第155話 決闘の儀を汚す者
「おつかれさまー! アル―!」
「おう! 応援ありがと」
「さすがだな、アル。まさか全く触れさせもせずに終わらせるとは思わなかったぜ」
今日の予選6試合を終え、観客席に戻るとアスカとボビーが出迎えてくれた。アスカはいいとして、ボビーも丸一日ずっと応援してくれていた。
「今日の対戦相手は全員Cランクだったからな。本番は明日のBランク決闘士だよ」
「ははっ。アルなら余裕だと思うけどな。Bランクに上がってもいい決闘が出来るとは思っていたが……ここまでとはな。なんでBランクに上がらなかったんだ?」
ボビーが半笑いで言った。
「Bランクに上がると毎日決闘が出来なくなるだろ? できるだけ実戦の回数を重ねたかったから敢えてランクを上げてなかったんだ」
「毎日決闘って……そんなことしてるのアルくらいだからな? 普通の決闘士は多くても週に2回ぐらいしかやらないもんだ」
あ、そうなの? でも言われてみれば控室で会う決闘士の顔は毎日違っていて、同じヤツと何度も顔を合わせるって事は無かった気がするな。
ああ、そうか。他の決闘士は闘技場に来ない日に身体を休めたり、レベルを上げに行ったりしていたのか。俺の場合はレベル上げは必要ないし、アリンガム商会にとってもらった高級宿で回復薬をクイッといっておけば身体を十分に休められたからな。
そう言うとボビーはやっと得心したといった様子で何度も頷いた。
「なるほどな。アリンガム商会のバックアップかあるから、あんなに魔力回復薬のがぶ飲みをしていたのか」
「ん? 確かに宿の方はアリンガム商会にとってもらってたけど、魔力回復薬は全部アスカのお手製だぞ?」
「へ? 嬢ちゃんが? 【薬師】だったのか?」
「そだよー? ちょっとは見直した?」
そう言ってアスカはへらっと笑う。
「魔力回復薬の素材はカーティスの森にでも行けばいくらでも手に入るからな」
下級回復薬の方はカーティスの森に自生している素材だけで作れるのだが、魔力回復薬の製薬には紫水晶と薬草、魔茸、そしてEランク以上の魔石が必要になる。紫水晶の方はヴァリアハートで大量に仕入れていたからいいのだが、魔石の方は魔物を倒さない俺達には手に入れる手段がない。
仕方なくアスカの商人ギルドランクを、魔石の買取が出来るランクDまで上げて手に入れた。商人ギルドの登録料も今の俺達にしてみれば、大した金額じゃなかったしね。
「へえ、そうだったのか。アイテムの持ち込みが可能とは言え、高価な回復薬を飲んじまったらCランクの報酬じゃ赤字になるだろ? Bランクにもなれば別だが、普通のCランク決闘士は回復薬なんて決闘じゃ使わないからな。だから『回復アイテムでゴリ押し』とか、『金持ちの道楽』とか言われてしまってたんだが……」
最後の方はボソボソと小さな声で、ボビーが言った。回復アイテムのゴリ押しねぇ。別に決闘に勝つために魔力回復薬をがぶ飲みしてたわけじゃないけど、観客からはそう見えてしまうか。熟練度稼ぎのためにスキルを連発したいから、魔力を回復していただけなんだけどな。
「出来るだけ実戦経験を積みたかっただけなんだ。魔力回復薬はアスカのおかげで安く作れるからな」
「手作りの回復薬か……そうだったのか。なんていうか、アルは決闘ファン達にかなり誤解されてるかもなぁ」
「誤解?」
ボビーが言うには俺は決闘ファン達に『神龍ルクス様に奉納する決闘の儀を汚す者』と認識されているらしい。回復薬を多用した金にあかせたゴリ押しの戦術。いたずらに決闘を長引かせ対戦相手を甚振るような闘い方。それらは神龍ルクスに捧げる決闘として相応しいものではないと。
金にあかせているわけではないけど、言われていることは間違ってはいない。俺自身も【森番】の加護を授かってからというもの神龍ルクスへの信仰心は薄くなってしまっているから、厳かな気持ちで決闘に臨んでなんていなかったし……。
「なんでこんなに嫌われているんだろうとは思っていたけど、そういう事だったんだな……」
「神龍ルクス様、そして神龍ルクス様の分霊である我ら央人族の守護神、火龍イグニス様に捧げる決闘の儀だからな……」
王都民にとって俺の戦い方は許しがたい物だったみたいだ。だとしたら決闘士としての俺の評判が悪くなったのは、俺自身の行いのせいだからしょうがないのかもしれない。冒険者としての評判が悪くなったのは、受付嬢スーザンのせいだけどな。
