第157話 ボビーの食事会
「ボビー殿、良い酒じゃないか! 焼きワインと言ったか?」
「でしょう? シルヴィア産の20年物ですよ。なかなか出回らない一点物ですから」
「本戦出場決定おめでとうございます! 今日も快進撃でしたね!」
「失礼だが貴殿は魔術師で間違いないのか? ずいぶんと騎士剣術に秀でている様にお見受けしたが」
「アルフレッドさん、一角獣の一件についてお話を聞かせてもらえませんか?」
「まさかヘンリー卿に師事していたとは。稀代のA級決闘士の教えを乞えるとはアルフレッド殿も果報者だな」
「ヘンリー卿! お会いできて光栄です!!」
「タ、タルトだー! んふー! おいひいぃ!!」
「ア、アスカさん、そんなに泣くほど甘い物が欲しかったんですの!?」
A級決闘士と大会本戦出場選手、そして決闘ファン達の食事会だ。ボビー・スタントン名誉士爵邸は、大騒ぎになった。
俺の本戦出場の祝勝会を兼ねて、ボビーが陞爵のお礼に食事会を開いてくれるとのことでお邪魔したら、ボビーの決闘ファン仲間だという中心街の有力者達が拍手で出迎えてくれたのだ。ほとんどの人が大店の経営者で、爵位を持つ人も多いそうだ。
せっかくだからアリンガム商会の代表としてクレアも呼んでいる。スタントン商会と繋がりを持ちたいって言ってたしね。
「アルフレッドと話をしたいって人が多くてな。声を掛けたら予想以上に集まったんだ」
と言う事だったが、たぶん皆の目当ては俺じゃなくてヘンリーさんだろう。さすがはA級決闘士だけあって大人気のようで、ファンの人達に囲まれている。
ヘンリーさんは冒険者ギルドマスターだけでなく現役の冒険者でもあるため非常に多忙で、普段は貴族のパーティなどにもあまり顔を出さないらしい。だが、ボビーに頼まれたので試しに誘ってみたら二つ返事で来てくれた。受付嬢スーザンの一件もあるから、俺の誘いは断りにくかったのかもしれない。
「ねぇ、アウ! このタウトおいひいよ!」
「ああ、わかったから、食べながらしゃべるな。落ち着いて食え」
「嬢ちゃんはほんとに甘い物が好きなんだな。じゃあほれ、こんなのはどうだ?」
「マ、マカロン! ボビー……あんた神か!!」
「おおげさだな……」
「そんなにお菓子がお好きなのでしたら、今度、流行りのパン屋でも巡りませんか? 焼き菓子で有名なお店が中心街にありますから」
「ほ、ほんとに!? クレアちゃん!!」
「わっ! ア、アスカさん、ち、近い!」
アスカの甘い物欠乏症は相変わらずだ。そう言えば王都に着いたら甘い物を食べたいって言ってたのをすっかり忘れてたな。
幸いにも今はお金に余裕もあるから、一段落したらパン屋まわりをするのも良いかもな。ボビーに頼んだら面白い商品もいろいろと用意してくれそうだし。
「よお、アル。本戦出場、とりあえずおめでとうだな」
「ヘンリーさん、ありがとうございます。ヘンリーさんが稽古をつけてくれたお陰ですよ」
「なに言ってやがる。稽古をつけたのは決闘での戦い方だけだろう? お前はギルドで初めて会った時から十分なレベルに達していただろうが」
「その『決闘での戦い方』ってのがとても参考になったんですよ」
幼少期に加護持ちの教師たちに鍛えられていたから対人戦闘の経験はそれなりに積んでいたつもりだった。だがよく考えてみたら、加護持ち同士の対人戦経験はほとんど無かった。だから互いの加護やスキルを念頭に置いた駆け引きや、間合いの取り方なんかはほぼ素人同然だったのだ。
俺が剣・槍・手甲と得物を変えて訓練に臨むと、それに合った闘い方をヘンリーさんが取ってくれる。後は俺がヘンリーさんからやられて困ったことを真似て実践すればいいのだ。格上との闘いというと火喰い狼や魔人族ぐらいしか経験がなかったから、ヘンリーさんとの訓練は本当にためになった。
ヘンリーさんが敵意を持って襲って来たのはセシリーさんの件があった最初の一戦だけで、その後は訓練だったからかスキルの熟練度は全く稼げなかった。でもそれ以上に良い経験が積めたと思う。アスカは『プレイヤースキルが上がった』と表現してた。
「ヘンリー卿はどのような経緯でアルと知り合われたのですか?」
「確かアルフレッド殿は王都に来られたばかりでしたよね?」
ボビーとその友人たちが会話に混ざって来た。憧れのヘンリーさんと話がしたくてたまらないようだ。ここにいるのは筋金入りの決闘ファンばかりというから、ヘンリーさんは彼らにとってまさに英雄だろうからな。
「ヘンリーさんと知り合ったのは……」
俺が魔物の捕獲依頼を達成したことから冒険者ランク昇格の話が持ち上がり、実力見極めのためにギルドマスターのヘンリーさんと一戦交えることになった……という経緯を皆に説明する。
受付嬢スーザンの一件や、セシリーの事でいちゃもんをつけられたことなんかは言わないでおいた。前者は気持ちのいい話じゃ無いし、後者のヘンリーさんの親バカ行動なんかは私的な話だしな。
「そう言えばボビー殿。一角獣の螺旋角の件では、貴方にしてやられたな」
「はは。アルと知り合ったのは私の方が先でしたからね。アルに依頼することが出来て本当に良かった」
「冒険者ギルドとしては惜しい事をしたよ。貴方が持ち込んだ薬のおかげでマーカス王子が快復されたのだから、結果としては良かったのだがな」
「ふふ、そう言って頂けると助かります」
一角獣の螺旋角の件はボビーに手柄を奪われたような形になっていることを、ヘンリーさんは特に気にしてないみたいだ。陛下の依頼を達成できず、受付嬢スーザンはかなり根に持っていたみたいだったから、ヘンリーさんとボビーとの関係が悪くならないかと少しだけ心配していたんだけど。まあ、ヘンリーさんはそんな逆恨みするような人じゃないか。
「おお、という事は一角獣の螺旋角を入手したのはやはりアルフレッド殿で間違いないのか!?」
「一角獣に騎乗する者がいたという噂もあったが、それもやはりアルフレッド殿で?」
おお。陛下もご存知だったけど、一角獣の噂がそれなりに広まっているみたいだな……。そりゃそうか。エースは普通の馬と比べて一回りも二回りも体躯が大きいうえに、混じりのない白毛馬だ。乗っていると、二度見、三度見されるぐらいだもんな。
「ええ。ボビーから依頼を受けまして」
「いったい、どうやってあの一角獣を見つけ出したのですか!?」
「王家の騎士団が血眼になって探しても見つからなかったという話ですぞ!?」
はあ、またこの話か。まあ、冒険者ギルドにも魔物使いギルドにも説明している話だしな。
「ええと、実はですね……」
もしかしたら俺のふざけた噂が落ち着くかもしれないし、言い訳もかねて詳しく説明しておくか……。冒険者ギルドと受付嬢スーザンに任せていたら、いつまでたっても噂が無くならなそうだし。
その後、ヘンリーさんの冒険者や決闘士としての武勇伝を聞いたり、クレアや女性決闘ファンの方々から美味しい焼き菓子を売っているパン屋を教えてもらったり、なぜか余興でヘンリーさんと模擬戦をすることになったりと、大騒ぎしながら夜が更けていった。
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