第172話 ルトガー
「アルフレッド、アスカさん」
「あ、エルサー。おつかれさまー」
「やぁ。準決勝進出おめでとう」
手を振ってエルサを迎えるアスカ。エルサは俺の隣にストンと腰を下ろす。
「ありがとう。明日はいよいよ対戦ね。あなた達は恩人だけど、勝負は別よ? 正々堂々、全力で挑ませてもらうわ」
「ああ、もちろん」
エルサは決闘が終わってすぐ、ここに駆け付けたようだ。白く透き通るような肌が桃色に上気して、うっすらと汗ばんでいる。
「アスカさん、頂いた上級万能薬は本国に送らせてもらったわ。今ごろ着いているころだと思う。あらためて礼を言わせてもらうわ」
「え、もう? あ、そっか、転移陣か」
「ええ。帝国の外交か……ゴホンッ、信頼できる方に届けてもらっているの」
貴重な転移石を使ってまで急いで届けるという事は、妹さんの容体はよっぽど悪かったんだろうな。せっかく上級万能薬をプレゼントしたのだ。無事に治ると良いのだけど。
「本当は私が届けたかったのだけど……決闘士大会優勝を手土産に戻ろうかと思って」
エルサがいたずらっ子のような表情でにこりと笑う。
「準決勝進出だけでも十分立派な手土産になると思うぞ?」
俺も応じてにやりと笑う。
その時、観客席に拍手と歓声が巻き起こった。次の決闘の二人がアーチから出てきたようだ。
「おっと、始まるぞ。『重剣』ルトガーの登場だ」
そう言ってボビーは紙束を握りしめた。決闘ベッティングの賭け札だろう。
俺も闘技場の舞台に目を向ける。中央に立つのは、もう一人の優勝候補。というか彼が本命か。
むき出しの両手剣を肩に担いだ威風堂々とした立ち姿。赤銅色の鉄鱗鎧と、同じく赤銅色の短髪が燃え上がるようだ。
「私と君のどちらが勝ち進むにしても、決勝の相手は間違いなく彼よ。しっかり見ておきましょう」
エルサが真剣なまなざしで舞台を睨む。央人に比べて長く尖った耳がピンと立つ。全神経を決闘に集中しているようだ。
俺もエルサに倣って、しっかり観戦しよう。おそらく決勝で戦うのは彼になるのだろうから。
『本戦準々決勝、第三試合、ルトガー対ヘイデン! はじめ!』
そびえたつ鐘楼から大鐘の音が鳴り響く。それと同時にルトガーの対戦相手ヘイデンは開始線から飛び退り、詠唱を開始した。ヘイデンは魔法使いの様だ。
魔法使いはルトガーに横目を向けつつ、少しでも距離を稼ごうと詠唱をしながら離れていく。対してルトガーは肩に担いでいた両手剣をやや浮かせて上段に構えた。開始早々にルトガーが飛びかかる展開を予想していたので少し意外だ。
魔法使いは無事に身体強化魔法を発動したようで、動きが鋭くなっている。ルトガーは剣を構えたまま、じっくりと足を運んでいる。思ったよりも静かな立ち上がりだ。
「くらえっ!」
魔法使いが【火球】を放つ。さすがは準々決勝に進出した魔法使いだけあって詠唱が早い。だがルトガーは、放物線を描いて襲い掛かる火球を両手剣の振り下ろしで弾いて見せた。
魔法使い相手に盾も持たずに相対し、どう対応するのかと思っていたが……これはまた、すごい反射神経だな。続けて放たれた【岩弾】も、いとも簡単に弾いている。
俺もやってやれないことはないだろうが、ここまで安定して捌けるかと言うと自信は無い。弾道の異なる火球と岩弾を戸惑うことなく捌き、さらに歩みも全く止めていないのだ。
両手剣を横薙ぎに振るい岩弾を弾いたルトガーは、不意に魔法使いに向かって走り出す。魔法使いはそれを読んでいたかのように【氷礫】を発動した。
魔法使いの短杖から扇状に放たれたいくつもの氷の礫を全て弾くことは出来ない。少しでも被弾させて、その隙に距離を取って自分の間合いを保とうとしたのだろう。
だが、対するルトガーの反応は常軌を逸したものだった。頭だけを両腕で覆い、氷の弾幕に真正面から突っ込んだのだ。
いくつもの氷礫を全身に受けるが、それでも勢いは全く衰えない。腕だけでは庇いきれずに額に氷礫が直撃し、血が噴き出しても意にも介さない。