「決闘ベッティングだって、払い戻し金と闘技場の維持費以外は全て大聖堂に寄進されてるんだ。俺達、決闘ファンが身銭を削って金を賭けるのは、全て神龍ルクス様と火龍イグニス様への信仰心からなんだ」
「いや、それは違うだろ。信仰心なら大聖堂に直接寄進しろよ」
「へへっ、まあちっとは見返りもねえとな。なぁ、嬢ちゃん」
「だよね! すごいんだよ! 今日だけで金貨1枚以上は稼げたの!」
「いやー嬢ちゃんの見立てはすごいな。決闘士の実力に、今日の調子だって一目で見抜いちまうんだから。俺が長年の闘技場通いで培った知識と経験に、嬢ちゃんの見立てが加わったら賭けを外す方が難しいぜ!」
「だね! ボビー! 決闘士武闘会で荒稼ぎしようー!」
「おう!」
「おいおい……1日銀貨1枚までって言ったよな? って聞いてないな」
まあいいか。識者の片眼鏡を手に入れて他人のステータスを見ることが出来るようになったアスカに決闘士通のボビーの知識が加われば大負けして素寒貧になるようなことも無いだろ。
いつの間にか敬語も使わないぐらいボビーと仲良くなってるみたいなのがちょっと気になるけど。
「よしっ! アル、俺がお前のふざけた評価を吹っ飛ばしてやるよ!」
「うん?」
「アルがあんな決闘をしたのはぜんぶ修行のためだったんだろ? 火龍イグニス様は闘争と戦略の神だ。力を得るための闘いは、決して信仰を汚すものじゃない。事情を話せば、俺の仲間はみんなアルの評価を改めてくれるさ」
「んー、正直言って王都に来てから嫌な思いしかしてないから、そう言ってくれるのは嬉しいけど……。まあ、適当に、な?」
「ははっ! 決闘士武闘会中は修行はしないで今日みたいに真剣に闘るんだろ? アルの実力を見て、真実を知れば、みんなアルのファンになるさ! 大船にのったつもりでいな!」
この大会が終われば決闘士は卒業することになるから、決闘士としての評価はわりとどうでもいいけど、後ろ指をさされるのは気分も悪かったしな……。ボビーの仲間内だけでも俺の事を悪く言わないでくれると、精神衛生上は良いか。
「あれ……そう言えば嬢ちゃんが薬師? アルは一角獣を乗り回してるって噂があったよな……。一角獣の螺旋角は上級万能薬の主原料で……嬢ちゃんが薬師……。ま、まさか、あの薬は!!?」
あ、一角獣の事も知ってるか。ならアスカが薬師と知ればおのずと辿り着くか……。
「おっと。入手経路は聞かないって約束だろ?」
「そ、そうだけどよ……」
そう言ってボビーはアスカの方をチラッと見る。アスカは『えへへー』と照れて微笑んだ。
おいおい。『あたしが作りました』って言ってるようなもんじゃないか。ボビーは信用できそうだから、アスカが製薬ったって知られても別に構わないけど……。
「おっ! アルじゃねえか。見てたぞ! 無事に勝ち進めてるみたいだな?」
ふいに話しかけて来たのはギルドマスターにしてA級冒険者。そして元Aランク決闘士で、セシリーさんのバカ親でもあるヘンリーさんだった。闘技場に来てたのか。
ちょうどいいや。製薬の話をうやむやしてしまおう。
「おかげ様で。ヘンリーさんに比べれば、苦労はしなかったですね」
「はんっ! 俺とまともに打ち合えるお前が、予選なんかで苦戦するわけねえだろ」
「まあ……そうですね。今日の相手は俺と同じCランクでしたし」
「ふん、似非Cランクが。冒険者ランクだって、とっととBに上げてぇとこなんだけどな」
「依頼をほとんど受けてないですからね。実績も無しにはムリでしょう?」
「ったく。一角獣の螺旋角をウチに納品しときゃあ、Bにだって引っ張り上げられたってのに」
「Cで十分ですって。まだまだ経験の浅い駆け出しですから」
「何を言ってやがる……この似非Cランクが。そう言えば今日はどうするんだ? 仕事も終わったし付き合ってもいいぜ?」
ふむ……うまく万能薬の件から話が逸れたけど、訓練か。明日も予選の続きがあるし、しかも初のBランク決闘士とやり合うわけだから無理はしたくないけど……。
「アスカ、いいか?」
「うん。不完全燃焼、って感じなんでしょ?」
「だな。ヘンリーさん、お付き合い願えますか?」
「ああ、もちろんだ。いっちょ揉んでやるよ!」
「はは。お手柔らかに。じゃあ、ボビー、用が出来たから今日はこれで。またな」
「あ、ああ」
なぜか表情が固まっているボビーに別れを告げ、俺達はヘンリーさんとともに闘技場の出口に向かう。後ろからボビーが小さく呟いた声が聞こえた。
「マジかよ……。あの『拳聖』の教えを受けてんのかよ……」




