第18話 魔茸採集
翌日の朝、俺たちは予定通りシエラ樹海に向かった。
オークヴィルの北側にはローレンス川が流れていて、その川を渡った先がシエラ樹海だ。シエラ樹海には鬱蒼と樹々が生い茂っており、日陰となる樹々の根元にはたくさんの食用キノコや魔茸が生えているそうだ。
今日の予定は、午前中いっぱい使って取り切れるだけキノコを採集する。食用キノコも安価ではあるがまとめて買い取ってくれるそうなので、ついでに採集するつもりだ。どうせアスカの【植物採集】にかかれば、回収は一瞬だしな。
そして午後は、牧草地に行って昨日と同じく薬草刈りだ。アスカが100個も下級回復薬を持っていくと言ってしまったので、牧草地で回復薬を作りながら薬草を採集することになる。
下級回復薬100本を作るのに必要な材料は、魔茸100個と薬草200本だ。昨日は薬草を約100個採集するのに3時間ほどかかったから、1日100個はなかなかに高いノルマだな。
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森に入ってもやることは牧草地と同じだ。索敵を使って魔物の位置を確認、潜入を使って身を隠す。キノコの採集場所はアスカがよく知っているし、採集もアスカがやるから俺は周囲の警戒だけだ。
森には思ったよりも魔物がいなかった。レッドウルフをはじめとして、マッドボアやホーンラビット、ワイルドスタッグなども見かけたが、始まりの森よりも生息数は少ないように感じる。おかげで採集は思いのほかスムーズに進んだ。
「あっ、痺れ茸はっけーん! おっ、こっちは毒茸じゃーん。魔茸もたくさんあるよー!」
思わぬ成果もあった。森には食用キノコと魔茸だけじゃなく、毒のあるキノコもいたるところに生えていたのだ。聖域で採取していた毒草と調合すれば、毒薬を作れるそうだ。痺れ茸と毒茸が採集できたので、痺れ薬と猛毒薬が作れるらしい。
そういう搦め手を使った戦闘術は教わっては来なかったが、毒薬を武器に塗るだけでも戦闘を有利に運べるだろう。騎士を目指していた時には忌避していた戦闘方法だったが、アスカを守り、生き残るためには手段は選ぶべきじゃない。そもそも騎士じゃないしな。
「アスカ、あっちの方向に魔物の気配がある。移動しよう」
「あ、ちょっと待って。じゃあ、向こうの方に行こう!」
俺たちはその後も移動をし続けながらキノコ狩りを続ける。目標としていた魔茸100個、正確にはアスカのアイテムボックスに入るだけの99個は、3時間ほどで集まった。夜が明けてすぐに行動を開始したため、まだ昼前。なかなか良いペースだ。
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俺たちは、町に戻り早めの昼食をとった後に、今度は牧草地に向かう。本当はアイテムボックスの中にある串焼きやスープで済ませるつもりだったのだが、アスカがどうしても昨日の羊肉のシチューを食べたいと言うので、しょうがなく町に戻ったのだ。
牧草地に向かう途中、町に戻ってきた3人組の冒険者パーティが近寄ってきた。剥ぎ取りしたレッドウルフらしき魔物の毛皮や牙を持っているので、討伐依頼の帰りなのだろう。
「よお、昨日、薬草刈りしてた兄ちゃんたちじゃねえか」
「また、薬草刈り?」
冒険者たちは気さくに声をかけてきた。男性一人と女性二人のパーティだ。男性は俺やアスカと同じ央人族。女性は一人が猫の獣人、もう一人は神人のようだ。3人ともアスカと同じぐらいの年齢に見える。
「ああ。これから牧草地で薬草採取をするつもりだ」
「薬草刈りなんてかったるい依頼をよくやってられるな。今はレッドウルフ討伐の緊急依頼が出てるから、そっちの方が割が良いぜ?」
「俺たちは冒険者ギルドじゃなくて、商人ギルドの依頼で動いてるんだ」
「へー兄さんたち、商人ギルドの人なんだ? でも、大丈夫? 今日もレッドウルフがたくさんいたわよ?」
「いや、襲われないように立ちまわるから大丈夫だ」
「お兄ちゃん、あちしと同じ斥候職なのニャ。なら安心だニャ。気を付けてニャ」
「ああ、ありがとう」
「じゃーねー」
討伐依頼が上手くいったのだろう。冒険者たちはご機嫌な様子で町に向かって行った。この町はセシリーさんをはじめ、感じのいい人が多いな。
「いい人たちだったねー」
「ああ、冒険者がああいうヤツらばっかりならいいんだけどな」
