第15話 回復薬
俺たちはさっそく商人ギルドに向かう。この回復薬が本物なら、店での販売価格は1本銀貨1枚はするはずだ。ギルドに売却する場合はその3,4割程度だろうから、少なくとも1本あたり大銅貨3枚ぐらいにはなる。
「セシリー!」
「あら、アスカさん。また何かご用ですか?」
受付にはさっき対応してくれたセシリーが座っていた。アスカがぶんぶんと手を振りながら、カウンターに歩み寄る。
「作った回復薬を売りたいんだけど、引き取ってもらえる?」
「回復薬ですか? ええ、もちろんです。ここのところ品薄だったので助かります」
「よかった! じゃあ、ここに置くね」
アスカは先程と同じように、回復薬をテーブルに並べていく。もちろん魔法袋から出しているように偽装しながらだ。
「19本ですね。薬品の鑑定が出来る者を呼んで来ますので、少しお待ちください」
そう言ってセシリーはロビーの奥にある部屋に入っていった。ちょうどいい。回復薬を見て気になっていたことを聞いてみよう。
「なあ、アスカ。この回復薬が入っている小瓶はどうしたんだ? こんなの持ってなかったと思うけど」
「あー、あたしも気になってたんだよね。どっから出て来たんだろう、この小瓶」
はぁ? 用意してたんじゃなかったの? いや、ずっと一緒にいたから、アスカが小瓶なんか用意していなかったのは知っているんだけどさ。
もしかしてアスカのメニューで調剤すると勝手に小瓶が出てくるとか? いや、まさかね。無から有を作り出すって神じゃあるまいし。でもアスカのメニューは異常だからな。そんなことも起こりうるのか?
「あっ! もしかして!」
そう言ってアスカはアイテムボックスから水瓶を取り出した。中には水がなみなみと入っている。というかアスカ、魔法袋偽装を忘れてるぞ。だれも見ていないからいいものの、うっかりしすぎだって。
「これは?」
「アルの小屋にあった水瓶だよ」
「え? でもこれって……」
確かにこれは森番小屋にあった水瓶に似ている。だけど、大きさが一回りは小さいのだ。小屋にあった水瓶は俺の腰ぐらいまでの高さがあったはずだ。この水瓶は俺の太腿ぐらいの高さしかない。
「これは別の水瓶だろ?」
「ううん。これは間違いなくアルの小屋で使ってた水瓶だよ」
「……だって小屋にあったのはもう少し大きかっただろ?」
アスカはふるふると首を左右に振る。
「えっとね、回復薬を作るには薬草と魔茸、それと精製水が必要なのね。WOTでは、精製水は薬局で買ってたんだけど、アルが生活魔法っていうので精製水を作ってくれてたでしょ? だから今回は、回復薬を作るときに水瓶に入っていた精製水を使ったの」
「……うん。それで?」
「わかんないかなー? WOTの時に買ってた精製水は瓶詰になってて、それを使って回復薬を作ると、その瓶に回復薬が出来上がってたの。でも今回は精製水がこの甕に入ってたから……」
「……もしかして、この水瓶が小瓶になったってことか!?」
「うん。水瓶の一部が小瓶になったんじゃない? 小さくなったってことはそういう事だと思うよ」
なんてことだ。水瓶の一部が回復薬の入っていた小瓶になった!? そんなのもう薬師のスキルどころ話じゃない。錬金術みたいじゃないか。
「びっくりだねー。やっぱりこの世界はWOTとはいろいろと仕様が違うなあー」
いや、これはそんな風に軽く流せるようなことじゃない。錬金術と言えば、素材さえ用意すればありとあらゆるものを作り出せるという、エルフやドワーフが稀になれるという【錬金術師】のスキルだ。
宮廷錬金術師が『土くれから金を作り出した』とか『魔物の死体からキメラを作り出した』なんていう、とても信じられない噂も聞いたことがある。アスカのメニューはそれと同じことが出来るって言うのか?
だけど、そうだとしたら理屈は通じる。回復薬が入っている小瓶も蓋も、この水瓶もぜんぶ同じ陶器で出来ている。回復薬を調剤する時に錬金術のような技を使って、水瓶を粘土と釉に分解し、小瓶に再構成したという事なんじゃないか?
