第154話 優勝候補
ボビーが指差したのは赤銅色の鉄鱗鎧に身を包み、同じく赤銅色の髪を短く刈り揃えた偉丈夫だ。左目の目じりに深く刻まれた傷跡が、厳めしい印象を強めている。おそらく年齢は30歳前後かな?
「あいつはBランクの筆頭決闘士『重剣』のルトガーだ。両手剣を軽々と振り回して戦う、見ての通りパワータイプの剣士だな。護りに秀でた【騎士】の加護持ちだが、防御を固める事なんてほとんどねぇ。『攻撃は最大の防御』を地で行くヤツだ」
「真っ向勝負の戦士タイプか……」
「だな。アイツはアルと同じ冒険者で、Bランクとして十分な実績を上げているそうだぞ。今回の決闘士武闘会で優勝して、Aランク冒険者への昇格を目指してってる話だな」
へぇ、Aランクか。あのヘンリーさんと同じランク間近とはすごいな。
「昨年の大会では優勝者と準決勝でぶつかって、惜しくもベスト4で敗退している。その決闘が事実上の決勝戦なんて言われてたな。今大会の優勝候補の一人ってところだ。出来れば初戦ではぶつかりたくない相手だな」
「ふーん……。ちなみに、その優勝者ってのは今回は出場してるのか?」
「いや、今回は出てない。というか決闘士武闘会の優勝者は王侯貴族の騎士団の要職に迎えられる事が多いから、連続して出場することはほとんど無いな。ああ、昨年の優勝者はあいつだよ」
ボビーが指し示した男は貴賓席でマーカス王子と共に決闘を観戦していた。白銀の全身鎧に身を包んだ騎士だ。あれ……あの人は……?
「エドマンド・イーグルトン。昨年の優勝者でイーグルトン子爵家の……確か次男だったかな。優勝を機にミカエル騎士団の大隊長に抜擢されたよ」
「ああ…彼か。陛下に謁見した時に会ったな。」
「陛下に謁見したのか!? あ、そういえばウェイクリング家の使者だったんだよな、アルは」
彼は昨年の優勝者だったのか。さすがは近接戦闘では敵無しと言われるミカエル騎士団の大隊長を務めているだけはある。やっぱり王都騎士団は実力者が揃っているんだな。
「ああ、チェスターに現れた魔人族の報告に行ったんだ。そう言えば、その時にボビーの話題も出たな。一角獣の螺旋角の件で褒賞を与えるつもりだと陛下が仰っていたぞ」
「そうなんだよ! 今度の謁見式に招かれたんだ! 内々にとは言われているんだが、准男爵位に陞爵してくださるそうなんだ!」
「へえ、良かったじゃないか。おめでとう、ボビー」
「いやー! 全部アルのお陰だよ! 礼をさせてもらおうと何度かアリンガム商会を訪ねたんだが、いつも不在でさ。よかったら明日、予選が終わったら一席設けさせてもらえないか? セントルイス王国中の珍味を用意しておくからさ! そうだ、嬢ちゃんのために取って置きのアイスワインも用意しておくぜ!」
「えっ! ほんとに!? やったー! 行く行く!!」
「……お呼ばれするのは良いけどさ、アスカ、お前は禁酒だからな」
「うえぇっ!? ア、アイスワイン……だよ……?」
アスカが信じられない物を見るような目を俺に向けて愕然とする。いや、当たり前だろ。まだスーザンの一件から1週間も経ってないだろうが。
「知るか。反省が足りないみたいだから、禁酒は延長な」
「えぇぇ、ごめんなさいぃ……反省してるからぁ。アイスワインだけは……この世界、スィーツが足りなんだよぉ……」
「なに言ってもダメ」
「おいおい、どうしたんだよ。ずいぶん嬢ちゃんに冷たいじゃねぇか?」
「いや、実はな……」
俺はアスカの暴走からスーザンの減給までの一連の出来事をボビーに教えた。ボビーも俺の悪い噂は聞いていたようで、一角獣の捕まえ方なんかを教えると眉をひそめて同情してくれた。
「そういう事だったのか……。じゃあ俺がアルに依頼したのが、遠因ではあるんだな」
「いや、それは違うぞ? 俺はボビーから依頼を受けて、その報酬もちゃんともらってる。ボビーのせいじゃ無いさ。悪いのは、この酔っぱらいとギルドの受付だからな」
「ごめんなさいぃ……」
「ま、そういうわけで、食事には喜んでお邪魔させてもらうよ。でも、アイスワインは用意しなくてもいい」
「はは……、そういう訳なら仕方がねえか。嬢ちゃん、残念だが諦めな」
「あぁぁぁ……アイスワイン……」
「そう嘆くなって。かわりに甘味とか砂糖菓子でも用意しといてやるから」
「ほんとに!? うれしい!! ありがとボビーさん!!」
「……ちょっとチョロすぎないか、アスカ……」
なんかこのチョロさは先々が心配になって来るな。さすがに子供じゃないんだから、甘い物につられて攫われたりはしないだろうけど…………しないよね?
