第182話 決着
「【瞬身】!」
渾身の盾撃はそれなりに効いたとは思うが、あの程度でルトガーが沈むはずがない。だが、弾き飛ばした事で間合いは広がり、絶好のチャンスを作り出すことが出来た。追撃をかけて一気に勝負を決める!
本職の魔法使いなら即座に高威力の攻撃魔法の詠唱を開始するところだろう。だが易々と攻撃魔法を弾き、斬って捨てて見せたルトガーに、俺の魔法が通用するかわからない。
全力で【爆炎】あたりを放っても、あっさり重剣で弾かれて、せっかくのチャンスをふいにしてしまいそうだ。それに、もし当たったとしてもルトガーが装備しているあの竜鱗鎧が、魔法ダメージを軽減してしまうかもしれない。
故に、この剣で最後の勝負を決める。
ここまでを一瞬で決断した俺は、【烈攻】を重ね掛けしながらルトガーに向かって疾走する。
(【魔力撃】!)
「ぐうっ!」
紅の騎士剣に魔力を注ぎ、振り下ろしの剣撃を見舞う。ようやく体を起こそうとしていたルトガーだったが、咄嗟に重剣を盾にして防いで見せた。あいかわらずの超反応だが、勢いは殺せず体が泳いでいる。
一の剣で駄目なら、二の剣を。それも防ぐのなら、三の剣を。俺は無呼吸で剣撃を繰り出し続ける。
「ぐぁっ!」
さしものルトガーも剣を受けとめきれず、右に左にと身体が流れる。火焔を纏った騎士剣はルトガーの腕を、脚を切り裂き、傷を焦がしていく。
「はぁぁぁぁっっ!!!」
渾身の力を込めて騎士剣を横薙ぎに払う。ルトガーは、剣撃を受け止めた重剣ごと大きく後ろに仰け反った。
ここだ! ここで決めきる!!
俺は騎士剣を振りかぶり、トドメの剣撃を振り下ろす。剣が竜鱗鎧に打ち付けられようとしたその時…………ルトガーの赤銅色の目がギラリと光るのが見えた。
しまっ……誘われた!!?
剣撃から身を守るではなく、斬るのでもなく、ただ俺の眼前に差し出すように掲げられた重剣。そして、ルトガーが詠う。
「爆ぜろ―――劫火ノ大剣」
刹那、目の前が真っ赤に染まる。
激しい炎と凄まじい衝撃に、俺は宙に弾き飛ばされる。蹴り飛ばされた小石の様に何度も地面を跳ね、舞台の外壁に衝突する。
「がはっ……」
肺をやられてしまったようで、吐き出した息に血が混ざる。いたるところに火傷を負い、全身がバラバラになったような痛みが襲う。
この衝撃……覚えが……。チェスターで嫌というほど味わった痛み。【爆炎】の直撃……?
まずい……。衝撃で脳を揺らされたのか、グラグラと世界が揺れる。完全に前後不覚になっている。
ザクッ!
身体を起こせずにいた俺の首のすぐ横に剣が突き出され、外壁に突き刺さる。敢えて外された、致命の一撃。
『勝負あり!』
ようやく焦点が合い、重剣を突き出したまま動きを止め、俺を睨むルトガーの残身が目に映る。
『勝者! ルトガー!!』
審判の声と共に、割れんばかりの歓声が観客席からまき起こった。ルトガーがほっとしたように表情を緩め、突き刺した剣を引き抜いた。
「立てるか?」
そう言って、ルトガーが手を差し出す。俺は手を掴んで身体を起こす。頭の揺れが、ようやく収まってきた。
立ち上がると、ルトガーはおもむろに俺の手首を掴んで頭上に掲げた。喝采が一際大きくなり、温かな拍手が降り注いだ。
ああ、そうか。俺は……負けたのか。
「ふうっ。こんな衆人環視の中で切り札を切らされるとは思わなかったぜ」
ルトガーが苦笑いしながら呟く。
「切り札?」
「ああ、これだ」
ルトガーは刀身が揺らめく炎のように見える大剣を掲げる。
「こいつは、劫火の大剣。我が家に代々受け継がれている聖剣だ。爆炎の魔法が込められている」
「……なるほど。魔剣じゃなくて、聖剣か……」
やられた……。確かに「魔剣か?」って聞いたな、俺。そりゃ、「いいや」って答えるよな。
「冒険者の秘密ってヤツだ。もう秘密でもなんでも無くなっちまったがな」
「参った。追い詰めたと思ってたんだけどな。まさか誘い込まれたとは思って無かった」
「追い込まれてたさ。俺は剣術だけで勝つつもりでいた。この剣の力で不意打ちをした時点で、俺の負けみたいなもんだ。試合に勝って、勝負に負けたってところだな」
「……負けは、負けだ。試合も、勝負も俺の負けさ」
そう言うとルトガーは呆れたような表情で苦笑した。
だって、そうだろ?
