第169話 礼
「おおっ、兄弟! 来てくれたのか!」
バルジーニ一家の屋敷に赴くと、腹が突き出た丸顔の男が出迎えてくれた。一家のボス、バルジーニだ。
「無事に勝ち進めたらしいな。おめでとう」
「どうも」
「相手はBランクでもトップクラスの決闘士だって言うじゃないか。やるもんだな」
へぇ。マイルズってBランクでも強い方だったんだ? 確かに頑強で、隙あらば必殺の一撃を放り込んでくるような油断ならない剣士ではあったけど……あれでトップクラスなのか。
……思っていたよりも俺は強くなっていたのかもしれないな。
「ありがとうございます。それで、何のご用ですか?」
「ああ、朝は慌ただしく帰っていっただろう? きちんと礼を言わせてもらおうと思ってな。チェスターで俺の弟分と家族を助けてくれたこと、心から感謝する」
くだけた態度からややかしこまってバルジーニが目礼した。こういう態度だと、マフィアのボスって感じの風格があるな。
「どういたしまして。でも、礼を言うならアスカに。俺は何もしてないですから」
チェスターのスラムの人達を救ったのはアスカだ。多くの人の怪我を癒し、買い込んだ食糧を放出して胃袋を膨らませた。
正直言うと、大盤振る舞いするアスカを見て、俺はむしろ呆れてたからなぁ……。
「アスカ、お前さんの魔法でたくさんの命が救われたと聞いてる。スラムの住民たちにも惜しみなく食糧を分け与えてもくれたそうだな。まさに『聖女』の行いだ。どう礼を言えばいいのか……感謝の言葉も無いくらいだ」
「えへへ。どういたしまして」
アスカが照れてはにかんだ。それにしても……聖女か。お癒者さんごっことか言って、半分ふざけながらやっていたとは言えないな。
「それにアルフレッド、何もしてないなんてことは無いだろう。お前は街中を駆け回って魔物どもを駆逐し、魔人族を倒してみせた紅の騎士だろう? お前のおかげでチェスターは救われたんだ。アスカがスラムの救世主なら、アルフレッドはチェスターの英雄だ」
ここまでストレートに褒められると、なんだか面映ゆいね……。王都では散々な扱いを受けてるから余計に。
「コルレオーネの代わりに、二人に礼をさせてもらいたい。一角獣の件の詫びもかねてな。何か困ってることとか、欲しい物は無いか? これでも王都裏町の顔役だからな。たいていの物は手に入るぞ? 何でも言ってくれ」
困りごとか……。まさに困りごとだったのはバルジーニ一家が起こしてくれたエースの誘拐だったんだけど。そっちは誰がエースを狙ったのかわからないままだが、教えてはくれないだろうし……。
それ以外だと……特に困ってることって無いかもなぁ。かと言って欲しい物も別に……
「アスカ、なんかあるか?」
チェスターでの事はこっちが好きでやったことだから礼なんかされなくてもいいんだけど、バルジーニには迷惑をかけられたわけだし迷惑料ぐらいもらっておいてもいい。
俺は欲しい物なんて特に思いつかないけど、アスカは何かしらあるだろ。服とかアクセサリーとか、スイーツとか、スイーツとか、スイーツとか。
「うーーん。なんだろうなー。なんか強力な武器とか防具とか?」
あれ? アスカの事だからわがまま放題言うと思ったら、自分の事じゃくて俺の武具? なんか……すまん。
「武具か……だが見たところアルフレッドが持っている武器や盾はなかなかの業物なのだろう? 何でも言えとは言ったが、それ以上の品となるとなかなか見つからないかもしれんな」
今の俺は、闘技場の決闘の後にそのままここに来てるから武装したままだ。紅の騎士剣を下げ、腰に漆黒の短刀と火喰いの投げナイフ、そして左腕には火喰いの円盾を着けてる。俺が持ってる武具は他の決闘士が持ってる武具に比べて、けっこう良質なんだよな。
「敢えて言うなら、鎧? これだって悪い物じゃないと思うけど」
ワイルドバイソン革のブレストプレート。袖の無いベスト型の革鎧は動き易くて使い易い。鎧下に着こんだソフトレザー製のクロースアーマーとともに、数か月は使い続けてるから俺の身体にもよく馴染んでる。だけどまぁ何の変哲もない、ありふれた普及品ではある。
「ふむ……これなら、もっと良い素材を使ったものを用意できる。探しておこう。では、アスカはどうだ? 何かあるか?」
「あたしの分も? うーん……何がいいかなぁ。このローブとインナーも気に入ってるし、この辺で手に入る物はアクセも買い集めちゃったし……」
アスカの装備はオークヴィルでジェイニーがプレゼントしてくれたフード付きの白いローブ、そして火喰いの狼の毛皮で作ったライナーだ。ライナーは保温効果が非常に高く、真冬の今でも薄着で過ごせる優れものだ。
そしてアクセサリー。瑪瑙のペンダント、孔雀石のアンクレット、蛋白石の指輪、瑠璃石のピアス、紫水晶のブレスレット、柘榴石のブローチの六個だ。それぞれVIT、AGL、MND、DEF、INT、STRを向上させる効果がある。全てのステータスをまんべんなく上げているので、駆け出しの冒険者ぐらいの数値にはなっているそうだ。
「金剛鉄のアクセとかあったら欲しいな。白銀でもいいけど」
「金剛鉄!? それはちっとばかし難物だな……。この国じゃ平民には王侯金属の所有は認められてねえ。観賞用になら手に入れられねえことはねえが、身に着けると没収されるぞ? アルフレッドが着ける分には良いのかも知れんが……」
「あそっか。そう言えばクレアちゃんがそんなこと言ってたかも。平民は絹製品とか白銀は身に着けちゃダメなんて、めんどくさい決まりがあるよねー」
白銀は霊銀や聖銀なんて呼ばれる事もある、魔法との親和性が高い希少金属だ。金剛鉄はさらに希少な金属で、金色に輝く非常に硬度の高い鉱物なのだそうだ。
「そればっかりは法典で定められてるから、どうしようもないな……。ガリシアやジブラルタ辺りじゃ何を身に着けても問題無いらしいが……。王都にいる間は身に着けない方が身のためだ」
「うーん、じゃあ薬の素材かなー。霊魂石に白光石……蛇珠玉なんかもあるといいな。あとは各属性の魔晶石に精霊石に……」
おーおー、遠慮がねえなアスカ。バルジーニの顔が引きつってるぞ?
「その辺にしとけ、アスカ。バルジーニさん、そんなに気を遣ってもらわなくていい。スラムで人助けしたのも、ただの成り行きですから」
「あ、ああ……。だが、出来るだけ当たってみるさ」
「俺としては、お礼も詫びもいらないから、エースの件の黒幕を教えてもらえた方が嬉しいんですけどね」
「それは……」
……やっぱりエース誘拐の依頼人は教えてもらえないか。
しょうがないか。ヘンリーさんが心当たりを探ってくれるって言ってたから、それに期待するかな。
明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。




