第163話 エース救出
「おいコラ、一角獣! そいつと戦えっつーの!」
魔物使いが慌てて命令するが、エースは動かない。ただ苦痛を誤魔化す様に前足で地面を叩き、目を閉じて身を震わせている。
なんだ? エースを従魔にしたんじゃなかったのか? なぜエースは魔物使いに従わない? 命令に……抵抗している……?
「もういい! やめろやめろ! それ以上動くな! 壊れちまうぞ!」
魔物使いがフードを外し、髪をぼりぼりと掻きながら言った。エースの険しく歪んだ顔つきが緩み、震えが止まる。
「ったく、俺の可愛い従魔たちをあっさり戦闘不能にしやがって。ふぅ……ギブアップだ。あー、出来れば残りの馬達は見逃してもらえねえか? あ、オイラもな」
ゆっくりと両手を上げる魔物使い。
「……それはそっちの出方次第だな。エースを開放してくれ」
「はいはい、わかったよ。一角獣の従魔契約は解除するって。ったくよー。【隷属の魔道具】なんて使ってるから無理やり従わせてんのかと思ったら、アンタに懐いてんじゃねえかよ。オイラの従魔契約に逆らうなんて大した根性だぜ、一角獣は」
……そうか。やっぱりエースは魔物使いの命令に逆らって、俺への攻撃を止めてくれたのか。隷属の首輪は外れているというのに。
魔物使いはエースに手を向けて何事かを呟く。エースの首元に深緑色の光の輪が現れ、次の瞬間に霧散した。
「従魔契約は解除した。後は好きにしな」
「エース、大丈夫か?」
「ブルルゥッ!」
「うん、平気そうだな。じゃあ、帰るか」
「いやいや。そんなわけに行くかよ。この馬房はすでに囲まれてる。バルジーニ一家のアジトに乱入しておいて、簡単に帰れるわけないだろ」
そうなんだよな……。【警戒】で、この飼育場を十数人が取り囲んでいることはわかってる。
「オイラはお前にやられた従魔たちの治療をさせてもらうぞ? アンタも無駄な抵抗はやめて投降しとけ。表にいる連中はオイラとは違って武闘派だからな。いくらアンタでも逃げられねえよ?」
魔物使いはそう言って、最も重症な熊型の魔物に治癒スキルを使い始めた。マイペースなヤツだな……。
魔物達にはそれなりに深手を負わせてる。魔物使いのスキルで回復させたところで、すぐには戦線復帰出来ないだろうからいいけど。
「押し通るさ。エース、俺と一緒に行くか?」
「ブルゥッ!」
当たり前だと言わんばかりにエースが応える。隷属の首輪が外されているから従ってくれないかとも思ったけど、エースは俺と一緒に来てくれるのか。
魔物使いに逆らってまで攻撃しないでくれたし……存外懐いてくれてたみたいだな。まぁ戦っても勝てないと分かってるからかもしれないけど。最初に戦った時みたいに何十発も魔法を食らい続けるのは、さすがに嫌だろうし。
「押し通る? うちの武闘派にはBランク決闘士並みの凄腕がゴロゴロいるんだぞ?」
「……じゃあ、お前を人質にするってのはどうだ?」
取り囲まれてしまってるから、【潜入】を使ってこっそり抜け出すってのも無理そうだし。そもそもエースを置いて行かなきゃいけないから、そんな選択肢は無いしな。
イチかバチかで正面突破を狙うか、魔物使いの首筋に刃を立てて仲間に道を開けさせるか。もうこれぐらいしか脱出の方法は無さそうだ。
「んーー無理だな。オイラに人質の価値はねえよ。オイラを盾にしてもウチの武闘派連中は容赦なく突っかかって来るさ」
「……さすがはマフィアだな。仲間も容赦なく見捨てるか」
「乱入者を見逃すくらいなら、オイラなんか簡単に切り捨てるさ。きっちり復讐はつけてくれるだろうけどな」
……まったく面倒な連中に絡まれたもんだ。
まあ考えていてもしょうがない。嘘をついている様にも見えないし、魔物使いを盾にしても意味がないなら正面突破を狙うしかないか。
「出てこいコラァ! 燃やしちまうぞォ!!?」
そうこうする内に、外から威圧感のある太い声が聞こえて来た。ああ、うだうだ考えてると、どんどん状況が悪くなってくる。
「おっ、おい! 頼むから投降するか、出て行くかしてくれよ! アンタが立て籠もってたら、オイラ達まで燃やされちまう!」
「お前の事情なんか知るかっ! まあ、でも……行くぞ、エース!」
「ブルルゥッ!」
鞍も手綱も無いから、逃げるだけならともかく騎乗戦闘なんて出来ない。エースと共闘して正面突破だ!