チェスターの冒険者はチンピラみたいなヤツが多かったからな。特にダリオとかカミルとか。
「DQN冒険者に絡まれて、アルがやっつけるってテンプレに期待したんだけどなー」
「……俺は安易に暴力を振るうような真似はしないぞ?」
「わかってるよー。お約束って言うかさぁ」
「なんだよそれ」
そんなことを話しながら歩き、薬草の群生地に辿り着く。俺たちはさっそく薬草類の採取を始めた。昨日は薬草しか採取しなかったけど、樹海で見つけた痺れ茸や毒茸で毒薬を作ったので、今日は毒草もいっしょに採取して補充する。と言ってもキノコ狩りと同じく、俺は周囲の警戒だけなんだけど……。
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その後、薬草、毒草ともにアイテムボックスいっぱいまで採集したところで、いったんその場で下級回復薬を調剤した。ちょうど今、あと残り50本分の材料を集めるために薬草集めを再開したところだが、このままいけば日が落ちる前には町に戻れそうだ。
「それでねー、服の仕上がりは1週間後になるんだって」
「そっか。たくさん買ったんだろ? しっかり稼いどかないとな」
「それがね! 上着とパンツと下着上下を3つずつお願いしたんだけど、全部で大銀貨3枚はするところを、大銀貨1枚にしてくれるんだって!」
「ほんとかよ? ずいぶん安くしてくれたんだな」
牧草地にはレッドウルフがちょくちょく出現しているが、察知して早めに場所を変えているので、雑談しながら平和に採集できている。
「うん。なんかね、あたしが着てた下着がかなり珍しかったみたいで。下着を買い取る代わりに服を割り引いてくれたの」
「へぇ……って履いてた下着を売ったってことか?」
「あ、うん。そう考えると、ちょっとヘンタイっぽいね……。まあ、女子校生の着用済み生下着だから、高額買取も当然かな!」
「お下がりの下着がなんで高くなるんだよ?」
「日本ではそういう変わった趣味の人達がいたんだよねー。いや、あたしは売ったことないけど」
「変わった国だな……」
「そうねー。でね、あたしが履いてた下着と同じようなのを試作して、タダでくれるんだって!」
「ふーん。良かったじゃないか」
「いくつか作ってくれるそうだから、セシリーにもあげる約束したんだー」
「そっかぁ」
あれ? 履いてた下着を売ったんだよな? で、新しい下着は試作してもらってると。ってことは今アスカは……。
「あー、セシリーの下着姿を想像してるんでしょー? アルってばサイテー」
「い、いや、違うって! 下着を売ったんなら、今アスカは何も履いてないんじゃって……」
アスカの顔が一瞬で真っ赤に染まる。あ、やべ。墓穴掘ったなこれ。
「うぐうっ!!」
「ちゃんと履いてるわよ! このバカアル! 店にあったのをもらったの!」
アスカのグーパンが俺の鳩尾に突き刺さる。しまったぁ……口が滑った。ちくしょう、だからなんでこういう時に盗賊の加護は働かないんだよ。仕事しろよ、盗賊の加護ぉ。
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その後1週間、俺たちは同じように薬草刈りとキノコ狩りを続け、回復薬を量産した。4日目には使い続けた索敵スキルを修得することが出来たので、より広範囲の敵の動向が確認できるようになり、採集はさらに効率的になった。
一日に150本もの回復薬を納品した時には、さすがにギルドの商人たちは驚愕していた。領主への納品分が間に合いそうだと喜んでもいたけど。
100本納品した時にアスカは「優秀な薬師」という評判が既についていたので、「超優秀な薬師」と噂されるようになったとしても今さらだろうと考え自重はやめた。
また回復薬の素材を聖域産の魔茸からシエラ樹海産の魔茸に変えたことで、下級回復薬の品質がさらに上がったそうで、特上品質の下級回復薬として買い取ってくれた。買取価格は大銅貨5枚と銅貨5枚、1本あたり50リヒト上げてくれた。
この1週間で900本以上もの回復薬を納品した俺たちは、合計50万リヒト、金貨5枚分もの大金を手に入れた。たまった大銀貨を金貨に変えてもらうと、アスカはかなり興奮していた。
「ふわぁぁぁ! 金だぁ!」
最初に着てた服とか学校に通っていたって話から、アスカは貴族か大商人の令嬢かと思ってたけど、金貨を見たことが無いみたいだ。
まあとにかく、路銀はかなり稼げた。ようやく王都に向けての旅に出られそうだ。