「おっ、アル! 見ろ! あそこにいる子も本戦出場が決まってる優勝候補の一角だぞ!」
急にボビーが俺の肩を掴み、ぐるりと身体を向けさせた方にいたのは見覚えのある女性だった。
「ああ、えっと……エルサ、だったっけ?」
「おう。そう言えばアルと会った時に決闘をしていたのは彼女だったっけな。神人族のBランク決闘士、エルサ。デビュー戦から破竹の勢いで連勝を続け、Bランクに上がってからも未だ負け無し。容姿端麗で、舞うように戦うその姿からついた二つ名は『舞姫』エルサ。半年前、唐突に現れた闘技場のニューヒロインさ」
「舞姫……か」
羨ましい二つ名だな。いや、二つ名なんてつけて欲しいわけじゃないんだ。でも『重剣』とか『舞姫』なんて、かっこ良さげじゃないか。俺なんて『泥仕合のアルフレッド』だからなぁ…。『処女信仰者』とか『小児性愛者』とか……。そう言えば『草むしり』とか呼ばれてたこともあったな。冒険者や決闘士は二つ名や称号をつけるのが好きなんだろうか?
呼ばれると恥ずかしかったけど『紅の騎士』って、良い二つ名だったなぁ。なんかウェイクリング領が懐かしくなってきた。まだ3か月とちょっとしか経ってないんだけど。
そんな事をぼんやりと考えながら離れた席に座るエルサを眺めていたら、ふと彼女と目が合った。彼女は俺の顔を訝し気に見つめ、何かに気付いたようにハッとして今度は目を吊り上げて俺を睨みつけた。
「……エルサ、なんかこっちを睨んでないか?」
「……睨んでるな。たぶん、俺を」
「なんかしたのか?」
「身に覚えがないけど……」
「ああ、例のウワサのせいか?」
んん……面倒くさいな……。女性なら、あんな二つ名を聞けば嫌悪感を抱いてもしょうがないのかもしれないけれど。
まったく……。早く一角獣の件が広まって汚名が無くならないかなぁ。とりあえずスーザンを煽っとくか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「【風衝】!」
「ぐぁっ!」
風の塊が衝突し対戦相手が吹き飛ぶ。追撃をかけようと駆け寄るが、審判員が間に入って試合を止めてしまった。ああ、気を失ってしまったのか。
「勝者、アルフレッド!」
「やったー! アルー!! かっこいーー!!」
俺が紅の騎士剣を鞘に収めると、アスカの大きな声が聞こえた。となりでボビーも両手を上げて手を打ち鳴らしてくれている。観客席からも、まばらにだが拍手が鳴った。
珍しいな。罵声じゃなくて、小さいとは言え拍手か。今日はこれで6戦目だけど、ダラダラとした試合運びをせずに、全決闘をものの数十秒で終わらせてるからだろう。罵声を浴びせられる謂れは無いもんな。
俺は対戦相手の様子をチラッと窺い、癒者が治療を開始したのを見届けてから闘技場を辞した。
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