第166話 本戦第二試合
魔法は三段階の過程を経て発動する。まず魂に刻まれた加護に働きかけて魔法陣を脳裏に構築。次に発動する魔法の対象や座標を設定。そして魔力を練り上げて魔法陣に注ぐ……の三段階だ。
これらの行程は便宜的に『詠唱』と呼ばれることが多い。イメージや集中を補助するために、聖句や呪文を唱えることが多いからだ。
その『詠唱』は、魔法陣の構築まで加護によって半自動的に行われる。だが、その後の行程は自身の想像力や集中力による、言わば手作業で行う必要がある。
例えば火魔法の【火球】の場合、目標地点への飛距離、威力、速度などを明確にイメージしなければならない。また、火球は緩やかな弾道を描いて飛んでいくため、発射角や着弾角を想定する必要もある。適切な量の魔力を練り上げることにも留意しなければならない。
当然ながら発動する魔法によっては、その効果範囲も弾道も異なるわけだから、それぞれの魔法に合わせた調整が必要だ。さすがに細かい弾道計算が必要なわけではなく、弓で矢を放つ時と同じように、ある程度は慣れと感覚で調整をすることも出来る。それでも相応の集中力は求められるのだ。
対して、魔法職以外の加護のスキルはシンプルだ。魔力を練り、発動する。ただ、それだけ。
ほとんどのスキルが自分の肉体を介して発動するので、さほど高い集中力を必要とはしない。魔法と比べてより感覚的に、より速やかに発動することが出来るのだ。
落ちている小銭を拾うのに、『膝を曲げ、腰をかがめて、手を伸ばし……』などと、いちいち考えないのと同じと考えれば理解しやすいだろう。
もちろん何事にも例外はある。周囲の音や匂い、空気や魔素の流れに至るまでを感じ取らなければならない【索敵】なんかはその一つだ。【潜入】やその上位スキルの【隠密】なんかもそうだな。この辺りは魔法と同じように、高度な集中力が求められるスキルだ。
さて、本題。回りくどかったが、つまり何を言いたいかというと……俺は今、魔法が使えない。なぜ? 眠いからだよ。
いや、正確に言うと使えないわけじゃない。眠くて集中力を欠いているから、魔法のイメージにも魔力の調整にも、いつも以上に時間がかかってしまうのだ。
たぶん狙いも上手く定められないだろうし、威力調整もまともにできないだろう。今の俺は観客たちが名付けた通り、まさに『ノーコン魔法使い』ってところだ。
本戦に出場するような凄腕の決闘士が、そんなのろまな詠唱を見逃してくれるか? 狙いの定まらない魔法に当たってくれるか? そんなわけないじゃないか。
「シッ!!」
開始の鐘の音が鳴り響くと同時に突っ込んでくるマイルズ。魔法使い相手の定石だね。
身体強化を重ねられるほど魔術師は厄介になっていくから、多少の被弾覚悟で距離を詰めて詠唱の阻害を狙う。俺だって魔法使いを相手にする時はそうするだろう。
最小限の動きで身を逸らすと、鼻先を掠めるように魔力を纏った剣が駆け抜けていく。
うわっ、こわっ!! 初手から【魔力撃】かよ!
凄まじい速さで振り下ろされた剣に、身体が硬直しそうになりつつも、躱しざまに火喰いの円盾をぶちかます。半身になりながら放った盾撃などでダメージを与えられるはずも無いが、衝突の反動を利用して体勢を立て直すことは出来た。
マイルズはびくともせず追撃の突きを放ってくる。こちらは紅の騎士剣での防御が間に合った。
さらに横薙ぎに振られた剣を盾で受け止め、返答とばかりに突き込んだ剣がいなされる。そこから数合、俺とマイルズは剣を打ち合わせ、示し合わせたようなタイミングでお互い飛び退り、開始線に足を戻した。
「ったく、嫌になるな。お前、本当に魔法使い職かよ」
……今は斥候職だよ。すまんな。
「剣でもレナードを圧倒してたとは聞いてたが、ここまでとはね。詠唱速度がエルサ並みで、剣も使える【魔術師】か……噂以上に厄介だな、お前」
詠唱速度……? ああ、既に魔法で身体強化を済ませたと思われたのか。そりゃ、魔術師が素で剣士職と打ち合えるとは思わないよな。
【魔力撃】を放って来たところを見るとマイルズの加護は【騎士】か【聖騎士】のどちらかだろう。ステータスはギルバードよりも高そうだ。
「そりゃどうもっ!」
まあ相手が何の加護持ちだろうが関係ないか。どうせ魔法はろくに使えないんだ。剣と盾で、切り結ぶしか無いんだから。
いつもみたいに【瞬身】やら【烈攻】やらで身体強化してる余裕もない。いくら魔法に比べて集中力が必要ないとは言え、今は【倦怠】やら【睡魔】なんかの状態異常をかけられてるのと似たような状態だからな。
小難しい魔法やスキルが使えないなら、残るは拳か剣。肉体言語で語り合おうじゃないか、マイルズ!
