表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
騎士とJK  作者: ヨウ
第四章 絢爛の王都クレイトン
178/499

第174話 準決勝第一試合

 翌朝、闘技場に行く前に冒険者ギルドに立ち寄った。今日は準決勝の2試合しか行われないから開始時間がいつもより遅い。少し時間があったからエースに会いに行くことにしたのだ。


「おはよう、エース」


「ほら、エース! アスカちゃん特製フルーツミックスだよ!」


「ブルルッ!」


 アスカがマルベリーとカットしたリンゴに砕いた魔石を混ぜたエサを取り出す。エースは嬉しそうに顔をアスカにすり寄せ、尻尾をぶんぶんと大きく振った。


 従魔契約をしたというのに、やはりエースはアスカの方に懐いてる。ちょっと悔しい。


「食べ終わったらブラッシングしてやるからな」


 俺は餌の入った桶に首を突っ込むエースの首を、ぽんぽんとたたく。毎日欠かさずブラッシングするようになり、元から美しかったエースの白い毛並みはさらに綺麗になった。普通の馬よりも一回り以上大きい事もあって、連れ歩くだけで通行人の注目を集めるぐらいだ。


「あれ、あの人……」


「ん?」


 アスカの声に振り返ると、厩舎の奥で厩務員の作業着に身を包んだスーザンが、ピッチフォークで飼葉を運んでいた。実用一点張りの薄汚れた作業着姿では、さすがに子爵令嬢には見えない。


 スーザンも俺達に気付いて一瞬顔をしかめたが、取り繕うように微笑を浮かべる。会釈すると、向こうも軽く頭を下げてから作業に戻っていった。


「降格処分はしないって話じゃなかったっけ?」


「ああ。ヘンリーさんがペナルティとして厩舎の仕事をやらせてるんだってさ」


 俺は【静水】で出したぬるま湯にタオルを浸しながら答える。


 スーザンはギルド受付の就業前後に、厩舎の清掃やエサやりなどを課せられているそうだ。貴族の身分にあり、ギルドの花形職種である受付をしていたスーザンにとっては屈辱的な処分だろう。


「パパも厳しいねー」


「自業自得だからしょうがないさ」


 まだまだ闘技場で『泥仕合』と呼ばれることは多いが、ギルドで『処女信仰者』と呼ばれることは無くなってきている。一角獣の捕まえ方を公表したおかげというのもあるだろうけど、ギルドが悪い噂を消す努力をしてくれているからだろう。


 決闘士武闘会に出場してからは、段々と観客達からブーイングを受けることも少なくなってきた。昨日の決闘では、むしろ拍手や歓声の方が大きかった。


 悪い噂がなんとかなりそうなら、スーザンの減給やペナルティも終わらせてもらってもいいのだけど……。ヘンリーさんが半年間の期限を設けたのだから今さら俺達がどうこう言う話じゃ無いか。


「ちょっとかわいそうな気もするけど、半年間はがまんしてもらうしかないさ」


 その後、俺とアスカは半時間ほどかけてエースを丁寧にブラッシングし、ちょうどいい頃合いになったので闘技場に向かった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 闘技場に着き、観客席に行くアスカと別れる。俺は決闘士専用の出入り口から、地下に向かった。Dランク決闘士の予選が行われた修練場や従魔の飼育場などを横目に通り過ぎて控え室に入る。


 控え室には既にエルサとルトガーの対戦相手が着いていた。エルサは控室の隅で胡坐をかいて座りこみ、瞑想をしている様だ。


 さすがに決闘前に歓談することも無い。俺はエルサと対角線上の部屋の隅に腰を下ろす。


 重苦しい雰囲気の漂う控え室で、俺は鎧のベルトを締めなおし、漆黒の短刀や紅の騎士剣(レーヴァティン)を鞘から抜き差しする。ベルトや盾の裏側に投げナイフを仕込み、革靴の紐をきつく結びなおし……入念に装備を確認していく。


 一足遅れてルトガーも入室し、控室はさらにピリピリとした緊迫感に包まれていく。誰一人口を開かず、ガチャガチャと装備を整える音だけが控え室に響いている。


 高まる緊張に手が汗ばむ。だが、それすらも俺にとっては新鮮で心地良い感覚だった。


 たった数ヶ月前までは、森に引きこもるばかりで、世を倦み全てを諦めていた。こんな風に一流の戦士たちと競い合うなんて、夢にも思っていなかった。


 王都に来る前は闘技場で戦うつもりすらなかったというのに、俺は今、決闘を前に自分を抑えられないぐらいに高揚している。

 

 自分自身ですら知らなかった自分に戸惑う。


 ……知らなかった?


