第184話 乱戦
「エース!! なんでっ!? 」
アスカが叫び声をあげた。その声が聞こえたのか、エースの背に跨る灰色ローブがこちらに顔を向ける。
深くフードを被っているため顔は見えない。だが、僅かに覗く口元は嘲るように歪んでいた。
このヤロウ。そこから……降りろ。エースに背に跨っていいのは俺とアスカだけだ。
「アスカッ! エースを助けに行く!」
「アルッ! エースを助けてあげて!」
ほぼ同時に俺とアスカは叫び、思わず顔を見合わせる。
「ユーゴー、ジオドリックさん。アスカとクレアをお願いします」
「そんなっ! アル兄さま、無茶です! 一緒に避難しましょう!」
クレアが慌てた顔で言う。わかってる。無茶は百も承知だ。
だけど、エースはもう一月以上も一緒にいる俺達の仲間だ。始めは怯えられていたけど、俺にもずいぶん懐いてくれたんだ。
どんな手を使ったか知らないが、エースは絶対に返してもらう。あの灰色ローブを……引きずり下ろしてやる。
「ごめん、アル。あたしも、ここに残る」
アスカは俺をまっすぐに見据えてそう言った。
「はっ? だ、だめだ! クレア達と一緒に……」
アスカは一刻も早くこの戦場から抜け出してもらわないと……。そう言いかけたその時、アスカの身体が眩い青緑色の光を放った。その光は俺やユーゴーを包み込み、さらに周囲へと広がっていく。
「な……アスカ、何を……」
その光はアスカを中心に十数メートルも広がり、人々を包み込んでいく。倒れ伏す人々に突き刺さっていた氷矢や岩槍は身体の内側から弾きだされ、傷口が跡形もなく消えていく。
心地よく、暖かな光。これは……治癒魔法!? いや、そうか、アイテムメニューか!
「すごい! 【聖者の祈り】!? 」
クレアが驚嘆の声を上げる。
「あたしには戦う力が無いから……エースを助けるのはアルに頼るしかないけど……。あたしの能力なら、怪我をした人達を助けられる。あたしも出来る事をしたいの。ここにいる人たちを助けて、避難させたら、あたしも逃げるから。だから……」
アスカの真剣な眼差しが、俺の目を真っ直ぐに射抜く。
「いや、だが……」
アスカには、今すぐ闘技場から脱出して欲しい。でも……今アスカが使ったアイテムなら、観客席で倒れ伏す多くの人々を救えるんじゃないか?
アスカの眼差しは真剣そのものだ。まるで覚悟を決めた決闘士みたいな目をしている。こんな目を向けられたら、俺の思いだけを押し付けることなんて……。
「っ……ユーゴー、頼めるか?」
「ああ。任された」
ユーゴーが肯く。
本当ならアスカを連れてすぐにでも闘技場から脱出すべきだろう。でも、エースを見捨てることなんて出来ない。
大丈夫だ。ユーゴーなら、きっとアスカを護ってくれる。俺も、エースを助けだして脱出する。
「アスカ、気をつけてくれよ」
「うん! エースをお願い! アルも、いのちだいじに、だよ!」
「ああっ!」
「ユーゴー! 行こうっ!」
アスカが俺に背を向けて走り出し、ユーゴーが追いかける。
「ああっ、もうっ!! ジオドリック! 私達も行きますよ!」
クレアもアスカの背を追って走り出す。どうやらアスカを手助けしてくれるみたいだ。
アスカとクレアが心配だが、かと言ってエースを見捨てることなんて出来ない。何もかもを俺一人で出来るわけがないんだ。ユーゴーとジオドリックさんを信じるしかない。
俺は振り返って、エースに跨っている灰色ローブを睨みつけた。さっさとエースを奪い返して、絶対に生き残る!