俺とエースはスイングドアに体当たりして飼育場を飛び出す。目の前には十数人のヤクザ者達が身構えていた。
「【爆炎】!」
真っ正面に向かって魔法をぶっぱなし、門に向かって走る。2,3人は吹き飛ばされてくれたが、大盾を持った男がビクともせずに立ちはだかっていた。
「【暗歩】」
「【盾撃】!」
暗歩で撹乱して盾男の突貫をぎりぎりで躱し、返す刀で短剣を振るう。
「【牙突】!」
しかし横から槍が突き込まれ、俺は短刀を止めて飛び退る。それと同時にエースが俺の背後から突貫した。その額には先ほどと同じ紫電の角が生えている。
「ぐああぁっ!!!」
槍を突きだしていた槍使いは、エースの体当たりをまともに受けて吹き飛んだ。
「オラァッ!!」
「させるかっ!」
体当たりして脚が止まったエースに盾男の剣が迫る。俺は漆黒の短刀を振るって牽制する。
「うおっ!!」
バックステップで距離を取った盾男と入れ替わりに【火球】が飛来する。俺は【鉄壁】を発動し、手甲で火球を弾く。
その間に槍使いが戦線に復帰し、槍を低く構える。エースの紫電をまともに食らえば、痺れで動けなくなりそうなものだが、然程効果は無かったようだ。
攻守が目まぐるしく移り変わる。盾男と槍使い、そして後ろから隙を窺う魔法使い。闘技場で戦った決闘士達以上に手強い。
……この3人は魔物使いの言う通りBランク決闘士並みの強さだな。ちょっと……マズい。
決闘士達が徒党を組み、連携して襲い掛かって来ているようなものなのだ。五体満足で通り過ぎようだなんて、考えが甘すぎたかもしれない。
しかも、その周りにいる者達も武器を手に俺とエースを睨みつけながら、付かず離れずの距離を維持している。
「げっ……」
魔法使いの男が手に持った短杖に魔力を集中し始める。大技をぶっ放すつもりのようだ。
軽い魔法で発動を邪魔したいところだが、前には盾男が立ちふさがり、そのすぐ後ろには槍使いも詰めている。手の出しようがない。
状況から考えればさすがに詰みかな。魔物使いの言うように大人しく投降しておいた方が良かったかもしれない。
まあ、まだ手傷を負ったわけでは無いし、手足もついてる。諦めるのはまだ早い。
盾男だけでも排除できれば、なんとか逃げる隙くらい窺えるだろう……。意地汚く抵抗してやるさ。
俺は覚悟を決めて、漆黒の短刀のグリップを強く握りしめる。
ドガァァァン!!!
その刹那、俺の真正面、ヤクザ者達の背後にある門が激しい轟音を立てて爆発し、扉が弾け飛んだ。もうもうと巻き上がった砂煙が散ると、そこには頬に大きな刀傷がある強面の男が仁王立ちしていた。
「け、拳聖!!?」
「ギルドマスター……!!」
その後ろには見覚えのある神人族の女性に、青灰魔熊のブルズとリンジー、アスカにユーゴーもいる。そうか、アスカ達が連れてきてくれたのか……。
現役のAランク冒険者で元Aランク決闘士でもあるヘンリーさんの威風堂々たる立ち姿に、ヤクザ者達も動揺を隠せない。
「一角獣もここにいたか……。テメエら……ウチに手を出したんだ。覚悟は出来てんだろうなァ!!?」
凄みのある低い声で威圧するヘンリーさんに、身体をすくませるヤクザ者達。これじゃどっちがマフィアだかわからないな。
「テメエらじゃ話にならねえ! バルジーニを呼んで来い!!」
東の空がうっすらと白み始めたスラム街の一画に、ヘンリーさんの怒声が響き渡った。
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