第170話 準々決勝第一試合
その後、バルジーニは一家の武具庫を見せてくれた。戦争でも起こすつもりなのかと疑うほどに山積みされた武具を前に、好きな物を持って行って良いと言う。
武具の良し悪しが分かるほど詳しいわけでも、鑑定眼があるわけでも無いが、ここにある武具はどれも一般普及品の中ではそれなりに高品質な物だという事はわかる。鋼鉄製の剣や槍、大小様々な弓や盾。弓使いの加護がなくても扱いがし易い弩なんかもあった。
剣や盾に関しては俺の持っている紅の騎士剣や火喰いの円盾を上回る性能の物は無さそうだったので、俺は鉄鏃の矢を数十本もらうことにした。弓は動物を狩る時にしか使っていなかったので、自作した石鏃の矢しか持っていなかった。弓はさほど得意でも無いのでそうそう使うことは無さそうだけど、もらっておいて損は無いだろう。
アスカは薬品の備蓄を見せてもらっていたが特にめぼしい物は見つからなかったようで、なにも受け取っていなかった。回復薬なんかは、アスカが作った方が高品質だろうしね。
俺達がオーダーした革鎧や薬の素材は探しておいてくれるそうだ。マフィアの伝手で、良いものが手に入る事を期待しよう。
バルジーニの屋敷を辞した俺達は、少しだけ王都を出て草原でエースを走らせた。エースは走り足りなくて不満そうだったが、翌日の決闘もあるので日が暮れる前に王都に戻る。冒険者ギルドの馬房にエースを預け、楡の木亭に戻った。
「明日の対戦相手はミラベルって女の子。レベルは28、加護は【弓術士】だよ」
宿で食事をとりながら翌日の対戦相手の情報をアスカからもらう。ミラベルは俺の決闘の前に行われた本戦第一試合に登場していたため、ステータス鑑定をしていたそうだ。
ボビーからも話を聞いて、第一試合はミラベルに賭けたそうだ。賭けはともかく、ボビーの情報も聞いておいてくれたのはありがたい。明日は前情報を持って闘いに臨める。
「弓使いのお手本みたいな戦い方をしてたよ。闘技場の舞台を目いっぱい使って走り回りながら弓矢でちくちく攻撃って感じ。【呪怨の矢】でデバフを重ね掛けして、相手の動きが鈍くなったところに攻撃ってのがパターンみたい」
「【呪怨の矢】?」
「うん。ステータス低下とか状態異常を引き起こす矢を放つスキルだよ。ミラベルは早さ、攻撃力、防御力を落とせる矢まで覚えてたね。状態異常の方は、猛毒の矢と麻痺の矢が使えると思う」
「ステータス低下に状態異常の矢か。当たらないように気を付けないとな……」
「うーん……それが、そんな簡単じゃ無いんだよね。状態異常の方は盾とかで防御すれば効かないんだけど、ステータス低下系の矢は盾で弾いても効いちゃうんだよ」
「そうなのか? じゃあ避けきるしかないのか……」
「うん。一回戦のミラベルの相手は拳闘士系だったんだけど、いいようにデバフかけられてたねー」
「厄介だな……」
俺は思わず眉をひそめる。遠くから射られる矢なら躱すこともさして難しくないだろうが、接近した時に近距離で放たれる矢を躱すのは難しいだろう。そうなると矢を避けきれる遠距離で戦うのが無難かな。
ミラベルとは魔法と矢の打ち合い勝負か。どれだけ魔法とスキルを撃ち続けられるかに勝敗はかかってくる。粘り強さの勝負になるだろう。
ミラベルは俺より遥かにレベルが高いとは言え、俺だって【魔術師】を修得しているんだ。体力や魔力の多寡で、そう劣っているって事も無いだろう。
「まあデバフ食らっても上書きしちゃえば良いだけなんだけどね」
「……あ、そっか」
よく考えたら自身のステータスを底上げするスキルや魔法を、俺はたくさん持ってるんだ。例え速さを削がれたとしても、すぐ【瞬身】で速さを上げればいい。
それなら……そう苦戦しなくて済むかも?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『本戦準々決勝、第一試合、ミラベル対アルフレッド!』
拡声された審判の声が闘技場に響き渡った。
俺は闘技場の中央でミラベルと向かい合う。羽飾りがついた複合弓を手に、腰に矢筒を下げた央人族の女性。動き易さを重視しているのだろう、ミラベルは革製の上下の服以外は何も防具を身に着けていない。
『はじめ!』
