第173話 決戦に向けて
エルサとルトガーの決闘が見れたので、俺達は闘技場を後にする。次の試合は『舞姫』エルサ、そして決勝の相手はほぼ間違いなく『重剣』ルトガーだろう。
まずは明日のエルサ戦の対策を練らないとだけど、取り急ぎは……
「どうしたんだよ、急に不機嫌になって」
「別に機嫌悪くなんて無いもん」
いやいや。口を尖らせて、そんなこと言われてもなぁ。どう考えてもご機嫌斜めじゃんか。急にそんな態度になったんじゃボビーやエルサにも失礼だろ。
……ああそっか。エルサが原因か。
「こないだの誤解は解けたんじゃなかったのか? エルサは上級万能薬が欲しかっただけだ。俺に特別な感情を持ってるわけじゃないって」
「べ、べつにエルサに嫉妬してたわけじゃないもん!」
語るに落ちてるよ、アスカ。なんか口調も幼いし。俺が苦笑いしていると、アスカは諦めたように大きくため息をついた。
「だってさ、エルサと急に仲良くなってるしさ。見つめ合ったりしてるし」
「……睨みあうの間違いじゃないか?」
なんだかんだ言って俺は明日の決闘を楽しみにしていたりする。エルサのような実力者に挑むのだ。一騎士として血が沸き立つのは、止められるものじゃ無い。
たぶんエルサも同じように感じているのだろう。だから顔を合わせる度に、互いに笑いながら煽り合う。
「エルサはさ、手足が長くて、スラっとしてて、綺麗で。女のあたしから見ても、とっても魅力的な大人の女性って感じだもんねー。それに……」
「……それに?」
「……エルサは戦えるじゃん。あたしみたいに、アルや周りの皆に助けられてばっかりのお荷物じゃないもん。エースが攫われた時だって、エルサみたいに戦えたら、もっと役に立てたのになって」
そう言ってアスカは力なく微笑んだ。
ああ……そっか……。護られてるだけの立場って、申し訳ない気持ちになるよな。俺も森番として過ごした間は、親切にしてくれるエドガーやクレアに引け目を感じてた。
戦いの力を持たないアスカにしてみれば、花形の決闘士として活躍するエルサを羨むのは当然かもしれない。俺も剣闘士のエドガーや騎士のギルバードを羨んだものだ。
「アスカはお荷物なんかじゃないさ」
戦う力は無いかもしれないけど、調剤やアイテムボックス、ステータス鑑定なんかのアスカの能力は、俺達の旅にとって欠かせない。そもそも俺が戦うことが出来てるのだって、アスカのジョブメニューのおかげだし。
「たとえ戦えなくたって、アスカの能力にはいつも助けられてる。アスカはアスカのやり方で、俺やエースを護ってくれればいいじゃないか」
「あたしは……あたしのやり方……」
そう言ってアスカは何かを考えこむように押し黙った。そして、数分の沈黙の後に何かに思い至ったように顔を上げた。
「そっか……あたしはあたしの出来ることをすれば……」
うん、そうそう。適材適所ってやつだ。
俺はアスカの力を借りて戦う力を身に着け、アスカを護る。アスカは特別な能力を活かして、俺を助ける。お互いに支え合って行けばいいさ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「話は変わるけど、決闘士武闘会の参加者に怪しいヤツはいたのか?」
闘技場から王都に戻る道すがら、ずっと気になっていたことをアスカに聞く。
以前にアスカから聞いた話では、チェスターで戦ったあの魔人族とは、本来ならこの武闘会で雌雄を決するはずだったらしい。だが、あの魔人族とはチェスターで決着がついた。
その代わりなのか、別の魔人族がヴァリアハートや王都に姿を現した。恐らくは、その魔人族の狙いは陛下やマーカス王子殿下の命。素性や姿かたちを偽り、この武闘会に潜り込んでいるのではないか、という事だった。
「いない……と思う。少なくとも、武闘会の本戦に出てる決闘士に、あたしの知ってる名前は無かったよ」
「そうか……。魔人族は現れないと思っていいのかな?」
「うーーん、どうだろうね。武闘会には出てこないと思うけど、油断はしない方がいいと思う。ヴァリアハートの時みたいに、急に襲われるかもしれないし……」
「そうだな。心の準備だけはしておこう」
もし、魔人族が陛下やマーカス王子殿下の命を狙うとしたら、どう出てくるだろうか。
王城に侵入して暗殺? 王家騎士団が護りを固める王城で、お二方を暗殺するのは不可能だろう。いくら魔人族と言えども、王城に侵入することは出来ないと思う。
狙うなら、やはり超満員になるだろう決闘士武闘会の会場だ。不特定多数の観客達でごった返す観客席になら、こっそり紛れ込むのは簡単だ。
もちろん護衛をする騎士団だって、胡乱な連中が潜り込むことは想定しているだろう。陛下の命を狙う可能性があるのは、魔人族だけではない。当然ながら王家の内外には、敵がごまんといるだろう。
王家騎士団はその護衛に死力を尽くすと思う。だがそれでも、王城に比べれば手薄にはなってしまう。
もし俺が暗殺者の立場ならどうする?
