第156話 Bランク決闘士
(【盾撃】!)
「きゃあっ!」
短杖を向けて今まさに詠唱を終えようとしていた魔法使いを盾で殴りつけ、魔法の発動を阻害する。俺は尻もちをついた女の鼻先に紅の騎士剣の切っ先を突き付けた。
「んん……降参」
魔法使いの女は両手を上げて敗北を宣言した。
「勝負あり! 勝者アルフレッド!」
「おぉーっ!」
観客席からまばらに拍手と歓声が起こる。声援を送ってくれてるのはアスカとボビーの周辺にいる人たちだけだが、真剣に勝負すればブーイングは受けないで済むみたいだ。当たり前か?
「まいったわね。前に対戦した時は、もう少しでなんとかなりそうな気がしてたんだけど……。あの時は手を抜いてたわけ?」
魔法使いの女が差し出した俺の手を掴んで立ち上がり、苦笑いを浮かべた。
「あの時……? もしかして対戦したことがあったか?」
「覚えられてもいないのね……」
「すまない。アルフレッドだ」
「知ってるわよ。イディスよ」
闘技場の真ん中で握手する俺達にパラパラと拍手が鳴った。
「はい、これ」
「回復薬?」
「ああ。脇腹、痛めてるだろ?」
「ええと、気持ちはありがたいけど……」
「金ならいらない。薬師の連れがいるから回復薬はいくらでも作れるんだ。遠慮しなくていい」
「……なら、ありがたく頂こうかな」
闘技場脇に控えている白ローブの救護員達は、命にかかわりそうな重症の場合は応急処置をしてくれるけど、軽傷の治療まではしてくれない。治療をお願いすることもできるが、治療費を支払わなくてはならないのだ。
Cランク決闘士は回復薬を頻繁には使わない……というか高価いから使えないとボビーに聞いたから、おすそ分けだ。この子に限らず、今日の対戦相手には漏れなく回復薬を渡している。
素材さえ取ってくればいくらでも作れるから、怪我させた相手に配っちゃおうというアスカの発案だ。Dランク商人のアスカなら材料も格安で買えるしね。
「ねえ、アルフレッドさんは魔術師なのよね?」
「ああ、そうだけど?」
「いくら身体強化魔法を使ってるっていっても動きが早すぎでしょ。力も強いし。盾で殴って来る魔術師なんて聞いたこと無いわよ」
「はは……まあ、鍛えてるからな」
「そう。魔術師であの動きが出来るってことは、少なくともレベル40ぐらいはありそうね。勝てないはずだわ……」
レベルは8しかないんだけどね……。複数の加護があるって、本当に反則だよなぁ。
「Bランクのレナードにさえ勝てれば本戦に出れると思ってたんだけど甘かったわ。私を負かしたんだから、絶対に本戦に出場して勝ち上がってよ? アルフレッド」
「ああ、そのつもりだよ。ありがとう、イディス」
俺はアスカのメニューと知識のおかげで複数の加護を修得してる。それに2か月近く罵倒されながら鍛えて来たんだ。簡単に負けるわけにいかないよな。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「おっ、アルフレッドだ!」
「すげえよな、あいつ。誰だよ、大会じゃ通用しないとか言ってたの」
「まさか、あれほどの実力者だったとはな」
「いつもは手を抜いてたのか?」
「あんなに強いなら普段から真面目にやれってんだよな」
観客席のアスカのところに戻ってみると周囲の人たちが俺の方を見て話をしているのが聞こえて来た。【索敵】を極めてからと言うもの、なんか耳も良くなったんだよな。加護を【暗殺者】に変えたことで、【索敵】が【警戒】へと昇格したからかもしれない。
それにしてもあれほど嫌われてたのに、好意的な声もちらほら聞こえるな。予選では真剣に戦ってるからかな。熟練度稼ぎの闘い方は、本当に印象が悪かったみたいだ。
「いよいよ予選最後の一戦だね」
「ああ、次の相手はレナードって言ったっけ。どんなヤツなんだ?」
俺の評判なんて今はどうでもいいか。次の相手は予選グループの大本命だからな。
「さっき戦ってたからステータスチェックしといたよ。レベルは27、加護は【竜戦士】だって。【槍術士】の上位加護ね」
「馬上槍を巧みに操るBランク決闘士だ。本職は王家の騎士で、ミカエル騎士団の中隊長をやってる。あいつの【牙突】はとんでもなく早えぞ。全身鎧を身に着けてるから、とにかく硬えしな」
アスカは識者の片眼鏡で確認した情報を、ボビーは決闘士ファン目線の情報を教えてくれた。
なるほどね。さすがはBランク決闘士ってところか。レベルは俺の3倍……普通に考えれば遥かに格上の相手だ。
加護の数は俺が6倍ではあるけど……。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「それではCグループ最終試合を行う。はじめっ!」
審判員の声を聴くや否や俺は後退して身体強化のスキルと魔法を重ね掛けしていく。烈攻、瞬身、火装、風装……攻撃力と敏捷性だけを引き上げる。身体全体が燃えるように熱を帯び、同時に身体が羽のように軽くなったかのように感じる。
レナードは片手持ちした馬上槍を脇に構え、楕円形の大型の盾を前面に押し出すようにしてジリジリと迫って来た。重厚な全身鎧を身に着け、やや斜めに構えた楕円盾に半身を隠してにじり寄るその姿は、動く要塞のようにも感じられる。
「【火球】!」
牽制で放った火球は盾に弾かれて霧散する。どうやら対魔法性能が付与された盾のようだ。魔術師を公言している俺と戦うのだから、魔法対策してくるのは当たり前か。
それなら……接近戦に持ち込み、身体強化の効果が切れるまでの60秒で勝負を決める!
