゃ不服だってのか?」
「い、いえ、そういうわけじゃ」
「むぅ」
いたっ! 太腿をつねるな、アスカ!
ああ、もうセシリーさん! 手紙に一体何を書いたんだ!?
「そ、それより、今日は何のご用だったんですか?」
俺は話題転換を試みる。こういう話題になるとアスカが拗ねて面倒だからな……。そういうところも、まあ、可愛いんだけど……。
「ああ、そうだな。来てもらったのは、一角獣の事で報告があってな」
「エースに何かあったの!?」
アスカが太腿から手を離して、問いかける。よし、話題転換成功だ。
「いや、一角獣は飼育場で元気に過ごしてるよ。お前たちの代わりに適度な運動もさせてるし、栄養価の高い飼葉も食べさせてる」
「じゃあ、何の報告なんですか?」
「……スーザンが自白した。あのアザゼルっていう魔人族に一角獣を引き渡したのはスーザンだったんだ」
ヘンリーさんは、エースの誘拐事件と冒険者ギルドの飼育場から連れ去られた一連の経緯を、重い口調で語った。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ギルドマスターのヘンリーさんともなると、通常の依頼を受けることはほとんど無い。だが王家や上位貴族からの機密性の高い依頼の場合は、ヘンリーさん自ら受けることもあるのだそうだ。
魔人族が闘技場を襲撃したあの日も、ヘンリーさんはとある貴族の要請で王都の隣町に出向いていた。だが、決闘士武闘会の決勝観戦を蹴ってまで訪れた隣町で、その貴族からそんな要請はしていないと言われてしまう。
上位貴族の招請状の偽造までしたとなると、ただのイタズラということは有り得ない。急ぎ王都に戻ったヘンリーさんが目にしたのは、エースを含めた多数の従魔が連れ去られ、もぬけの殻となった飼育場だった。
聞くと灰色ローブの魔物使いが真正面から連れて行ったと言う。俺でもアスカでも無い者がエースを連れ去ったことに違和感を覚えたヘンリーさんは闘技場に急行した。
「そしたら観客が必死の形相で避難してくるじゃないか。慌てて闘技場に向かったら、一角獣と熊に襲われているアルフレッドがいたってわけだ」
闘技場での戦いを終えて王都ギルド支部に戻ったヘンリーさんは、騎士団と共に魔人族が潜り込んでいたバルジーニ一家への尋問に向かった。飼育係をしていた魔物使いがテロ行為に及んだ魔人族だったと知ったバルジーニは、身の潔白を訴えて全面的に捜査に協力する。
バルジーニは日ごろから貧しいスラムの住民にパンや仕事を与えていたため、流れ者の魔物使いを一月ほど前に雇入れたのだという。そしてある日、馬番として過不足なく働いていた魔物使いから、仕事が持ち込まれる。それがエースの誘拐依頼だった。
「働き始めて日の浅い飼育係が持ち込んだ仕事なんて普段なら相手にしないそうだが、その時はなぜか疑いも無く仕事を受けてしまったらしい。魔人族から闇魔法で操作を受けていたようだ」
その捜査の中で発覚したのがエース誘拐の依頼人。ヘレフォード子爵家、冒険者ギルド王都支部の受付嬢スーザンの実家だった。
「すぐにスーザンの実家を検めた。ヘレフォード子爵、夫人、子息に使用人、そしてスーザンをやさしく尋問したら、すぐに吐いたよ。バルジーニに子爵家の名前を使って誘拐依頼をしたのも、偽の招請状を出したのもスーザンだった。家族の方はまだ拘束しているが、おそらく無関係だな」
「スーザンも魔物使いの闇魔法で操作されていた……?」
「いや、あいつは闇魔法を受けていなかった。バルジーニの方は尋問するまで、認識操作の闇魔法を受けていた。解呪にあたった王家の闇魔法使いが、確認したから間違いない。だが、スーザンの方は闇魔法を受けた形跡がなかった。あいつ自身は闇魔法で操作されたと主張しているがな」
スーザンは減給の処分を受けた後に、とある情報を耳にする。『一角獣の螺旋角はまた生える』『従魔の裏市場』の二つだ。スーザンは冒険者ギルドでの立場を貶めた俺への腹いせ、そしてエースを横流しして手に入るだろう莫大な金貨を狙い、エース誘拐を画策する。
スーザンは冒険者ギルドとコネのある情報屋から紹介されたバルジーニ一家の魔物使いにエース誘拐を依頼。一度は成功するも、俺とヘンリーさんの介入で誘拐は失敗する。
そんな事とはつゆ知らず、『冒険者ギルドの飼育場なら安心』とエースを預ける俺を見て、スーザンはほくそ笑んだことだろう。俺への反省の意を表したいと自ら申し出て、ヘンリーさんから罰則という形で飼育場での従魔の世話を課される。
そして、貴族からの招請状を偽造してギルドで目を光らせていたヘンリーさんを隣町に行かせ、その隙に魔物使いにエースを引き渡したそうだ。
「その情報屋は姿を消している。おそらく、あの魔人族の息がかかっていたのだろうな。タイミングよくもたらされる情報に思考誘導されていたのだろうが、誘拐を依頼したのも一角獣を引き渡したのもスーザンの意思だ」
「……アイツ、だったんですか」
「ああ。ギルドとしての処分は懲戒解雇。アルフレッドの従魔の誘拐は高位貴族の私的財産略取という扱いになる。さらにその違法売買。貴族位の剥奪と禁固刑は免れないな。下手したらヘレフォード子爵家の取り潰しもあり得る」
「ふふーん、ザ・マ・アね! あ、でも、家族からしたらいい迷惑だね……」
アスカがニヤリと笑ったあとに、神妙な顔つきをした。確かに家族からしてみれば、あいつの逆恨みのせいで取り潰しなんかされたらたまったもんじゃないよな……。
「相手が魔人族と知って関わっていたとしたら間違いなく処刑だな。子爵家一族郎党に至るまでだ。さすがに、それは無いと信じたいが」
アザゼルは俺にエースを殺させて、さらにアンデッド化してキマイラに合成したかったとか言ってたよな。妙にエースに固執しているなとは思ってはいたが……その手足になったのがバルジーニとスーザンだったわけだ。
エースの誘拐の件は、なんかもやもやしてたんだよな。経緯が分かって、なんかスッキリしたな。
バルジーニは操られたみたいだからしょうがないが……スーザンは自業自得だしな。厳しい処分を受けてくれ。家族はかわいそうだけど。




