第176話 魔法剣士
エルサとともに観客席に行くと、俺達に気付いた観客達から拍手と歓声で出迎えられた。エルサはにっこりと微笑み、観客達に手を振っている。俺は気恥ずかしくなり、愛想笑いを浮かべつつ早々に通り過ぎた。
「やっぱりエルサとアルフレッドって……」
「でも、あの実力ならエルサが惚れるのもわかる」
「さっきのすごかったね。あんなの魔法使いの闘い方じゃないよ」
「さすがは、『魔法剣士』アルフレッドだな」
注目を浴びながら、いつもアスカとボビーが座っている辺りに向かう。【警戒】スキルのおかげで、近くの話声が聞こえてくる。エルサと俺がどうこうって言うのは置いとくとして、俺もずいぶん好意的に受け入れられるようになってきたみたいだ。
それにしても『魔法剣士』か。『泥仕合』とか『処女信仰者』とかじゃなければ何だって良いけど……まあ、うん、悪くはない。
「……どうしたの、アル。ニヤニヤしちゃって」
席に着くとアスカが怪訝な目つきで俺を見て言った。おっと、顔に出てたか。
「いや、ずいぶん注目されてるな、と思ってさ」
王都では、エルゼム闘技場での決闘観戦は子供から大人まで楽しめる娯楽として、広く親しまれている。それだけに20余名しかいないBランク決闘士ともなれば、その一挙手一投足に注目が集まる。そのBランクを蹴散らして決勝に進んだわけだから、注目もされるか。
「そうだよね! みんなアルの事を褒めてくれるんだよ! ちょっと前まで悪口しか言われなかったのに!」
「俺もアルのことを紹介してくれって、ここ数日よく相談されてる。ウチとアリンガム商会が出資者だって言えば、だいたいのヤツは引き下がるけどな」
「へぇ。確かにアリンガム商会には宿を用意してもらってるから出資者と言えるかもな」
決闘士として有名になると面倒ごとも多くなるが、その分だけ利益も多い。エルサに聞いた話では、宿代や回復薬などの消耗品だけでなく武具まで提供してくれる出資者なんかもいるらしい。
エルサが装備しているローブも武具屋から無償で貰った物だそうだ。羽のように薄く軽い生地で出来ているが、斬撃耐性があり魔法攻撃にも強い優秀な防具なんだとか。
エルサはその防具を身に着け派手に立ち回り、武具屋はエルサの御用達の店と宣伝する。お互いが得をする関係ってわけだ。
「俺の商会からは、旅に必要な物を用意させてもらうよ。この武闘会が終わったら旅に出るんだろ?」
「調剤用のレアな素材とか、食糧とか野営用のテントとかをくれるんだって!」
「へ? いつの間にそんな話に?」
「観戦してる間にいろいろ相談したの」
そう言えばスタントン商会は食料品とか酒類を扱ってるって話だったもんな。旅の準備なんてお手の物だろう。武闘会や魔人族への備えも大事だけど、その後は世界中を旅してまわらなきゃいけない。その手配をしてくれるのは非常にありがたいけど……
「でも、俺に出資したところでボビーは得しないんじゃないか? 俺、人気無いし」
「上級万能薬の礼だよ。おかげで俺も陞爵できそうだしな」
「あれは依頼だったわけだし、報酬ももらってるじゃないか」
「まあ、気にすんな。嬢ちゃんのお陰で儲けさせてもらってるから、そのおすそ分けだよ」
そう言えばアスカのステータス鑑定のおかげで決闘ベッティングでボロ儲けしたって言ってたな。うーん、そういう事なら甘えておこうかな?