王族の貴賓席から舞台を挟んで反対側にそびえたつ鐘楼。その頂きに据えられた大鐘の音が鳴り響く。それと同時にミラベルは俺に背を向けて走り出した。
おお、潔いな……。たぶん今までの俺の戦い方を聞いて、接近戦は避けたいと思ったのだろう。
ある程度距離が離れたところで、ミラベルは振り返って矢を放つ。飛来する矢を左右に動きながら躱し、俺も魔法で反撃する。
「【火球】!」
「【ロックアロー】!」
火球がミラベルのすぐ脇で弾け、土の属性付与がされた矢が俺のすぐ側の地面を抉る。
【エレメントショット】は火・氷・風・土の四属性を矢に付与して放つ弓使いの基本スキルだ。オークヴィルで【狩人】の加護を持つダーシャが使っていたのを見たことがあったが、それよりも遥かに力強い。
「【ウィンドアロー】!」
「ぐっ!」
放たれた矢が凄まじい速度で俺に迫る。咄嗟に盾で弾くことが出来たが、盾の方も矢の勢いで弾かれてしまう。
そこに狙いすましたかのような矢の追撃が放たれる。俺は身体を大きく後ろにそらして、ギリギリのところで矢を躱した。
後ろに倒れ込んだ俺は、その勢いを殺さず倒立回転して身体を起こす。そこに間を置かずに矢が放たれる。
「ちっ……」
すごいな……手数がまるで違う。さすがにスキルの発動にはそれなりの溜めが必要なようだが、通常の攻撃はまさに矢継ぎ早に繰り出される。
しかもバリエーション豊かな矢の軌跡が、反応を後手に回らせる。緩やかな弾道を描いて上空から矢が飛来したと思えば、次の瞬間には真っ直ぐに胸を狙った矢に襲われる。
エレメントショットがまた厄介だ。拳闘士の【剛拳】を思わせるような重たいロックアローに、風に乗って驚異的な速さで飛来するウィンドアロー。
変化に富んだ弾道と緩急に、見事に翻弄されてしまう。さすがはBランク決闘士だ。
「打ち合いじゃ敵わない……」
こっちの遠距離攻撃には詠唱が必要だ。詠唱速度はそれなりに早くなったと思うが、それでも次々と放たれる矢には追いつかない。一発一発の威力や攻撃範囲では勝るだろうが、連射性能では全く勝ち目は無さそうだ。
「魔術師との相性は最悪だな」
だが、それなら別の戦い方をすればいい。むしろ俺の得意な戦い方で、牙を届かせる。
俺は左右に動き回りながら魔法を放つのを止めて、盾を掲げてゆっくりとミラベルに向かって歩き出した。
ミラベルはにやりと笑い、動きを抑えた俺に矢が放つ。狙いがつけやすくなったのだろう。俺の胴体に向かって、一射、二射、三射と正確無比な矢が放たれる。
ギインッ!!
だが、矢の攻撃は軽い。例え重たいロックアローであっても、至近距離から放たれているわけではないのだから簡単にいなせる。虚を突かれない限りは体勢を崩されるような事も無い。
俺は盾を構えながらじりじりとミラベルににじり寄っていく。盾で矢を捌きながらも、時おり魔法で反撃し左右の逃げ道を潰していく。次第にミラベルは後退していき、ついには闘技場の舞台の壁を背負う。
「【破迅の矢】!」
襲い掛かる矢を盾で弾くと、身体がぐっと重くなるのを感じる。なるほど、これがステータス低下攻撃か。確かにこれは厄介だな。
(【瞬身】!)
まあ、対応は予習済みなんだけど。即座に敏捷性を高める【暗殺者】のスキルを発動して速度低下を相殺。横から逃れようとしていたミラベルの行く手を塞ぐように足を運ぶ。
「【氷礫】!」
続けて反対側に逃れようとするミラベルの進行方向に氷の礫をばらまく。
弓使いは斥候職まではいかないけど敏捷性が高い加護だ。今までの相手は速度低下の矢を当てれば逃げきれてたんだろうけど……
(【盾撃】!)
「キャアッ!!」
俺の速さには敵わない。一足飛びにミラベルに迫り、盾で身体を弾き飛ばす。何の防具もつけていない華奢な体は毬のように跳ね飛んだ。
念のために倒れたミラベルに詰め寄って、紅の騎士剣を突き付ける。近接戦闘もこなす魔術師って触れ込みは知ってるよな? この距離に寄られた時点で、もう反撃の目は無いよ?
「……参りました」
腰を起こそうとしていたミラベルだったが、刃を突きつけられ、弓から手を放して地面に腰を下ろした。
『勝負あり! 勝者、アルフレッド!』
審判の声が響き、次いで闘技場の観客席に歓声が巻き起こった。
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