第164話 バルジーニ・ファミリー
一家の手下たちはいったん武器を収め、俺達を遠巻きに取り囲んでいる。相も変わらずギラギラとした殺気を向けては来ているが、ヘンリーさんと事を構えるつもりは無いようだ。かと言って逃がすつもりは無いようで、爆破された門の前には先ほどの大盾を構えた男が陣取ってこちらを睨みつけている。
あの門を爆破したのは、この神人族の女性かな? 確か名前はエルサ。Bランク決闘士で、ボビーの話じゃ優勝候補ってことだった。
ヘンリーさんと一緒に来たって事は、冒険者なのかな。っていうか確かこの人、闘技場で俺の事をキツイ目で睨んでたよな。なんでここにいるんだ?
「朝っぱらから随分と騒がしいな。何の用だ、拳聖」
そんなことを考えていたら、屋敷から豪奢な毛皮の外套を羽織った男が現れた。腹がでっぷりと突き出た、一見すると人の良さそうな丸顔の男だが、その瞳は刃物の様に鋭い。男の左右には帯剣した男が注意深く俺たちを睨め付けながら控えている。
「よお、バルジーニ。俺の弟子に手を出すたあ、どういう了見だ。ウチと一戦交える覚悟はできてるんだろうな?」
ヘンリーさんがさっそく突っかかる。筋骨隆々とした体躯に、深い刀傷の刻まれた強面のヘンリーさんは、一家の手下たちも顔負けの迫力だ。普段は気さくな人なんだけどな……いや、セシリーさんが絡むとそうでもないか。
「あん? ああ一角獣の件か。言い掛かりはやめてもらおうか。王都に『従魔契約』をしていない魔物が現れてるというから、市民の安全のために捕獲しただけだ。知らないわけじゃねぇだろ? 王都に入れるのは魔物使いが従魔契約をした魔物だけだ。捕まえたところでギルドに文句を言われる筋合いはねぇな」
「そんな言い訳が通用するとでも思うのか? 一角獣は俺の弟子が隷属の魔道具で従えてたんだ。市民に危害が出るわけねぇだろうが」
「隷属の魔道具ねぇ。そんな違法な道具が使われてたってんなら、なおさら放置は出来ねぇなぁ」
「くだらねぇ言い逃れしてんじゃねえよ。誰の差し金で一角獣を狙った?」
「何の話だ? 危険な魔物を善意で捕らえたと言っているだろうが」
バルジーニがその怜悧な目をヘンリーさんに据えながら、煽るように嘲笑う。
「いい加減にしろ、バルジーニ。本気でウチを敵に回すつもりか?」
「お前もだ、拳聖。夜中に殴り込みをかけておいてタダで済むと思うなよ」
ヘンリーさんとバルジーニが悪鬼の形相で睨みあい、一触即発の空気が流れる。バルジーニの左右に控えた男達が腰に帯びた剣に手をかけ、それに呼応して俺達もそれぞれの得物に手を伸ばす。
「スラムから出られると思うな…………うん?」
バルジーニがふと気づいたように俺を見る。いや、俺ではなく……俺の背後にいるアスカを、か?
「紅いファー付きの白ローブ……それに漆黒の髪……」
不意に殺気を霧散させ、ブツブツと呟くバルジーニ。
……なんだ? アスカのことを知っている……?
俺はアスカを背中に隠し、バルジーニを睨む。逆手で掴んだ漆黒の短刀の柄をグッと握り、何が起こっても即座に反応できるよう身構える。
「そしてダークブロンドの剣士……あの男によく似てる……。おい、お前ら。出身はどこだ?」
「…………ウェイクリング領チェスターだ。それがどうした?」
今度は俺を見て問いかけるバルジーニ。狙いが分からず、とりあえず答えてみる。
「チェスター! まさかお前……紅の騎士アルフレッドか? そっちは黒髪の聖女アスカ・ミタニ! おい、そうだろ!?」
バルジーニがチェスターでつけられた二つ名で俺達を呼ぶ。なぜ、その名を知っている?