「君たち、旅に出るの?」
俺の隣に腰を下ろしたエルサが聞いてきた。
「ああ。ガリシア自治区に行く予定だ。そのうちアストゥリアにも行くつもりだよ」
「そうなの? エウレカには立ち寄るのかしら?」
「うん。エウレカにも行くよー」
アスカが応える。
「エウレカに来たらぜひ声をかけて。上級万能薬の御礼もさせてもらいたいし」
「お礼なんていいのにー」
「ああ。どれぐらい先になるかわからないしな」
アストゥリア帝国には、ガリシア自治区、シルヴィア大森林を経由して行くわけだから、辿り着くのは1年半か2年後ぐらいだろうか。
それにしても、アストゥリアか。今さらだけど、まさか他の大陸に行くことになるなんてな。
そんなことを話していたら、大鐘の音が鳴る。観客席は再び大歓声と拍手に包まれた。ルトガーの試合が始まるようだ。
今は先の事より、目の前の事だな。俺達は闘技場の舞台に目を向けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
槍術士の上位職【竜戦士】の加護を持つ女性決闘士テリーサと【重剣】ルトガーによる準決勝第二試合はなかなか白熱した戦いとなった。
テリーサはやや小柄な体躯を活かした身軽な動きと手数でルトガーと渡り合う。中でも【跳躍】を使用した、多角的な攻撃には目を見張るものがあった。
だか、それでもルトガーには及ばなかった。多彩な槍捌きにより手傷をいくつも負わせはしたが、ルトガーの渾身の一撃を受けてテリーサは轟沈。ルトガーはただ一振りで、決勝戦進出を決めて見せた。
「相手は、予想通りルトガーか」
「手強いわよ、ルトガーは。攻撃的な立ち回りと豪快な剣戟に目を奪われがちだけど、あいつは防御も巧いわ。そう簡単には、いいのを貰ってくれないわよ」
「そうみたいだな。まあ、変則的な動きをするやつよりは戦い易いさ。俺はエルサの相手の方が苦手かな」
「テリーサね。私も苦手なのよね、あの子」
「身のこなしが軽やかだったな。あの動きには翻弄されそうだ」
「身体強化が付与されたブーツを履いてるらしいわね。でも、いくら動きが軽いって言っても君に比べれば可愛いものよ。私の事より、自分の心配をなさい」
「……そうだな。ルトガーには胸を借りるつもりで挑ませてもらうさ」
ルトガーには、騎士と暗殺者の加護を活かして、真っ正面からぶつかるしかないかな。特に作戦は何もない。当たって砕けろ、だな。
俺の不慣れな魔法なんて通用しないだろう。魔法を弾かれ、詠唱を潰され、あの剛剣に沈められる未来しか見えない。せっかくもらった『魔法剣士』の二つ名だが、明日は魔法の出番は無さそうだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
俺達は闘技場帰りにバルジーニ一家の屋敷に立ち寄る。チェスタースラムでの青空癒療院の礼と、エース誘拐の詫びとして、様々な素材を譲り受けた。アスカが遠慮無しに要求した鉱石や薬の素材やらを律義に集めてくれたらしい。
「すまねえな。珍しいものばかりだったから、数が手に入らなかった」
「十分だよー! 王都じゃ手に入りにくい物ばっかりだし」
「そう言ってもらえると助かる。値段は大したこと無いんだが、流通量が少なくてな」
受け取った素材は見たことも無いような物ばかりだったが、アスカはニコニコ笑って喜んでいる。
「白光石に、魔晶石……わおっ、メタルクラブの鉄甲殻! すごいすごい! レアアイテムばっかりじゃん!」
「喜んでもらえて良かった。苦労して集めた甲斐があったよ」
「ありがとう、バルジーニさん! これだけ素材があれば色んなアイテムが作れるよ!」
「うん? 作る? アスカは治癒職じゃなかったか?」
「え、いや……その、そう、王都を出たら土人族の自治区に行く予定なの。これだけ素材があればいろいろ作ってもらえそうだなーって」
そうか、土人族が治めるガリシア自治区に行くんだもんな。これだけたくさんの種類の鉱石やら素材があれば、高性能な武具や装飾品を作ってもらえるかもな。
ボビーの食糧提供なんかの件もそうだけど、いつの間にかアスカは着々と旅の準備を進めてくれてるみたいだ。アスカは、アスカに出来る事をこなしてくれてる。俺も、王都での経験や訓練が無駄にならないように、出来ることに全力を注がないとな。
まずは、明日のルトガーとの決勝だ。せっかく二か月近く闘技場に通って鍛えたんだ。その成果を、アスカにも見てもらわないと。




