第16話 薬草採取
商人ギルドを出た後に俺たちは宿に戻り、早めの昼食を取ることにした。食事しつつ今後の打合せだ。節約のためにも今後はアイテムボックスに入っている料理を食べた方がいいかと思っていたのだけど、アスカの【調剤】のおかげで路銀の心配はそこまでしなくても良さそうなので、町にいる時は店で食べることにした。
「なあ、アスカ。回復薬の素材は商人ギルドで仕入れた方が良かったんじゃないか?」
ちょび髭鑑定士の話では狼型の魔物が増えているということだった。アスカの護衛役としては、できるだけ危険な場所は避けたいところだ。
「んー、確かにそっちの方がお金稼ぎの効率は良いんだけどねぇ」
「だったら……」
「でもダメー。自分で採取した薬草を使った方が評価額が高くなるし、それにレベル上げも兼ねてるんだしね!」
そういえば新鮮な素材で作った回復薬の方が効果が高いって聞いたことがある。確か上級回復薬なんかは、採取後すぐに作らなくてはならないため、薬師が護衛を雇って危険な場所まで出向いてその場で調剤するって話だった。アスカの場合は、薬草を採取したら自動的にアイテムボックスに収納されて、そのまま鮮度が維持されるからその場で作らなくてもいいだろうけど。
「なるほどね。だから上質品って評価されたのか……ってレベル上げ!? おおっ、ついに魔物を狩ってレベル上げをするんだな?」
アスカの指示で俺はいまだに動物…聖域の魔物しか戦ったことが無い。いきなり始まりの森より強い魔物が生息するオークヴィル周辺で狩りをするのは緊張するけど、ついに魔物討伐の機会がやって来たのか! 今の俺の能力なら、この周辺でも十二分に戦えると言っていたし……よーし、やってやるぞ!
「加護のレベル上げ、ね。当分、レベル上げはしないってば」
あぁ……やっぱりそうか。ってことはまた盗賊スキルで逃げ回るわけか……。せっかく戦う能力が手に入ったというのに……なんだかなぁ。
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その後、俺たちは町を出て薬草の採取に向かった。採取場所は町の南側に広がる牧草地だ。オークヴィルではこの広大な牧草地で、羊型の魔物ホーンシープや牛型の魔物ワイルドバイソンなどの牧畜がおこなわれている。
「うわぁー。魔物使いさんたちってガッチムチなんだねぇ」
「ホーンシープもワイルドバイソンも、家畜とは言え元々は魔物だからな」
牧草地での放牧は【魔物使い】の加護を持つ屈強な男達が行っている。魔物使いのスキルで【調教】された家畜たちは人を襲うことは無いが、たまに暴れだしてしまうこともある。
そういった時に暴れた魔物を捻じ伏せる事が出来る力量が、魔物使い達には求められるのだ。そして家畜や人を襲う魔物が出た時には、町を守る戦士として活躍もする。
食肉や皮革を得るために屠殺する際には「魔物を殺す」ことになるため、魔物使い達はレベルが上がりやすい。戦闘に特化した加護ではないのだが、高レベルの者の中には熟練の騎士に肉薄するほどの実力を持つ者もいるそうだ。
「だから、この町の魔物使い達は、戦士としても尊敬されているんだ」
「へぇー。確かに、畜産農家って言うよりは、戦士って感じよねー」
だからこそ、そんな屈強な魔物使い達がいながらも、増えたレッドウルフたちの対応に手が回らないという現状が異常とも言えるわけなのだが……。
「ま、そんなことより薬草を集めないと。頑張ってたくさん集めようね! 潜入と索敵は使ってる?」
「ああ。言われた通り、町を出てからずっと使ってるよ。ここから南西に向かった方にレッドウルフの群れらしき反応があるな」
「オッケー。じゃあまずは東の方に行こうか」
その後、俺たちはレッドウルフの群れを避けながら、薬草の群生地を探し回った。アスカはこの辺りの地理に詳しいらしく、効率的に群生地を回って採取することができた。
当然、その間に何度も魔物たちの姿を捉えたが、盗賊スキルのおかげで事前に察知してとっとと逃げる。おかげで3時間ほど経ったところでアスカのアイテムボックスに入りきらないくらいの薬草を集め終わった。
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宿に戻った俺たちは、さっそく回復薬づくりにとりかかった。とりかかったと言ってもアスカがメニューウィンドウを出して、ちょいちょいと操作するだけで作業は完了したのだけど。