「【氷礫】!」
再び牽制の魔法を放ち、直後に真っ正面からレナードに向かって駆ける。レナードはまさか重装備の自分に接近してくるとは思わなかったのだろう。不意を衝かれて馬上槍を突き出す機を逸したレナードは、楕円盾を押し出してどっしりと身構える。
(【剛・魔力撃】!)
斬ることを意識せず、まさに叩きつけるように紅の騎士剣を振るう。魔力を多量に注ぎこみ、渾身の力で振るった剣は、レナードにたたらを踏ませた。
(【盾撃】!)
続けて全体重を乗せた盾撃に、バランスを崩していたレナードは耐えきれずに後方に大きく身体を逸らした。今だっ!
「【風衝】!」
威力よりも発動の速さを優先した【風衝】を全身鎧に叩きつける。大槌でも振るわれたかのように、衝撃で弾け飛ぶレナード。ゴロゴロと地面を転がったレナードは馬上槍を取り落とした。
おおっ! 絶好のチャンスだ!
俺はレナードに追撃をするよりも、得物の排除を優先し、全速で詰め寄って脇に転がった馬上槍を蹴り飛ばす。レナードは腰にショートソードを下げてはいるが、得意とする武器は馬上槍という話だった。
これで戦力は半減したはず! 俺はレナードの方に振り返り、火喰いの円盾を前に身構えた。
しかし、レナードはうつぶせに倒れたまま立ち上がる素振りを見せない。と言うかピクリとも動かない。
あれ……? もしかして……?
「勝負あり! 勝者、アルフレッド!」
アーチから白ローブの救護係の人達が飛び出してきて、レナードの治療を始める。どうやら【風衝】を食らわせた時に意識を手放してしまったらしい。
あ、そっか……。いくら上位の加護とは言え、【騎士】にしても【竜戦士】にしても、近接戦闘の加護持ちは魔法に対する耐性が低いからな。察するに対魔法装備は盾だけだったんだろう。
対魔法装備は高価いからなぁ。俺だって多少なりとも魔法に強いのは火喰いの円盾だけだ。それにしたって火魔法以外には強くないだろうし。一段落したら装備の強化も考えた方が良いかもな。
回復薬は……渡さなくていいか。レナードは白ローブ達が丁寧に治療してるみたいだし。同じ王家の騎士団だから特別扱いなのかな?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「アルー! おめでとう!! 本戦出場決定だね!!」
「ああ、ありがとう。なんとかなったな」
「なんとかなったって……一方的な展開だったじゃねえか」
うん……どっしりとした構えと迫力にかなり身構えちゃったけど、よく考えてみたら動きはトロかったし、隙だらけだったかもなぁ。動きのトロさは近接戦闘加護の特性だし、重装備のせいもあるだろうけど。でも、隙はなあ。
身体強化魔法やスキルも阻害されることなく発動させてもらったし、攻撃魔法も正面から受け止めていた。ヘンリーさんだったら、軽々と避けて見せただろう。そもそも発動する前に詰め寄られて、詠唱を潰されるか。
「なんか……決闘士武闘会、思ったよりもいけるかもな」
「当たり前じゃーん! あたしの騎士がそう簡単に負けるわけないよー! ぜったい優勝なんだから!」
結果として、予選は文字通りの無傷の連勝が出来た。ちょっとは自信を持ってもいいかもしれない。
「優勝か……それも十分にあり得るな。レナードはBランクでもそれなりに実績のある実力者なんだ。それを子供扱いしたってことは……アルの相手が出来るは一握りの上位者だけかもしれない」
「んふふー。言ったでしょー!? アルは魔人族を倒せるぐらいに強いんだって」
アスカは満面の笑みを浮かべて、そう言った。魔人族か……確かにあの時に比べれば、かなりステータスも上がったし、たくさんのスキルを身に着けた。
前は毒殺っていう搦め手を使わざるを得なかったけど、今なら真っ向勝負でも勝てるかもしれない。
「よっし! じゃあ本戦出場を祝うとするか!!」
「やったー! 夢にまで見たスイーツ!!」
本戦出場……か。うん、なんか実感がわいてきた。俺は……強くなってきてる。
俺は両手をあげてはしゃぐアスカと拳を突き上げるボビーを眺め、グッと手を握りしめた。
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