第168話 従魔
「じゃあ行きますよー。【契約】!」
リンジーの手から放たれた光が俺とエースの胸に吸い込まれていく。
心が……ざわめく……。この感情は……感謝……そして、畏怖?
ああ、そうか。この感情は俺のじゃない。エースのだ。
「成功、したみたいですね?」
「ああ。エースの魔力? いや、生命力というか……存在を感じる」
「アルフレッドさんが感じ取ってるのはエースちゃんの魔石ですね。人の心は心臓に、魔物の心は魔石に宿るって言われてます。エースちゃんのアルフレッドさんへの気持ちが伝わって来てるんだと思いますよ」
「なるほど……」
流れ込んで来た感情は、単身で助けに行った事に対するエースの感謝の気持ちなのかな? 畏怖ってのは……まあ、そうだよな。あれだけ痛めつけられたら、そりゃ簡単には忘れられないか。
「私たち【魔物使い】は魔物を屈服させることで、その感情を加護の力で支配して従魔契約を結びます。でも【魔物使い】以外の人と魔物の契約を結ぶのには、その人と魔物の間に信頼関係が無いとダメなんです」
「へぇ……」
「魔物使い以外の人が魔物と従魔契約するのは大変なんですよ?」
例えば兵士が騎乗する軍馬。軍馬も魔物の一種だから、騎乗するには従魔契約を結ばなくてはならない。騎乗するだけなら魔物使いでもいいが、兵士は戦闘力が求められる。魔物使いには戦闘力が無いから兵士にはなれない。
なら、戦闘力を持つ剣士や槍使いが兵士として軍馬に騎乗するにはどうすればいいか。魔物使いに従魔契約をしてもらえばいい。
だが魔物を従える能力のない戦闘職が従魔契約を結ぶには、魔物との間に信頼関係が無ければならない。俺がエースにしていたように寝藁を取り換えたり、ブラッシングしたり、運動させたりと、丁寧に世話をして信頼関係を構築する。そうすることで魔物に主人として認められれば、従魔契約を結ぶことが出来る。
リンジーの話をまとめると、そんな感じだ。
「エースちゃんはアルフレッドさんを信頼してるみたいですね」
「そうなのかな。あらためてよろしく、エース」
「ブルルルゥ!」
頬を撫でるとエースは気持ちよさそうに嘶いた。
「いいなー。あたしもエースと契約したかったなぁ」
「信頼関係ならアスカの方が良かったんだけど……アスカは魔力が無いから、契約出来ないからな」
「あーあー。せっかくリアルWOTに来たのに加護ももらえないし、生活魔法も使えないんだもんなー。夢が無いよねー」
王家の認可を得ているとはいえ『隷属の魔道具』を使い続けるのは色々な問題がある。そもそも特別な許可がないと使用できない魔道具であるという事もそうだが、魔物との関係がどうしても主従関係に留まってしまうというのが問題だ。
当たり前の事だけど魔物からしてみれば、隷属の魔道具の所有者は無理やりに自分を従わせる敵でしかない。魔道具の力で命令に従わざるを得ないが、命令されない限りは主人の為に行動する事なんてありえないだろう。
例にするのは申し訳ないけど、例えば奴隷商がピンチに陥った時にユーゴーが命令も無しに奴隷商を助けるか? 助けるわけが無いだろう。
細かく命令しておけばいいかもしれないが、それでは自由な発想や臨機応変な対応は出来なくなる。『怒れる女狼』とまで呼ばれた凄腕の傭兵だったユーゴーが、【盗賊】と【剣闘士】を修得した程度の俺に後れを取ったことからも、その弊害は明らかだ。
エースが簡単に攫われてしまったのは、処女に弱い一角獣としての特性もあるだろうけど、俺が『人を襲うな』と命令していたからというのも大いにあるだろう。命令されればエースは従わざるを得ない。例え敵意を持って近づいて来た相手であっても、抵抗することが出来なかったのだ。
ちなみに、リンジーによると【魔物使い】の従魔契約は、『主従関係』にもなれるし『連帯関係』にもなれる。リンジーの様に冒険者に似た稼業をする人は従魔を相棒として扱い連帯関係を築く。オークヴィルのニコラスさんの様な牧畜家はあくまで飼主と家畜としての主従関係を結ぶ。目的に応じて【魔物使い】が調整するそうだ。