ルトガーはそのままの魔法使いに肉薄し、両手剣を振るう。猛牛にでも衝突されたかのように弾け飛ぶ魔法使い。さらに、転がった魔法使いに向けて上段から両手剣を振り下ろす。
「ま、まいった……」
魔法使いの顔面のすぐ脇に振り下ろされ、地面に突き刺さった両手剣。額から流れる血を拭おうともせずに鋭い目で見下ろすルトガーに、魔法使いは震える声で降参を告げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「圧倒的ね……」
「ああ。重剣の二つ名は伊達じゃないな」
剣士の加護を持つ者の魔法に対する抵抗力はさほど高くない。まさか真っ正面から突き進むとは思わなかった。
「たぶんあの鱗鎧、鉄じゃないねー。竜の鱗かなんかじゃないかなー」
「竜鱗……斬撃、衝撃、そして魔法にも強いって言うな。どうりで……」
飛竜、海竜などの大型の魔物の鱗。竜には巨大化したトカゲのような姿形のものもいれば、翼の生えた蛇、鱗で全身が覆われた鳥のようなものもいる。その頑強な鱗は刃物が通りにくく、魔法を弾く。例外無く巨体のために衝撃も効きずらいという。
山頂や崖下、海底などの自然の難所に棲むことが多いそうで、滅多に遭遇出来ない魔物だ。討伐することが出来れば、その身体からは貴重な素材を多量に得ることが出来る。
前述の強靭な鱗に、薬の素材になるという目玉・血液・臓物。肉も非常に美味だという。また、その魔石は竜珠とも呼ばれ、特殊な魔道具の材料になるそうだ。
だが、その討伐難易度も非常に高い。万が一、人の居住地を襲うようなことがあれば、騎士団の一個大隊が派遣されるほどだ。そのため、その素材は滅多に市場に出回る事は無く、非常に希少価値が高い。
そんな希少な素材である竜の鱗で作られた竜鱗鎧ともなれば、その頑強さは並大抵ではないだろう。氷礫の魔法が直撃してもびくともしなかったのも頷ける。
「うっわー、魔法鎧か。相性最悪ね……。どうやって戦おうかしら」
「そうだな……。魔法より剣主体で戦った方が良さそうだ。あの剛剣を捌くのは骨が折れそうだが……」
エルサと俺はため息をもらしつつ、思い出したように顔を見合わせる。
「心配しないでも大丈夫よ。君がルトガーと戦うことは無いから」
「そのセリフ、そっくりそのままお返しするよ」
互いに不敵に笑いを浮かべて、睨み合う。
「……アル。見て」
アスカが反対側から俺の腕を抱えるように掴み、メニューウィンドウを浮かばせた。
おいおい、そんな堂々と出すなよ。他人には見えないとは言え、不審に思われるだろ……って、あれ?
「アスカ、なんか、怒ってる?」
「怒ッテ、ナイヨ。ホラ、見テ」
「あ、はい」
いやいや……完全に怒ってるじゃん。なんなんだよ急に。
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ルトガー
■ステータス
Lv 30
JOB 騎士Lv.1
VIT 632
STR 527
INT 47
DEF 878
MND 75
AGL 369
■スキル
魔力撃
剣術Lv.7
挑発Lv.2・盾撃Lv.1・鉄壁Lv.1
不撓Lv.1・烈攻Lv.7
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「これはまた……」
「またしても偏ってるよねー」
ボビーが、ルトガーを『攻撃は最大の防御を地で行くヤツ』と評していたが、まさにその通りの熟練度の偏りだな。たぶんコイツ、魔力撃と烈攻しかまともにスキル使ってねえぞ。
「エルサにしても、ルトガーにしてもほんとにピーキーだよねー」
「え? 私がなんだって?」
「なんでもないですー」
それにしても、エルサにルトガー、二人とも一癖も二癖もある相手だな。準決勝に決勝。良い経験になりそうだ。