「な、なによ、怖い顔して」
「いや、アスカこれはとんでもない事だぞ?」
俺は考えた仮説をアスカに説明する。しかしアスカからの返事は先程と同じ、『メニューで作れるんだから、それでいいじゃない』というあっけらかんとした物だった。うーん、身も蓋も無い。
アスカのアイテムボックスや調剤は、とても有用だけど同時に異常とも言えるスキルだ。いや、よく考えたら魔物解体や植物採集だって、見たことも聞いたことも無いようなとんでもスキルだ。
200キロを超すマッドボアの死体を触れるだけで肉や毛皮、牙などに解体する魔物解体。同じく自生している薬草を触れただけで、葉から根まで完全な形でアイテムボックスに収納してしまう植物採集。
俺はあらためてアスカのスキルの非常識さに愕然とする。これは出来るだけ他人に知られてはいけない。こんなことが出来ると知れわたったら、心無い貴族や豪商に無理やり連行されて使役されてしまうかもしれない。とてもニホンに帰るための旅をするどころじゃなくなってしまう。
「すまない、待たせたね。これが回復薬かい?」
アスカに注意を促そうとしたところで、ちょび髭を生やした中年の男がやって来た。鑑定をすると言っていたから、たぶん【商人】の加護持ちなんだろう。
「ふむ……これはいい出来だな。品質も均一でばらつきも無いし、量も十分。調剤したばかりなのかな? 劣化も全く無いようだ」
おお、良かった。半信半疑だったけど、回復薬は本物だったんだな。本物なら、そこそこの金額で売却できそうだ。
アスカのせいで無一文になりかけてたから、本当に助かった。いや、でもアスカのおかげで窮地を脱することが出来たのか。
「セシリー君。これなら上質品として引き取ってかまわんよ」
そう言ってちょび髭はセシリーが用意していた書類にサインをした。セシリーはその書類を受け取り、ペンを走らせて何事かを書き込んでんでいる。セシリーの書類仕事をぼーっと眺めていると、ちょび髭が話しかけてきた。
「そちらのお嬢ちゃんが薬師なのかい?」
「ううん。あたしの加護は薬師じゃなくてジェ」
おっとまずい。俺は慌ててアスカの口をふさぐ。油断も隙も無いな、このアホウ。
「は、はい! 彼女は修行中の薬師でして、私は護衛です。い、今は修行のために王国各地をまわっているんですよ」
ちょっとしどろもどろにはなってしまったが、彼女を薬師だという事にしたのは我ながらファインプレーだ。アスカは回復薬を売りさばいて金策をするつもりなのだろう。だとするとこれから何度も商人ギルドには顔を出すことになる。旅の薬師という事にしておいた方が何かと都合がいいだろう。
「……なるほど。若いのにずいぶんと腕がいいじゃないか」
ちょび髭はいぶかし気な視線を送っていたが、聞き流すことにしてくれたようだ。旅人や冒険者はいろいろと事情があり、素性や旅の目的を隠すことも多い。彼は踏み込まないことにしてくれたのだろう。
「……ありがとうございます」
アスカが顔を赤くして俺を見つめながら、そう答える。手荒に口をふさがれたことを怒ってるのか? いちおうは話を合わせてくれたのは良かったけど、睨むなこっちを。お前のために、やってるんだぞ。
「この町に滞在するのかい? それなら今後も回復薬を納品してくれると助かるんだが……。このところ品薄が続いていてね。この町の薬師達も頑張ってくれているんだが、生産が追い付いていないんだよ」
「しばらくはこの町にいるつもりですが、何かあったんですか?」
「最近、狼の魔物が牧草地にたびたび出ていてね。領兵や冒険者ギルドが対応してくれてはいるんだが、怪我をしてしまう者も多く、傷薬や回復薬が飛ぶように売れているんだ。このままじゃ領主に収める分も足りなくなってしまいそうなんだよ」
狼か……。この辺りにいる狼型の魔物といったらレッドウルフだろう。4頭から8頭ぐらいの群れを作り、他の魔物や家畜を襲う、やっかいな魔物だ。大きくても体高は1メートルほど、体重は50キロ程度で一匹一匹はそこまでたいした強さでは無いらしい。だが群れで襲い掛かってくるために熟練の冒険者でも不覚を取ることもあるそうだ。
「いいよ! ちょうどあたしも回復薬を作って旅費を稼ぎたいと思ってたの」
「おお、それは助かるよ」
ちょび髭が相好を崩す。本当に困っていたみたいだな。
「アスカさん、お待たせしました」
セシリーが書類の処理が終わらせたようだ。持っていたペンをくるっと回して、書類とともにアスカの前に差し出す。
うん。セシリーさんは所作の一つ一つが美しく、まさに仕事が出来る女性って感じだ。落ち着いた雰囲気も落ち着いているし、ウチのアスカとはだいぶ違うな。本当に同じ年なのか?
「先ほどの回復薬は全て、品質の良い下級回復薬と鑑定されました。1本あたり大銅貨5枚で引き取らせていただきますが、いかがですか?」
おっ! 大銅貨5枚? 思っていたより高く買い取ってくれるみたいだ。あんな一瞬で作った回復薬がこんな値段になるとは驚きだ。
「うん。その値段でいいよ」
「では、アスカさん、こちらの鑑定書の作成者欄にサインをお願いします……はい、ありがとうございます。では、19本の納品ですので、合計で9500リヒトですね」
「ありがとー!」
アスカは銀貨9枚と大銅貨5枚を受け取り、偽魔法袋にしまう。今度は、ちゃんと偽装してくれてほっとした。
「アスカさん、今後も回復薬を納品してくださるんですよね? 材料をこちらでご用意することもできますが、いかがですか?」
「あ、だいじょうぶだよ。材料は自分たちで採取するから」
アスカがそう言うと、ちょび髭が慌てて口を挟んだ。
「おいおい、お嬢ちゃん。さっきの話を忘れたのかい? 狼がたくさん出てるから、町の外には出ない方がいいよ。放牧にだって冒険者が護衛についてるぐらいだからな。薬草や魔茸なら、冒険者に採集依頼を出してるから定期的に納品されてるんだ。それを少し割引で回してあげるよ」
状況はそんなに悪いのか。それなら、ちょび髭の提案に従って材料を仕入れる方向で……
「だいじょうぶ! アルがいれば狼なんて怖くないから」
「ほう……。狼どもが出ても問題ないとなると、君は見かけによらず、腕が立つんだな?」
いえいえ。見かけ通りです。魔物の一匹も倒したことないです。出来ればアスカを守るためにも、危険な町の外には出たくないです。怖くないっていうのは、たぶん盗賊スキルで逃げ回るからって意味です。
とは言え、俺の加護のことも出来るだけ他人には話したくないので正直に言うわけにもいかず、俺は笑ってごまかした。狼のことは後でアスカと相談しよう。
「それにしても、そんなに狼が多いのは、何か原因があるんですか?」
「どうやらシエラ樹海の方から出てきているようなんだ。樹海の方で何か起こったのかもしれないな」
なるほど。薬草は牧草地で、魔茸の方は日陰の多い樹海で採取できる。安全を第一に考えれば危険なところには近づかないで材料を商人ギルドで仕入れた方がいいんだけどな……。




