第167話 舞姫
本来の俺は不遇の加護【森番】だけどな……。
そう答えそうになるのをぐっとこらえて、闘技場の舞台へと足を進めるエルサを見送る。『龍の従者』ねぇ……。
泥仕合、処女信仰者、ノーコン魔法使いなんかに比べるとかっこいい二つ名じゃないか。ぜひそっちで呼ばれたい。恥ずかしいけど、処女信仰者よりは遥かにマシだしな。
……いや、わかってるって。ノリでつけられた二つ名じゃないなんてことは。俺が複数の加護を持っているってことを確信しているかのような口ぶりだったもんな。
そう言えば魔人族に『神の手先』とか『神の騎士』とか言われたな。
神人族と話すときには禁句なのだが、神人族は魔人族に近い種族と言われている。央人、土人、獣人が力・体力・敏捷性などに秀でた近接戦闘職向きの種族だとすると、神人や魔人は知力や精神力に秀でた魔法職や支援職向きの種族だ。
もしかしたら近い特性を待つ種族の間には、央人族が知らない言い伝えや教えなんかがあるのかもしれない。
エルサの試合が終わったら聞き出さないとな。うーん、でもそうなると複数の加護を持っていることを暗に認めることになるし……。どうやって聞き出そうかな。
ま、どっちにしても、エルサに試合が終わったらアスカを紹介しろって言われてるし、のんびり観戦して待ちますかね。勝ち進めば、この試合の勝者とぶつかる可能性が高いわけだし。
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なんというか……エルサの決闘には華がある。試合運びがいちいち『魅せる』のだ。
魔法使いは身体強化魔法を重ねて、常に相手と距離を取り、遠距離から攻撃魔法を当てるための駆け引きをするってのが定石だ。壁役がいる時の立ち回りはその限りでは無いが、俺が闘技場で一対一で戦った魔法使い達は常にその定石に則った戦い方をしていた。
闘技場の観客達には、剣士や拳士なんかの近接戦闘職の決闘の方が人気がある。近接戦闘職の決闘は派手な打ち合いになることが多いため、観客も観ていて熱くなるからだろう。
対して魔法使いの戦い方は、遠距離から魔法を当てるための駆け引きが主軸になる。ボビーによると決闘士マニア達は、むしろそういった駆け引きを楽しむそうだが、一般的には『熱くなる派手な打ち合い』の方が好まれる。
それを知ってのことだろう。エルサは敢えて近接戦闘をするのだ。もちろん距離を取って詠唱をする時もあるのだが、積極的に相手に近づいて近距離から魔法をぶっ放す。
エルサが優勝候補と持て囃され、圧倒的な人気を誇るのは、魔法職でありながら近接戦闘をこなすからなんだろう。
舞台の上で、エルサが躍る。羽の様に薄い仕立てのローブの裾がひらひらと舞い、長い銀髪がたなびく。ローブの裾が舞うたびに身体のラインを強調するようなコルセットに似た上衣と、短いスカートからすらっと伸びる脚線が露わになる。
対戦相手が突き出す槍を蝶のように躱すその姿はまさに『舞姫』だ。二つ名の面目躍如と言ったところか。
エルサは槍を躱しつつも驚くほどの高速詠唱で魔法を連発している。今や槍使いが身に纏ったマントは焼け焦げ、鉄鱗鎧は無残に切り裂かれ、金属片が剥がれ落ちていた。
なるほどね……これが人気の秘訣か。わかりやすく、派手で、かつ美しい。そりゃあ人気も出るはずだわ。
エルサは上級万能薬や一角獣の噂が入りやすくなるだろうと、闘技場で人気を得ることを目指したと言っていた。血と汗の舞う熱い近接戦闘が好きな観客に合わせて、こんな戦い方をしているんだろうな。
熟練度稼ぎのためとは言え、ひたすら逃げ回って、当たらない魔法を放ち続けて、嫌われてしまった俺とは大違いだ。いや、に、人気なんて、気ニシテナイケドナ……。
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「お疲れさん。圧倒的だったな」
「ありがとう。相手は予選から勝ち上がったCランクだしね。私だって半年間も死に物狂いで決闘士をやってBランク筆頭に上り詰めたのよ。そう簡単に負けるつもりはないわ」
エルサは肩をすくめてそう言った。死に物狂いねぇ。闘技場での華麗な姿を見ていると、そんな泥臭さは感じないけど……。
まあ紙のように防御力が薄い魔法職があんな戦い方をしてるんだ。死に物狂いと言える程のリスクを背負っているとも言えるか。
「なあ、さっき言ってた龍…
「そんなことよりアスカって子を紹介して! 観客席にいるんでしょ!?」
さっそく『龍の従者』の事を聞き出そうと思ったら、被せられた。ガラス玉のような丸い瞳を血走らせて詰め寄るエルサ。
だから、近い! 近いって!