俺はエースを隷属の魔道具で無理やりに従えるのではなく、出来ればエース自身の意思で俺達について来てほしかった。そうすれば、自分で考えて行動し、アスカや自分自身を守ってくれる『仲間』になれると思ったのだ。
「じゃあ、エースちゃんがアルフレッドさんと従魔契約したってギルドに登録しに行きましょうか。あ、そうだ、王都にいる時はエースちゃんの体のどこかに、この紅い布を巻いておいてください。魔物使いギルドに登録された従魔って証明になりますから」
そう言ってリンジーは紅い布を俺に手渡した。ふむ……どこに巻こうかな。隷属の首輪の時みたいに足首? でも汚れそうだし、引っ掻けたら簡単に破けてしまいそうだ。
「あ、貸してー、アル! あたしが可愛くまとめてあげるね、エース!」
「ブルルゥ?」
アスカに何か考えがあるみたいだから布は任せるか。
それにしても、うん、良かった。最初の印象が最悪だったから俺に懐いてくれるか心配だったけど、無事に従魔契約を結ぶことが出来た。
これでエースは俺の『奴隷』ではなく『従魔』になったってわけだ。安心して旅に連れていくことが出来るな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おー! かわいらしいな、一角獣ちゃん! お姉ちゃんがやったんか?」
「でしょー! かーわいいでしょ!!」
「ブルゥ……」
アスカはエースのタテガミを一本の三つ編みに結い上げた。編み込まれた美しい白毛を首の左側に流したエースはまるで、清楚なお嬢様のようだ。
確かに……可愛らしい。元々毛並みの美しい馬だからな。エースは気に入らないようで、項垂れているけど。
でも、そんな事より……
「ダンナと従魔契約したんだな。ずいぶん懐いてたみたいだしなー。しっかし、特殊遭遇魔物の従魔か。やっぱり、惜しいなぁ。なあ、ダンナ。この一角獣ちゃん、なんとかオイラに譲ってくれん?」
「譲るわけないだろ……というか、なんなんだお前。馴れ馴れしいな」
「んな冷たい事、言いなさんな。一度は闘って、分かり合った仲じゃないの。強敵と書いて友と呼ぶ、ってやつだろ?」
「お前は強敵でも無かったけどな」
「おおっとー。痛いとこ突くねー!!」
せっかく王都の端にある魔物使いギルドまで来たから、ついでに南門から外に出てエースを走らせようかと思ったら、見覚えのある男に話しかけられた。濃緑色のフードつきローブを羽織った細身の男……バルジーニファミリーの魔物使いだ。
「で? なんの用だよ? もう二度と俺達にはちょっかいを出さないって約束だろ?」
「いやいや。ちょっかいなんて出さねーっての。ウチのボスがお詫びをしたいから、訪ねて来て欲しいって言っててさ。呼びに来たってわけよ」
「詫びなんかいらん。じゃあな」
「お、ちょっ待てって! 悪い話じゃないって! 運命のイタズラでダンナとはやりあっちまったけどさ、お互いに大した被害は出なかったんだから、水に流して仲良くやろうぜ?」
ぺらぺらと軽い口調で魔物使いが言う。ほんとこいつは軽薄と言うか……なんか憎めないっていうか。戦ってた時からなんかやりづらかったんだよなぁ。
それにエースがコイツの命令に逆らって苦しんでた時に、エースの身体を気遣って命令を取り下げたりしてたんだよな……。悪い奴じゃ無いんだろうけど……。
「バルジーニファミリーは密輸・密造・密売なんかを生業にしてんだからよ。仲良くなっとけば、いろいろとレアなブツも用意できるぜ?」
「なになに!? レアアイテム!? なんかくれんの!?」
おっと、アスカが食いついた。
「おうよ! 裏の世界に出回るあんな物やこんな物……。一目見ておいて損はねえですぜ、お姉ちゃん」
「んー、お詫びになんかくれるって言うなら……行こっか、アル!」
あー、そうなるか。エースを走らせて今日はとっとと寝たかったんだけどな……。明日も大会の決闘があるわけだし……。
まいっか、まだ夕方前だし。ちょいとお邪魔して詫びの品でももらっとくか。
本年、ラスト更新です。
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