第160話 エース失踪
「エース!! どこだー!?」
「えーーすぅー!!!」
エースと別れてから昼食をとって、水辺で洗い物して、散歩して、ラスクを作って食べて……既に半日が経っている。いくらなんでもエースの帰りが遅い。俺達はエースが縄張りにしていたであろう水辺を駆け回ってエースを探す。
適度な運動をさせないと心身に支障をきたしてしまうから、普段も森や平野でエースを放して運動をさせていたけど、こんなに長時間帰って来なかったことは無かった。いつもは1,2時間も走れば、満足して戻ってきていたのだ。
それにエースは耳もいいから、俺から姿が見えないぐらい離れたところにいても大声で呼べばすぐに戻ってきていた。こんなに探しても見つからないなんてことは今までなかった。
「エース、どこに行ったのかな……もしかして森のもっと奥の方に行っちゃったんじゃない?」
アスカが心配そうな声で言う。
「いや、エースには『縄張りに行っても良い』って言ったんだ。あいつは俺の命令には逆らわないから、この周辺にいるはずだ」
エースは俺達が食事をした小川周辺、エースと初めて会った場所の周辺を縄張りにしていた。魔物使いのリンジーに聞いた話では、馬型の魔物は水辺を縄張りにして、そこに侵入してきた人間や他の魔物を排除する習性があるそうだ。唯一侵入を許すのは同種のパートナーのみ……エースの場合は人間の乙女もか。
「でも、こんなに探してるのに見つからないんだよ?」
小川を中心にそれなりに広い範囲を駆け回って探したのだが一向に見つからない。俺の【警戒】でも猪や鹿などの魔物の気配は引っかかるのだが、エースのように大型の魔物の気配は感じられない。
「もしかして、他の魔物に襲われて……」
「……いや、エースは結構強い。この周辺に現れる魔物に襲われてもそう簡単にはやられないだろう」
腐っても元Cランクの賞金首だ。ここら辺の魔物なんて相手にならない。
キラーマンティスや青灰魔熊クラスだとエースも危ないかもしれないが、あいつらはもっと深部に棲んでいた。というか俺が捕まえちゃったから、この森にはエースより強力な魔物はいないって話なんだよな……。
「もしかしたら他の冒険者に倒されちゃったとか……」
アスカが震える声で言う。
「……この周辺で戦闘が行われた形跡が無い。ずっと周囲の警戒だけは続けてたんだ。戦闘が行われたなら気付いたはずだ」
エースを放す時には必ず馬具を装着させていた。手綱と鞍がついていれば、従魔であることが一目瞭然だからだ。
魔物使いにとって従魔は身を守る武具であり、生活を支える相棒でもある。他人の財産を奪う行為に等しいのだから、襲われない限りは意図して討伐することは許されない。冒険者に魔物として処理されるなんてことは考えにくいはずだ。
それに、ヘンリーさんの訓練を受けるため冒険者ギルドに頻繁に顔を出すようになってわかったのだが、元Cランクの賞金首
であるエースを簡単に倒せるような冒険者はそう多くない。エースにはもし襲われるような事があったら抵抗することぐらいは許可しているし、とっとと逃走して俺の元に戻って来るようにとも指示している。
もちろんエースからは人を襲わないようにと厳命してある。エースの方から人を襲うことは無いし、襲われたとしてもエースの体力と速さがあれば逃げることは容易なはずだ。エースを倒せるほどの実力者に襲われたとしても、【警戒】を発動し続けていた俺が気付かないはずはない。
「それに俺達が捕らえるまで、誰にも見つけることが出来なかったぐらい警戒心の強いヤツなんだ。そう簡単に倒されたりなんか……」
そこで、俺ははたと気付く。エースを簡単に捕まえる方法があることを。そして、その方法を、俺自ら公開してしまっていたことを。
「しまった……乙女を連れて来られたら、あいつは尻尾振って寄って行ってしまうかもしれないじゃないか」
「あ……」
周辺で戦闘が行われた形跡が無いから、エースが他の魔物や冒険者に倒された可能性は低い。だが戦闘を経ずに、捕らえられたとしたら……?