『騎士と暗殺者の加護』を存分に使いながらにして負けたんだ。アスカから授かった反則を使いながら、負けた。完敗だよ。
「優勝、おめでとう。ルトガー。だが、次があれば今度は負けない」
「はん。こっちのセリフだ」
俺はアスカお手製の下級回復薬をルトガーに投げ渡す。二人とも身体中ケガだらけだ。頼めばラファエル騎士団の人が治してくれそうだけど、せっかくだし、な。
俺とルトガーは回復薬の小瓶をカチンっと軽くぶつけあい、一気に飲み干した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
表彰式前の小休憩。俺はアスカ達が座る貴賓席に向かう。準優勝者だからだろうか、警備兵達は俺の顔を見ると誰何もせず席へと通してくれた。
「お疲れ様、アル!」
「アル兄さま! ご無事ですか?」
アスカとクレアが笑顔で出迎えてくれる。
「ああ。大丈夫だ、アスカ、クレア。すまんな、負けちまった」
「あれはしょうがないよー。まさかあんな奥の手があるなんてねー」
「あれが無くても強敵だったけどな。いい勉強になった」
アスカの隣にはさっきまで座っていたマーカス王子の姿が無い。たぶん、表彰式の準備に向かったのだろう。俺も早く控室に戻らなくては。
「そう言えば、今日はまたなんでこんな席に?」
「決勝を特等席で一緒に観ましょうと、マーカス王子殿下がお誘いくださったのです。一度はご遠慮したのですが、是非にとのことでしたので……」
「マーカスきゅん、アルの大ファンみたいだよ! チェスターの事とか、ヴァリアハートの事とか、色々聞かれちゃったー。魔人族と闘った時のこと話したら、『さすがアルフレッド殿!』とか言って興奮してたよ」
へえ、なんだかむず痒いな。ていうか王子殿下に向かってマーカスきゅんってなんだ、きゅんって。
「……ところで、コイツは一体どうしたんだ?」
魂が口から抜け出たかのように真っ白な顔で俯くボビー。いや、なんとなく予想はつくけど。
「アルに全財産賭けたんだって……」
「やっぱりそうかぁ……」
なんか申し訳ない。まぁギャンブルだし、自業自得だけどさ。
ん? ボビーが負けたってことは……?
目を覗くとアスカはふいっと目を逸らした。こいつ……
「アスカも賭けたんだよな?」
「え、えへへ」
「…………」
「あ、あたしは銀貨1枚だけだよ! 約束ちゃんと守ったよ!」
……約束したのは1日銀貨1枚まで、だけどな。
でも、注意しといて良かったよ。旅の前に無一文とかあり得ないからな。
そんな事を話していたら、大鐘の音が闘技場に鳴り響いた。どうやら、もうすぐ表彰式らしい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
三人の騎士を引き連れたカーティス国王陛下とマーカス王子殿下が、闘技場の舞台中央に立つ。騎士の一人はミカエル騎士団大隊長のエドマンドさんだ。他の二人はラファエル騎士団とガブリエル騎士団の代表者なのだろう。
『三位、Bランク決闘士エルサ』
「はっ」
エルサが静かに前に出て、跪く。
『面を上げよ、舞姫エルサ。神前での舞踏、美事だった』
「ありがたき幸せ」
マーカス王子が差し出した表彰状を陛下が受け取り、エルサに授与する。エルサは恭しく首を垂れ、書状を受け取った。
『二位、Cランク決闘士アルフレッド』
「はっ」
続いて俺が陛下の前に跪く。
『面を上げよ、アルフレッド・ウェイクリング。武門の技しかと見届けた。見事だった」
「はっ、ありがたき幸せ」
げっ。ここで家名を言うのかよ。
とは思ったが、口に出せるはずも無く、俺はエルサと同じく恭しく書状を受け取る。
観客席がわずかに騒めいている。まさか俺が貴族とは思ってなかっただろうからな。
『優勝、Bランク決闘士ルトガー』
ルトガーが堂々と進み出て、陛下の前に跪く。
『面を上げよ、ルトガー・ラングリッジ。重剣の名に違わぬ勇猛、見事なり! ここに決闘士の殿堂、Aランク決闘士の証を授与する!』
「はっ! ありがたき幸せ!!」
ルトガーが書状を授かり、観客席から割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こる。陛下に促されて立ち上がったルトガーは、観客席に向かって手を振る。俺とエルサも立ち上がって、同様に手を振った。
ようやくエルゼム闘技場での戦いが終わった。最後の最後で敗北してしまったけど、俺はここでたくさんのことを身に着けることが出来た。これからアスカと旅を続けるうえで、大きな財産となってくれるだろう。最初は「殺し合いの野蛮な見世物」なんて言ってボビーに怒られたけど……ここで決闘に挑んで良かったな。
手を振りながらそんなことを考えていたら、膨大な魔力と突き刺すような殺意が背後で膨れ上がった。
こ、この気配は!?
「伏せろぉーーっ!!!」
俺は振り返りながら叫ぶ。
背筋が凍りつくような殺気。吹き荒れる嵐のような魔力。突然に迫り来る死の気配。間違えようが無い。
「【大鉄壁】!!」
魔力障壁を最大で展開するようイメージし鉄壁を発動。それと同時に、膨大な数の氷矢が闘技場に降り注いだ。




