第180話 決勝
『Cランク決闘士、アルフレッド!』
審判員の声とともにアーチの格子門が開かれ、俺は闘技場の舞台へと歩みを進める。超満員の観客席は、未だエルサとテリーサによる激闘の熱が冷めていない。まるで津波のような歓声が、確かな質量を持って押し寄せる。
「アルフレッドー!」
「魔法剣士!!」
「こっち向いてー! アルフレッド様ー!!」
決闘士武闘会を勝ち進むにつれて、声援を浴びる事が多くなってきた。さすがに決勝まで進むと、人気が出てくるもんなんだな。あれほど罵声を浴びていたのが嘘みたいだ。
あれ? いつも座ってる辺りにアスカの姿が無いな。今日は通路が立ち見で埋まるぐらいの人だからな。いつもの席に座れなかったのだろうか……。
きょろきょろと観客席を見回してアスカ達の姿を探すと、アスカは思いも寄らない場所に座って手を振っていた。クレア、ユーゴーにボビーも一緒だ。……そしてマーカス王子も。
なんとアスカ達は最前列、しかも王族が居並ぶ貴賓席にいた。うわ、声は聞こえないけど、隣に座る殿下にいつもの調子で気軽に話しかけてないか……?
アスカの表情からは緊張感が欠片も感じられないが、クレアやボビーの顔が強張っている。おいおいおい……頼むから失礼なことだけはしないでくれよ……。殿下もにこやかにお話しされてるようだし、大丈夫だとは思うけど……。
『Bランク決闘士、ルトガー!』
俺が混乱していると、ルトガーの登場がアナウンスされ、アーチの格子門がガシャンッと音を立てて開いた。おっと、とりあえずアスカの事は置いておこう。今は決闘に集中だ。
「おおぉぉぉ!!」
「兄貴ィー!!」
俺の反対側からルトガーが舞台に登場した。闘技場は【爆炎】の炸裂音の様な激しい歓声に包まれる。やけに野太い歓声が多いような気がするのは、気のせいか?
「ル・ト・ガー! ル・ト・ガー! ル・ト・ガー!」
観客がルトガーコールとともに足踏みを打ち鳴らす音は、まさに地響きだ。俺への声援なんて、話にならない程の大音量。さすがは大本命の優勝候補、ルトガー・ラングリッジだ。
ぐるっと観客席を見回して、ルトガーに目を移すと背筋がゾクリと粟立った。さっきまでの粗野ながらも親し気だった雰囲気など、微塵も無い。ルトガーは眼光に殺気を乗せ、触れただけで弾け飛んでしまいそうな威圧感を放っていた。
……すごいな。アーチで話した時とは、まるで別人だ。
殺気と闘志を練り上げ、最高の状態で戦いを迎える。それを当たり前にこなしてこそ、一流の戦士というわけか……。
何をやってるんだ……俺は。何が全力でぶつかるだ。何が胸を借りるだ。何が絶対に勝つだ。戦いを前に、心の持ちようで既に敗けてるじゃないか。
俺は拳をぐっと握りしめ、自分の頬を思い切り殴りつける。唇が切れて口角に血が垂れ、口内に苦い鉄の味が広がる。
突然の俺の奇行にざわつく観客席。でも、その声はもう俺の耳には届かない。俺は目の前のルトガーに精神を集中させていく。
俺はルトガーを真正面から睨みつける。睨みあいながら、互いに口角がわずかに上がる。ルトガーの殺気のおかげで、ようやく戦場に辿り着けた。
『聖都ルクセリオに眠る神龍ルクスよ! 央人の庇護者たる火龍イグニスよ! 我らが鍛え上げし剣と技をご照覧あれ!』
国王陛下が立ち上がり、闘技場は水を打ったように静まり返る。そして、威厳に満ちた声が闘技場に響きわたった。
『王都決闘士武闘会、決勝! アルフレッド対ルトガー!』
俺は火喰いの円盾を左手に、右手に紅の騎士剣を握り、両脚でグッと地面を踏みしめる。ルトガーは波打つ刀身の両手剣を掲げ、どっしりと身構えている。赤銅色の短髪と竜鱗鎧もあいまって、その『重剣』は揺らめく炎のようだ。
『はじめ!!』
決闘開始の声と大鐘の音とともに、俺は全速力でルトガーに向けて疾駆しつつ【瞬身】を発動する。同じく飛び出したルトガーに剣を掬い上げるように振り上げた。
ギインッ!