「くそっ……急いで王都に戻ろう。エースは攫われた可能性が高い」
「うん! 急ごう!」
俺達は森の出口に向かって、弾かれた様に走り出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「エースちゃんが……! わかりました! こっちでも探してみます!」
「すまない。恩に着る」
「いいんですよ! 従魔を攫うなんて魔物使いギルドへの挑戦みたいなもんですから! それにアルフレッドさんにはブルズを捕まえてくれた恩もありますし! ギルドに貴重な情報を提供してくれましたしね」
「そのせいで捕まえられてしまった可能性が高いんだけどな……」
王都に戻った俺達は、まず門番にエースが通らなかったかを確認した。俺とエースは何度も門を通って闘技場と王都を行き来していたから、門番たちとも挨拶を交わす程度には顔馴染みで、エースのことも覚えていた。今日は朝方に俺達と一緒に通り過ぎてからは見ていないという。
だが貴族用の列を通る馬車に積まれていたり、他の門を通った場合はわからないということだ。そう言えば俺達が王都に初めて来たときも、商人用の列では馬車の検査がしっかりと行われていたが、貴族用の列では検査はほとんど行われていなかった。
「貴族特権か……だけど貴族に捕まえられているなら、まだ助けられる」
エースが王都以外の場所に連れ去られたとしたら、もうお手上げだ。候補地が多すぎて探しようが無い。今はエースが王都に連行されていると考えて探すべきだ。
「じゃあ、俺達は南門以外の門をまわってみる。すまないが王都内の方は頼む」
「はい! 何かわかったら楡の木亭に伝えておきますね!」
魔物使いギルドの関係者は、王都の平民街や中心街にある魔物を飼う事ができる場所をほぼ完全に把握しているそうだ。商会や宿屋が管理する厩や鳥舎、冒険者ギルドや傭兵ギルドが管理する戦闘従魔の飼育施設、個人が持つ馬小屋まで知り尽くしているらしい。
蛇の道は蛇、いや文字通り馬は馬方にだ。王都内の事はリンジーに任せて、俺達は王都への出入りについて聞きに行こう。青灰魔熊の捕獲と一角獣の情報提供の件で貸しを作っておいて良かった。
王都には3つの城壁と6つの門がある。王都全体を包囲する外壁の西・北・南に大門があり、それぞれヴァリアハート・転移陣のあるカーティスの森、エルゼム闘技場の方面に向かう街道に面している。
王都の内部には平民街と中心街、中心街と貴族街の間にそれぞれ城壁がある。平民街と中心街の間の城壁には東西に門があり、中心街と貴族街の間には南側に一つ門がある。それぞれの門にカーティス何世門とか英雄王エドワウ凱旋門だとかいう正式な名前があるが、普段は南門とか貴族門とか呼ばれている。
南門では既に話を聞いているので他5つの門でエースの出入りが無かったか話を聞かなければ。俺とアスカはまず中心街の門に向けて、走り出した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
時は既に深夜。さすがに10万人もの人たちが住む都だけに、門を回るだけでかなりの移動距離がある。王都中を走り回るため、当然何時間も走り続けることになった。
アスカは最初に東門を通って中心街に入ったところでバテてしまったのでアリンガム商会の屋敷に放り込んできた。ヘルキュニアの森から王都まで、そして王都の端から中心街……と3時間近くも俺と並んで走り続けていたのだから当然だろう。脚をガクガクさせながら、それでもついて来ようとしたので、無理やりユーゴーに預けてきた。
そのついでにボビーのところにも行って、執事に事の経緯をボビーに伝えるようにとお願いした。中心街には顔が広いようなので、何か情報が入れば教えてくれるだろう。
深夜まで走り回り、5つの門で門番達に銀貨を握らせながら話を聞いたが、残念ながらエースの目撃情報は無かった。それでも、いくつかわかった事もある。
まず貴族街・中心街には魔物を積んだ馬車の出入りは無かったということ。外周の北門と西門は、貴族所有の馬車がそれぞれ数台通過しているが、積み荷の確認は行っていないということだ。
平民街への門では貴族所有の馬車の積み荷検査はほとんど行われない。中心街を通る際にしっかりと検査が行われるからだ。
つまりエースは『貴族の馬車で王都に運ばれた』可能性があり、『中心街より内側には入っていない』ということだ。平民街なら魔物使いギルドと冒険者ギルドの庭みたいなものだ。貴族街と違って探しやすい。
そこまでわかったところで、伝言が入っているかもしれないと、俺は楡の木亭に向かって駆け出した。