アスカが知る未来と同様に、決闘士武闘会に参加して観戦に来たお二方を殺害を試みる……かな。闘技場の舞台からなら、最前線で観戦するお二方へも射線が通る。
それに、もし優勝を果たせたなら、舞台上で陛下から褒賞を手渡される栄誉に与れるらしい。陛下に最も接近できるその時を狙えば、いくら王家騎士団がついていたとしても暗殺は十分に可能だろう。もちろんその場で斬殺されてしまうだろうけど、それでも捨て身なら暗殺も容易い。
「でも、決闘士に紛れ込んでいないのなら、一安心だな。観客席では、騎士団が命を賭して陛下たちを護るだろう」
「……WOTではチェスターで戦ったフラム・スロウスが神人族の決闘士に化けてたの。アルの言う通り、闘技場の舞台から王様とマーカス王子を暗殺しようとしてたんだろうね」
「そうか……。じゃあ、俺は闘技場の舞台で、不測の事態に備えておけばいいかな」
グラセール・グリードだったか……ヴァリアハートで襲ってきたあいつは影も形も見せていない。相手の出方が分からない以上は……やっぱり心の準備をするぐらいしか出来ることはないか……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おー、ダンナ! 今日はどうだった?」
「勝ったよ。無事に準決勝進出だ」
王都の南門でバルジーニ一家の魔物使いと出くわした。
「おめっとうさん! さすがダンナ。おいらの可愛い従魔たちを蹴散らしただけはあるな!」
「どうも。そっちはどうしたんだ? ずいぶんと物々しいな」
魔物使いは洞窟トカゲ、刃虎、灰毛熊、森狼などの従魔をぞろぞろと連れていたのだ。
「商いだよ。闘技場の警備に回すとかで、従魔の高価買取をしてくれるんだ。ダンナも一角獣を連れてったらどうだ? アイツならかなり高く売れるんじゃないか?」
「売らねえよ。というか、そいつら売ってしまうのか? 可愛い従魔なんじゃなかったのかよ」
「オイラに大金を運んでくれる可愛い可愛い従魔ちゃんだな。従魔の売買なんて当たり前のことだぜ? ダンナもCランクの魔物を闘技場に卸したって聞いたが?」
ああ、そう言えばそんな事もあったな。それにしても闘技場の警備に従魔まで導入しているのか。
闘技場の方もかなり警戒しているんだな。つい最近、マーカス王子殿下が襲われているんだから、当たり前のことではあるか。
「コイツらは決闘士武闘会が終わったら、魔物決闘にまわされるんだろうけどな」
「世知辛いな……」
「なーに言ってんだよ。ダンナが街で食ってる食肉だって、こうしてオイラ達魔物使いが連れて来てる従魔の成れの果てだろうが」
そう言われたら、そうなんだけど……。まあ、コイツの言う通り、生き物は生き物を食べて生きてるんだ。可哀そうなんて感慨を持つのは、傲慢か。エースをこいつの下から取り戻せていて良かったとだけ思っておこう。
「そういや、姉ちゃん。ウチのボスが珍しい鉱石やら素材やらをいくつか手に入れたって言ってたぞ。時間があったら訪ねてくれや」
「ホント!? よっし、これで……」
昨日の今日だけど、さっそくアスカが頼んでた素材が手に入ったのか。じゃあ、宿に向かう前にバルジーニのとこに立ち寄るか。
今日は早めに用を済ませて、とっとと宿に戻ろう。アスカと一緒にエルサ対策をたてて、きっちり休まないとな……。
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