振り下ろされた重剣と騎士剣が衝突し、紅い火花が散る。想像以上に重い斬撃を辛うじて跳ね上げ、返す刀で騎士剣を振り下ろす。
しかしルトガーは即座に重剣を引き戻して、軽々と俺の騎士剣を受け止めて見せた。そのままギリギリと鍔迫り合いとなり、睨み合う。
「っ……想像以上に速えな。いつの間に速度強化をかけやがった」
【風装】と異なり、暗殺者のスキル【瞬身】は短い集中での発動が可能だ。さしものルトガーも開始直後に速度強化して突っこんでくるとは想像していなかったのだろう。
しかし想像を超えられたのは俺も同じだ。俺を魔法使いだと思っているルトガーに、一瞬で速度強化を済ませて急襲するつもりが易々と防がれてしまった。
「ぐっ……!」
鍔迫り合いに競り負け、ギリギリと押し込まれる。さすがに片手剣では、両手持ちした重剣は支えられない。膂力のステータス値はほとんど差は無いとは言え、体格や剣の重さの差はいかんともし難い。
俺はふっと力を抜くとともに、身体と騎士剣を僅かに傾けてルトガーの重剣を流し、身体を泳がせたルトガーに横薙ぎの剣を振るう。しかし、それも一瞬で体勢を立て直したルトガーに受け止められてしまう。
「はあぁぁぁっ!!」
力比べでは分が悪い。ならば受けきれない程の速さで剣を振るえばいい!
俺は剣に込める力を緩めて、速さを重視した剣を上下左右から小刻みに振るう。軽い剣戟では堅い竜鱗鎧を貫くことは出来ない。だが鎧に覆われていない、首や手足ならば十分に切り裂ける。
少しずつ少しずつ、ルトガーに刃先が届き始める。騎士剣は腕を掠り、脚を抉る。ルトガーの手足に浅い手傷が重なっていく。
しかし、急所への斬撃は届かない。【瞬身】を発動した俺の速さは、ルトガーの優に3倍はあるだろう。それでも、ルトガーは最小限の動きで重剣を振るい、俺の剣を受け止める。
「ちっ……!」
決定打を浴びせる事が出来ないまま、【瞬身】の効果時間切れが迫る。俺は後方に飛び退った。
「今度はこっちの番だ!!」
ルトガーの身体を赤い魔力の光が薄っすらと包む。騎士のスキル、【烈功】の発動だ。
「らあぁぁーっ!!」
鬼気迫る形相で、ルトガーは重剣を振り下ろす。鋭い踏み込みで間合いを詰められ、回避は間に合わない。
「ぐぅっ!」
咄嗟に円盾を差し込み重剣を受け止めるも、その衝撃を殺しきれず後方によろめく。その隙にルトガーは横薙ぎの剣を振るう。なんとか盾で受け止めるが今度は横に身体を流される。
怒涛の勢いで右に左にと振るわれる剣を、ぎりぎりで受け止め、いなし続けるが、そのたびに左右に弾かれて体勢を崩されてしまう。
【瞬身】が切れたとはいえ、ルトガーの敏捷値は俺の半分程度。それなのに受けることで精いっぱいで、剣戟を躱すことが出来ない。
踏み込みの速さや剣速の鋭さで、その優位性はいとも簡単に埋められてしまっているのだ。さらに、剣に込められた膂力で体勢を崩され、反撃の糸目さえつかめない。だが……
「ここだっ!!」
ルトガーの【烈功】の効果時間が切れ、剣激の重さが緩む。その一瞬を狙って【鉄壁】を発動し、真正面から重剣を受け止める。
(【盾撃】!!)
「うおっ!!」
火喰いの円盾の効果で、火属性が付加された【鉄壁】の魔力が反転。襲い掛かる炎の壁に、ルトガーは堪えきれずに飛び退った。
再び闘技場の舞台中央で、互いに荒い呼吸をしつつ睨み合う。
「楽しませてくれるじゃねえか、アルフレッド」
「そりゃどうも」
【瞬身】で上乗せされた敏捷値で振るう俺の騎士剣と、【烈功】で増強されたルトガーの苛烈な重剣。
今のところは互角か……?
いや、薄皮を剥いだぐらいではあるが、ルトガーに手傷を負わせている。対して、消耗はしているが俺の方は無傷。
大丈夫だ。俺は戦えている。
闘技場最強の剣士に、俺の剣は……届いている。
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