俺は真っ正面からマイルズに突っ込んで、小刻みに剣を振るう。マイルズは盾と剣で、時には【鉄壁】なんかを発動して俺の攻撃を受け止める。
「ぐっ……! うぉっ!」
敏捷性は俺の方が遥かに上回っているようで、マイルズは俺の回転速度について行けてない。だが、どっしりと構えた剣士職はそう簡単に崩せない。マイルズは、呻き声をあげながらも耐え凌ぐ。
なんだ……? 急に反撃してこなくなったな。
……あ、そうか。反撃を止めて護りに集中してるのか。
たぶんマイルズの狙いは身体強化魔法の時間切れ。切れた瞬間に、渾身の反撃を加えようってところか。残念ながら俺のは素のステータスだから、時間切れなんか無いんだけど。
ふむ……それなら……。
俺はさらに回転速度を上げて剣を振るう。ほとんど腰の入っていない手打ちの剣だ。
マイルズは弾幕の様に放たれる剣に手を焼いてはいるようだが、大地を踏みしめる両脚は揺るぎもしていない。その表情にも微かな笑みが浮かび、瞳は虎視眈々と俺を見据えている。
さて、これで力を上昇させる【火装】は切れたと思ってもらえたかな? じゃあ次は【風装】が切れるよ?
俺は不意に速度を緩めて、力なく剣を振るう。盾で剣を弾かれ、俺は前傾気味に身体を泳がせた。
「ふっ!!」
敢えて打ちごろを演出した俺の頭に、待っていましたと言わんばかりに魔力を纏ったマイルズの剣が振り下ろされる。狙い通りに罠にはまってくれた一振りを、一瞬で身体を引き戻して回避する。
返す刀でガラ空きの頭に……だと一撃で昇天してしまいそうなので、右肩に【魔力撃】を見舞う。刃を立てずに振り下ろされた紅の騎士剣は、マイルズの纏った革鎧を切り裂くことなく衝撃で歪ませた。
炎を纏った打ち下ろしの一撃は、マイルズの意識を刈り取るには十分だったようだ。ピクリとも動かないマイルズを見下ろし、俺は騎士剣を頭上に高く掲げた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……君、面白いね」
「それはどうも」
轟沈したマイルズと惜しみなくかけられた賞賛の拍手を背に、控室に戻った俺をエルサが仁王立ちで出迎えた。腕を組んで俺を見据えるその瞳は、観客席で睨みつけられた時よりも遥かに鋭い。
「まさか、こんなところで会えるとは思わなかったわ。君、龍の従者、でしょ」
……龍の従者? なんだそれ。
「どうりで魔術師を名乗るわりには魔法が下手なわけだわ」
うっすらと微笑を浮かべるエルサ。下手で悪かったな。俺は魔法使い歴たったの二か月なんだ。仕方ないだろ。
というか闘技場で使った魔法は、ただの発動回数稼ぎの練習だからな! ほ、ほんとはもっと上手いんだ!
いや、そんな事よりも……
「ふふっ……誤魔化さなくてもいいわ。【魔術師】は仮初の加護。本来の君は、【騎士】……それとも【暗殺者】かしら」
そう言い残し、エルサは闘技場の舞台の方に歩いて行った。
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