「あ、ああ、わかった、わかったから離せ!」
「いいから行くわよ! ほら!」
エルサは俺の腕を掴んで、引きずるようにして観客席につながる階段へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あなたがアスカさんよね!? お願いがあるの!」
「…………エルサさん、ですよね。どういったご用件ですか?」
アスカが俺の腕を掴んでぐいっと引き寄せながら言った。
あ、あれ? アスカ、なんか怒ってる?
「ヒュウ。修羅場かぁ……? って、誰かと思ったらエルサかよ! やるねえ、アル!」
ボビーがにやにや笑いながらそう言った。
あっ……この腕か!
俺は掴まれたままだった腕からエルサの手を引き剥がす。だがエルサは再び俺が革鎧の上に羽織った、安物のローブの裾を掴んで縋るように俺を見る。
あ、上級万能薬を譲るように説得してくれって? でも、これ逆効果だよ!!
「ちっ、違うんだ! アスカ!」
「アルは黙ってて」
「はいっ!」
ぴしゃりと言い切るアスカ。うわぁ、目が吊り上がってる。
……でも怒ってる顔も……かわいいな。ってそんな場合じゃない!
「いや、アスカ、これは…
「あなたに譲って欲しい物があるの!」
血走った丸い瞳で、アスカの吊り上がった目を見据えてエルサが言う。
「絶対に譲れない」
「お願い! 簡単に手放せないのはわかってる。でも、どうしても……どうしても欲しいのよ!」
アスカの目がさらに吊り上がる。顎をくいっとあげて、胸を張り、腕組みして長身のエルサを見上げるアスカ。
……怒ってる態度も……悪くないな。って、だからそんな場合じゃ!
「ア、アスカ、これには事情が…」
「アルは黙ってて」
「はいっ!」
凄みのある声に身体の一部がひゅっと縮みあがった気がした。
あーもう、これ、どうすんだよ……。笑ってんなボビー。頼むから誰か助けろください。
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「なーんだ! そうならそうと早く言ってよ!」
「……いや、言わせてくれなかったじゃないか」
「そ、それで、なんとか譲ってもらえないかな!? 上級万能薬を!」
アスカに経緯を説明するのに小一時間を要した。その間に、俺達の周りには観客達の人だかりが出来ていた。
野次馬達は少し遠巻きに見ているから俺達の話声は聞こえなかったのだろう。だが俺の方は【警戒】のおかげで、観客達の話声が聞こえてくる。
「あの黒髪の子とエルサを弄んでたみたいよ」
「泥仕合が!?」
「許せねえ! 俺達の舞姫を!」
なんなんだよ。俺が何をしたってんだよ。神龍ルクスは俺が嫌いなのか? 王都は俺が憎いのか!?
「いいよいいよー。まだ何個も余ってるし。こんな序盤じゃ上級万能薬を使う機会もそう無いしねー」
「本当!? ありがとう、アスカさん! やっと、やっと……妹を助けてあげられるわ!」
とりあえず誤解は解けて、アスカはエルサの願いを快諾してくれた。アスカは俺の対戦相手に下級回復薬を配るように言うぐらいだからな。優しい子だし、断るとは思って無かったけどね。
「それで……お代はどれぐらい支払えばいいかしら。金貨5枚ぐらいなら即金で払えるわ。それ以上でも一度アストゥリアに戻れば用意できるけど……」
「無料でいいよー? エースを助けるの手伝ってもらったしね」
「おいおい。俺は白金貨1枚払ったんだぞ? エルサにはタダかよ」
「ボビーは依頼だったでしょ? エースと戦ってまで用意したんだし、報酬を決めたのはボビーじゃない。それにボビーの依頼のせいでアルは酷い事を言われてるんだからねー? 白金貨1枚でも安いぐらいよ」
「そ、それを言われると辛いな」
いや、酷い事を言われてるのはアスカとスーザンのせいだからな? お前が言うなっつーの。
「それにお金は困って無いの。アルとエルサさんにも稼がせてもらったからねー。ほら、見て」
そう言ってアスカは金貨が何枚も入った革袋を開いて見せてくれた。おー、これは白金貨5枚、5百万リヒトぐらいあるんじゃないか? ずいぶんと決闘ベッティングで荒稼ぎしたみたいだな……。
「で、でも、こんな貴重な物を……」
エルサが大金に驚きながらも、申し訳なさそうな表情で言った。
「いいって! ほら、情けは人の為ならずって言うじゃない!」
そう言ってアスカはエルサの腕をぽんぽんと優しく叩いた。
ふう、とりあえずこれで一件落着かな。アスカの誤解も解けたし、エルサの願いも適ったし。良かった良かった。
「おお、あの黒髪の子が一番で、エルサが二番ってことで落ち着いたみたいだな」
「エルサが二番!? 許せん……泥仕合……」
「ああ、エルサ様ぁ……おいたわしや……」
万事解決、とはならなかったけどな……。