 違うか。俺は思い出しているんだ。


 民を、家を、領地を護りたいと願い、騎士を目指した頃の思いを。誰よりも強くありたいと願った幼い日々を。


 ともすれば命の取り合いになる決闘を前に、俺は笑みがこぼれてしまうのを止められないでいた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 大鐘が鳴り響く音とともに、俺は闘技場の舞台に足を運ぶ。正反対にあるアーチからエルサが昇って来るのが見える。超満員の観客席からは割れんばかりの歓声と拍手が鳴り響く。


「エ・ル・サ! エ・ル・サ! エ・ル・サ!」


「アルフレッドー!」


 踏み鳴らす足音と共に巻き起こるエルサコール。さすがは花形決闘士、舞姫エルサだ。


 少しだが俺の名を呼ぶ声も聞こえる。俺は声が聞こえた方に向かって手を振る。人が多すぎてアスカがどこにいるかわからないけど、たぶん俺の名を呼んでくれたのはアスカやボビーの仲間たちだろう。


 エルサを見ると既に短杖を握りしめ、身構えている。いつもなら観客席に笑顔で愛想を振りまいているエルサが、真剣な表情で俺を見据えていた。


 光栄だな。エルサは俺を強敵と認めてくれているようだ。


『本戦準決勝、第一試合、アルフレッド対エルサ!』


 さらに歓声と拍手が大きくなる。俺もエルサを真正面から見つめ、紅の騎士剣を抜き放つ。


『はじめ!』


 決闘開始の声が拡声の魔道具から放たれ、鐘楼に据えられた大鐘の音が再び鳴り響く。その音と共に、俺は全力でエルサに向かって駆けだした。


 先手必勝……!


 エルサはいつも、決闘開始とともに身体強化魔法をかける。彼女の修得にまで至った【風装】(クイック)は詠唱が早く、効果時間も長い。開始早々に底上げした速さ(AGL)で近接戦闘を挑むのが、彼女の常勝戦術だ。


 だが、いくら詠唱が早いと言っても俺の速さで突っこめば、発動を阻害できる。まずはお得意の身体強化を潰す。


 それが昨夜、アスカとともに考えた作戦だったのだが……


 大鐘が鳴ったとたんにエルサは詠唱をしながら、俺に背を向けて逃げ出したのだ。


【風装】(クイック)!」


 俺も必死に追うが開始線の間合いを詰め切れず、エルサは身体強化を終えてしまった。俺を上回る速さで距離を開けていく。


 速さで上回られたままでは主導権を握られてしまう。俺は咄嗟に暗殺者スキル【瞬身】で速さを底上げする。さらに、エルサ同様に【風装】で速さ強化の重ね掛けを試みたところで、狙いすましたように【火球】(ファイヤーボール)が飛来する。


 詠唱しながらでも『歩く』『走る』程度の単純な行動なら可能だが、『避ける』『防ぐ』のような他者の行動に応じた反応をするのは難しい。


 案の定、俺は【火球】の回避に気を取られて、詠唱を阻害されてしまう。その間に、エルサはさらに距離を取り、次の攻撃魔法の詠唱に入っている。


「ちぃっ……!」


 この展開は予想していなかった。まさか俺との決闘で、急に戦い方を変えてくるなんて……!

 

 俺は【火球】とは異なり直線的な弾道で飛んでくる【岩弾】(ストーンバレット)を盾で弾く。なんとか防ぐことができたが、練度の高い魔法の威力で僅かに身体が怯む。その間に、エルサは闘技場舞台の外周を沿うように走りながら間合いを広げ、次の詠唱を始めている。


 エルサが逃げるなら、追いかけるまで! 同等の身体強化を施せば、素の能力値が高い俺の方が有利!


 そう思い距離を詰めようと走り出すが、まるで俺の行動を見透かされているかのように行く先に向かって【火球】や【岩弾】が放り込まれる。咄嗟に躱し、盾で弾くと、その隙に距離を稼がれてしまう。


【氷礫】(アイスショット)!」


「ぐっ……!」


 それでも少しづつ距離を詰められたかと思ったら、攻撃に変化をつけられた。直撃は避けたものの、一瞬反応に戸惑い、いくつかの礫を腕や脚に被弾してしまう。


 ダメージはさほど受けていない。だが、詰めた間合いは再び離されてしまった。


 してやられた……! 


 わかっていたはずじゃないか。『舞姫エルサ』は、闘技場での人気を勝ち得るための『魅せる(・・・)』戦術。


 なぜ、決闘に特化した強さだけ(・・)だと思い込んだ!? あれだけの戦いをこなせるエルサが、魔法使いの定石がこなせないわけ無いじゃないか。


 これが、本来の『魔道士エルサ』の戦いか……。完全に出鼻をくじかれた。


 さすがはエルサ!


 俺は腹の底から湧き上がってくる興奮に、顔が笑みで歪んでいくのを抑えられなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