「あ、ああ。チェスターでは、そんな名で呼ばれたが……」
「おお! 兄弟! こんなところで会えるなんて!! おい、お前ら、武器を下ろせ! こいつらは俺達の客人だ!!」
顔をほころばせ、抱擁を求めるように両手を広げるバルジーニ。突然の豹変についていけず、俺達だけでなく、周りを取り囲むバルジーニの手下たちの顔にも困惑の表情が浮かんだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その後、屋敷の応接室に通された俺達は、バルジーニから事の経緯の説明を受けた。急な展開に困惑していた俺達は、一通りの説明を聞いてバルジーニの態度が劇的に変化した訳にようやく納得する。
「なるほど、コルレオーネの……」
「ああ、アスカは俺の義弟の大恩人だ。いや、俺達一家の、だな」
コルレオーネとは、チェスターのスラムの元締めだ。癒者や回復薬が枯渇した魔人族襲撃後のチェスターで、アスカに助けを求めたスキンヘッドの男。彼とバルジーニは義兄弟の契りを交わした関係だったらしい。
バルジーニはコルレオーネからチェスターでの一件を書き認めた手紙を受け取り、王都に向かったという俺達の行方を捜していたそうだ。しかし、なかなか見つからず既に王都を発ったものと半ば諦めかけていたらしい。
『紅く輝く剣と盾を携えた騎士』が、最近王都でそこそこ有名になった『泥仕合のアルフレッド』と同一人物だとは思い至らなかったそうだ。
そりゃそうだ。そもそも加護が違う時点で対象からは外れるだろうしな。
「まさか一角獣の主が、恩人だとは思いもしなかった。本当に申し訳ない事をした」
「あなた方も依頼で動いていたわけでしょう。謝罪は要りません。ただ……」
「……依頼したのが誰かを教えろ、かな」
「当たり前だ。そもそもアルが隷属の魔道具と一角獣を所有することは、陛下もお認めになっている。誰にも文句を言われる筋合いは無い。どこのどいつだか知らんが俺の弟子に手を出したヤツはタダじゃ済まさねえ」
ヘンリーさんのチンピラっぷりが止まらない。まあ、俺としてもエースに手を出されたんだからタダで済ますつもりは無いけど。それ相応の報いは受けてもらわないとな。
「…………俺達はこの王都で密輸、密造、金貸しなんかでメシを食ってる。だがそれだけじゃ一家の胃袋を満たすことは出来ねえ。依頼を受けて恐喝、強盗……時には暗殺なんかに手を出すこともある。背に腹は代えられねえからな……。俺達は、言わば裏の冒険者ギルドみてえなもんだ」
バルジーニはそこで言葉を切り、深々とため息をついた。
「冒険者ギルドもそうだろうが、依頼人の情報を漏らすことはできねえ。信用第一の商売だからな」
「ふん……ならどうするつもりだ? はいそうですか、で済むとでも思ってるのか?」
ヘンリーさんが冷たく言い捨てた。
それにしてもヘンリーさんはずいぶんと喧嘩腰だな。二人の間には何か因縁でもあるのか? まあ、表と裏の冒険者ギルドなんて関係だと、摩擦や衝突があってもおかしくは無いけど……。
「そういうわけにもいかねえよな……。アルフレッド、アスカ、この通りだ」
「ボ、ボス!!」
「お前らも頭を下げろ!」
向かい合って座っていたソファから降り、床に頭を擦り付けるバルジーニ。慌てる手下たちを一喝し、同じように頭を下げさせる。
「アルフレッド、アスカ、納得はいかねえだろうが、俺の頭に免じてなんとか収めてもらえねえだろうか。一度信用を失ったら、一家を食わせていけなくなっちまうんだ。」
後ろでアスカが『オー、ジャパニーズ、ドゲザー』とか呟いてるが、無視だ。空気読めアスカ。
「……わかりました。納得はできませんが、もういいです。その代わり、エースは返してもらうし、もう二度と俺達にちょっかいは出さないと約束してください」
たぶんバルジーニの言う『一家』の中には、スラムの貧しい人たちも含まれている。チェスターのコルレオーネもスラムの傷ついた人たちを癒すことと食べさせることに腐心していたからな。
バルジーニが信用を失えば、一家の商売は上手くいかなくなり、貧しい人達がさらに飢えることになるのだろう。ここでバルジーニに喋らせたところで、俺達はエースを攫おうとした人に報復することが出来るだけだしな……。
いや、腹も立ってるし報復はしたいんだけどさ。スラムの人の生活と天秤にかけたら……ねえ?
「も、もちろんだ! この詫びは必ずさせてもらう! それに義弟の恩にも報いさせてもらいてえ! 俺達に出来ることは何でも言ってくれ! 一家総出で力になる!」
結局、エースを狙った依頼人の正体も思惑もわからないから釈然としない。だけど、バルジーニ一家が手を出して来ることはさすがにもう無いだろうし、力になってくれるとも言っている。
大変な面倒をかけられはしたが、幸い俺達は怪我一つしていないし、エースも無事に帰って来た。仕方ない、諦めるか……。
それにしても……一晩中走り回って、魔物やらヤクザ者やらと戦って……。ほんっとに疲れたな。はあ……とっとと宿に帰って眠りたい。
「そろそろ決闘士武闘会の開会式だから私は行くけど……君は行かないの?」
神人族の女性、エルサが立ち上がりながら言った。
……すっかり忘れてた。
このまま本戦に突入?
…………マジかよ。