俺は闘技場の舞台に、飛び降りた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
灰色ローブ達が放った魔法攻撃で、軽装の冒険者達や決闘士の多くは手痛いダメージを受けていた。騎士達にだって少なくない被害が出ているはずだ。
それでも、全身鎧の騎士達は大盾を構えて魔物達を押し返し、魔法兵達が盾の隙間から魔物を狙い撃ちする。さすがは王家騎士団だ。一糸乱れぬ連携で、陛下達を護り抜いている。
倒れ伏す人も多いが、魔物の死骸はそれ以上に転がっている。舞台上の戦いは、拮抗していた。
……なぜか拮抗しているのだ。
たった二回の魔法で総崩れになりかけていたというのに、今や互角以上に渡り合っている。鐘塔の上にいる四人の灰色ローブ達が、氷矢と岩槍を振らせた後に、なぜか何もしてこないからだ。奴らは禍々しい殺気を放ちながらも何の動きも見せず、鐘塔の上から舞台を見下ろしている。
舞台上には青灰魔熊やキラーマンティスを筆頭に、蜥蜴、蛇、虎、猛牛と様々な魔物がひしめいている。その魔物達と騎士や決闘士達が激戦を繰り広げる。
俺は舞台の外周を駆け、襲い掛かって来た魔物を一刀のもとに斬り捨てる。飛びかかって来たのは森狼。鋭い牙と爪を持ち、群れで狩りをする魔物。単体なら、さほど手こずる事も無い雑魚魔物だ。
続けて飛び込んで来た刃虎の牙を、鉄壁を纏わせた円盾で弾き、騎士剣を首に突き刺す。盛大に血飛沫をあげて沈む刃虎の傍らで、俺は詠唱を開始する。
騎士たちと違い、魔物達の動きに連携は無い。それぞれが、目に付いた人間に襲い掛かっているようだ。その動きに知性は感じられず、俺の詠唱を潰す動きを見せるものもいない。俺は脳裏に浮かび上がった魔法陣へと、存分に魔力を注ぎ込んだ。
「【大爆炎】!」
渾身の魔力を込めて放った紅い魔力球が、ひしめく魔物達の真ん中に飛び込み、轟音を上げて弾ける。激しい炎が飛び散り、衝撃が魔物達を弾き飛ばす。
「どけぇぇぇっっ!!」
俺はエースに跨る灰色ローブに向かって、魔物達の群れに飛び込んだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
乱戦は次第に騎士や決闘士達優勢に傾いて行った。目の前の人間に飛びつくだけの魔物達を、騎士たちは複数人で相手取り、討伐していく。始めはバラバラに戦っていた決闘士達も、近くにいた者同士で連携し魔物に相対していた。
「エースを、返せっ!!」
魔物達の肉壁を突破し、俺はようやくエースの前に辿り着く。魔物達の返り血で全身が赤黒く染まっているが、大して消耗はしていない。傷は負っていないし、魔力はまだ十分にある。
エースに跨る灰色ローブは薄ら笑いを浮かべて、俺を見下ろす。その奥に見える鐘塔の上に佇む者達も、こちらに目を向けているようだ。
いや、こいつらはずっと俺を見ていた。魔物を斬り捨て、魔法を放ちながら、俺はずっと視線を感じていた。突き刺すような殺気をはらみながら、俺を見定めるように絡みつく視線。
恐らく、こいつらは俺がチェスターで魔人族を殺したことを知っている。この襲撃は……復讐、ということなのか?
「よお、ダンナ。遅かったじゃねえか」
エースの背の上から、聞き覚えのある声が聞こえた。灰色ローブの男が、目深にかぶったフードをゆっくりと脱ぐ。
「お……お前は! なんでここに……!」
エースに跨っていたのは、軽薄で、馴れ馴れしく、どこか憎めない細身の男。バルジーニファミリーの魔物使いだった。
「ははっ。驚いたか。おーおー。だいぶやられちまったなぁ。騎士団もなかなかやるもんだねぇ」
魔物使いはにやにやと笑いながら辺りを見渡し、そう言った。
「……これはバルジーニファミリーの仕業なのか?」
すると魔物使いは呆れたような表情で、フンと鼻を鳴らした。
「んなわけねえだろ。王都に潜り込むには好都合だったから潜り込んだだけだよ」
「……なんにせよ、エースは返してもらうぞ」
どんな方法を使ったのかはわからないが、エースと俺の従魔契約はこいつに上書きされてしまったみたいだ。だが前に戦った時は、こいつの従魔術はエースを縛り切れなかった。再び取り返すことも可能だろう。
「ああ、ちょっと待ってくれよ。このままじゃオイラの可愛い従魔ちゃんたちが全滅しちまいそうだ」
なぜか、鐘塔の上にいる灰色ローブ達は舞台上の乱戦を静観している。そんな中、騎士や決闘士達は次々に魔物達を打ち破っていた。
「待つわけが無いだろうが!」
俺は騎士剣に魔力撃を纏わせる。それと同時にエースの額に角状の紫電が浮かび上がる。
くそっ……やはりエースをいったんは無力化しないとダメか!? 以前のように従魔契約に抗ってくれれば、その間に魔物使いを始末できるのだが……。
「慌てんなよ、ダンナ。ちょっと見てろって」
魔物使いがニヤリと笑う。直後、魔物使いの身体が黒い光を放った。
「なっ……!」
これは……魔力が放つ光か!? こんな禍々しい魔力光なんて見たことも……いや、この昏い光……どこかで……。そうだ、これは……『隷属の魔道具』の発動時に見た昏い光に似ている?
「【冥王の喚び声】」
魔物使いの身体から黒い靄が噴き出す。その靄は闘技場の地面を這うように広がっていき、魔物や決闘士達の死骸に纏わりついて行った。
「なっなんだ!? 何をしたっ!?」
死骸が次々と身を起こしていく。手足が欠損している者もいる。臓物が零れ落ちている者すらいる。
昏い靄を纏ってゆっくりと立ち上がる死骸。その瞳は昏く淀み、何も映していない。
「ア……生ける屍……」
エースに跨る魔物使いが、ほくそ笑む。
「さあ、第二ラウンド開始だ」
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