「アル! 下級回復薬が49個できたよ!」
「本当にあっという間だな……。それにしてもずいぶん多く作れたんだな」
「うん。オークヴィルの薬草は質が良いからね。聖域で採った薬草だと5個使わないと下級回復薬が作れなかったんだけど、今日採ったのだと2個で1本作れたの」
なるほどね。しかもアスカのアイテムボックスだと薬草の鮮度が維持されるから、その分だけ薬効も高いのだろう。俺がチェスターに持ち込んだ薬草が歯牙にもかけられなかったのは当然だったんだな。薬効が低いうえに鮮度も落ちて萎びた薬草が売り物になるわけがない。
「あ、アル、見て。こんな小っちゃくなっちゃった」
そういってアスカが取り出したのは回復薬の入ったものよりも小さい瓶だ。よくよく見てみると、その小瓶は森番小屋で使っていた水瓶に、形だけはそっくりだ。
「もしかしてこれ、俺が使ってた水瓶か?」
「そうだよ。小っちゃくなっちゃったねぇ」
「なるほど……アスカの予想した通りだったんだな。まさに錬金術だな……」
これはいよいよアスカのスキルの秘匿をどうするか考えないといけないな。あまりに優秀なスキルも考え物だな…。
「ね、アル。新しい水瓶か瓶を買わないと薬が作れなくなっちゃうよ」
「そうだな。じゃあ、買いに行こうか」
「あっ、だったら服も買いたい!」
「ああ、そういえば服も買うって言ってたよな。やっぱり俺の服じゃダメなのか?」
「ダメに決まってるでしょ! ぶかぶかだし、可愛くないし! それに……」
アスカが何かごにょごにょと言っている。それに……?
「うん? 聞こえなかった。なんだって?」
「下着の替えが無いの! 今なんて毎日寝る前に洗って干してるんだからね! 毎朝、生乾きの下着をつけるあたしの身になってみてよ!」
聞きなおしてみたらすごい勢いで怒られた。まあでも、それは確かに買わないとな。
ん? ってことはアスカは毎日寝る時は……いかん、アルフレッド二世が反応してしまう……。
ちらっとアスカを見ると俺が考えていることがわかったのだろう。みるみる間に顔が真っ赤になり、腹をグーで思いっきり殴ってきた。
「ぐふっ!」
「変なこと考えてないで早く行くよ!」
「は、はい……」
くそう……こんな話したら想像するに決まってるだろうが。というか、低ステータスのアスカのグーパンがなんでこんなにも効くんだ。こんな時こそ仕事しろよ、盗賊の加護……。
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俺たちは宿を出て商人ギルドに向かう。アスカは武器や防具を取り扱う店は知っていたが、日用品の店は知らないとのことだったので、水瓶や服を購入するのにお勧めの店を聞くためだ。
「あら、アスカさんにアルフレッドさん。回復薬を作ってきてくれたんですか?」
「うん。それもあるんだけど、ちょっと聞きたいことがあって」
まず、受付のセシリーさんに回復薬の買取をしてもらう。今回は40個を納品して、残りはもしもの時のために取っておくことにした。
今回も回復薬は全て上質品だったそうで1本あたり大銅貨5枚の買取となり、全部で大銀貨2枚だった。午前中に納品したものと合わせると、購入した製薬道具の2倍もの大金だ。アスカがあれだけ金策に自信を持っていたのもうなずける。
「大きい水瓶ですか? 中通りに陶器を扱う店がありますが……何にお使いになるんですか?」
「薬作りに、ちょっとね……あはは」
不思議そうに聞くセシリーさんに、あからさまに動揺して答えるアスカ。ごまかすのがへたくそな子だな。素直と言えば美点なんだけど。
「すみません、セシリーさん。製薬の方法について詳しくは……」
「あ、申し訳ありません。差し出がましいことを……」
「いえ、お気になさらず」
水瓶を小瓶に加工してるなんて言えるはずがないもんな。薬作りに限らず、職人は自分の技術を他人に秘密にするのが普通だ。技術の流出は、職人にとって自分の飯のタネを無くすことにつながるからな。こう言っておけば、深くは聞いてこないだろうと思ったら、セシリーさんはすぐに察してくれた。
「あとね、服を買いたいんだけど良いお店知らない?」
「服でしたら、お勧めのお店がありますよ。少しお待ちいただければ仕事が終わりますので、私がご案内しましょうか?」
「いいの? ありがとう! 助かる!」
どうやらセシリーさんが自ら案内してくれるようだ。女性の買い物に付き合ったことが無いので、助かるな。ついでに陶器を取り扱う店も案内してくれるそうだ。