第152話 昇格
「【氷…」
「甘いっ! そう簡単に撃たせると思うなっ!!」
「くっ……くそっ! 」
俺は魔法の詠唱を止め、暗殺者のスキル【暗歩】を発動する。ヘンリーさんの猛攻を躱しつつ、【瞬身】で敏捷性を向上させ、槍術師のスキル【跳躍】で大きく後方に飛んで距離を開けた。
すぐに間合いを詰めようとヘンリーさんが突っ込んで来る。近接戦闘じゃヘンリーさんには敵わない。できる限り間合いを取って攻撃魔法の集中砲火で……と、さらに後退しようとしたところで俺は失策に気付いた。
いつの間にか壁際まで追い詰められている!? しまった…!
「おらぁっ!」
「くっ!」
……スピードでは俺が上回ってるんだ! 例え距離を詰められようと、当たらなければどうということはない!
ヘンリーさんの放つ剛腕と蹴撃を盾で受け止め、剣で弾き、身を捩って躱す。このまま攻撃を捌いて隙を窺い、渾身の【牙突】か【魔力撃】を食らわせてやる。そう思った矢先に急に体が鉛のように重くなった。
やばいっ! 【瞬身】が切れた!? しまった……スキル修得を果たした【風装】と、習得したばかりの【瞬身】じゃ、同じ効果でも持続時間が全く違う。
まずい……すぐに再発動を……!
しかし百戦錬磨のヘンリーさんがそれを許すはずがない。
「【剛拳】!!」
「ぐぁっ!」
ヘンリーさんの剛腕を顔面に食らい、なぎ倒されて無様に地面を転がる。すぐに立ち上がって身構えようとするが、頭がグラグラと揺れて脚に力が入らず、立ち上がれない。
「チェックメイトだ。」
生まれたての小鹿のようにガタガタと脚を振るわせて立ち上がるも、歩み寄ってきたヘンリーさんに胸を軽く小突かれて尻もちをつく。
……またしても完敗だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「詠唱速度と威力は一流と言ってもいいだろう。だが魔術師としての立ち回りは半人前以下だな」
「そ、そうです……ね」
「盾役のいない魔術師が簡単に間合いを詰められてどうする。あまつさえ、俺の様な近接戦闘職と真正面から殴りあうなど無謀もいいところだ。普通の魔術師なら命を落としかねんぞ?」
ヘンリーさんの言う通りだ。剣士・拳士・槍使いなどの近接戦闘職は即座に発動するスキルばかりだが、魔法はそうは行かない。精神の集中と魔力の操作が必要な魔法は、相手と十分な間合いを確保しないと妨害されて発動する事も適わないだろう。
「魔術師としては異常なほどの俊敏さと頑健さがあるお前なら、間合いを詰められても対応可能かもしれんがな。だが、魔法を交えて戦うなら十分な間合いを保って戦う術を身に着けろ。敵との間合いだけでなく、周囲の起伏や障害物との距離を常に把握して立ち回れ」
「……はい」
「魔法よりも槍を主として戦った方が良いんじゃないのか? 昨日やりあった時の方がよっぽど手強かったぞ?」
そう……なんだよなぁ。剣や槍なら幼い頃から嗜んできたから、ある程度は使える。森番の加護を授かる前の未成年のころから、加護持ちとの模擬戦を繰り返して訓練していたからな。
でも魔法使いとしての実戦経験はほぼ無いに等しい。闘技場で逃げ回りながらろくに狙いも定めずに魔法を放ったり、身動きの取れない一角獣に向かって嬲るように魔法を当てたぐらいなものだ。スキルの慣熟のためというよりは、発動回数を稼ぐための戦いしかしてこなかったからなぁ……。
「さすがは武門の誉れ高いウェイクリング家の長子だ。魔術師でありながら、あれほど槍が扱えるとはな。槍を主体に魔法を補助的に使う戦術で、決闘士武闘会に挑んだらどうだ? それなら優勝だって狙えるぞ!?」
「そうですね。考えておきます。」
槍か……接近戦主体で戦えって意味だよな?
うん、大会では剣主体で戦うかな。使い慣れない魔法を使うよりはいいだろ。
紅の騎士剣と火喰いの円盾で、やれるだけやってみるか。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お疲れさまー! うっわーアザだらけだね。ちょっと待ってね、治しちゃうから。えっと、【薬草】っと」
「ありがとう。ヘンリーさんは強いな。いいようにやられちゃったよ」
「しょうがないよー。セシリーパパは現役のAランクの冒険者なんだって。しかも元Aランク決闘士で、決闘士武闘会で優勝したこともあるんだってよ?」
「そうなの?」
どうりで桁違いに強いはずだよ。闘技場で戦ったCランクの決闘士達とはまさに一線を画していた。観戦したことがあるBランクの決闘士にも、あれほどの実力者はいなかったと思うけど…。
「決闘士武闘会まで、あと5日か……」
【暗殺者】以外の加護は全て修得できた。万全の準備を整えられたと思ったんだけど、ここに来てヘンリーさんに課題を突き付けられた気分だ。
大会自体の勝敗はどうでもいいんだけど、あの魔人族が現れるかもしれないわけだしな……。たった数日だけど、魔術師としての戦い方を身に着けることを優先した方が良いかな……?
「んー、むしろ【暗殺者】の熟練度稼ぎを優先して、一つでも加護レベルを上げといた方が良いと思うよ。戦い方なんて短期間で身に着くものじゃ無いんじゃない?」
「それは……確かに」
「タンクも配置せずに魔法メインで戦うってこと自体がそもそも無理ゲ―なの。闘技場みたいな広い舞台ならともかく、修練所みたいに狭いフィールドじゃ詠唱してる間に殴られちゃうよ」
「ああ、そっか。だから最初にヘンリーさんと戦った時に【水装】以外は使うなって言ったのか?」
「そーだよー。熟練度稼ぎした方がいいってのもあったけどね。アルは魔法使うのにまだ慣れてないでしょ。セシリーパパがのんびり詠唱なんかさせてくれるはずないからね。じっさい【水装】を使う隙を見つけるので精一杯だっだでしょ?」
「そうだな……」
盾役か…ヘンリーさんも似たようなこと言ってたな。俺が得意とする、幼い頃からみっちりと叩き込まれた剣士としての戦い方。どっしりと構えて相手の攻撃を防ぎ、受け流し、弾き返す。
そういった人がいれば魔法スキルも使いやすいけど、一対一だしな。かと言って今から魔法使いとしての戦い方を身に着けるのも現実的じゃない。
「大丈夫だよ! まだ5日あるしね! 【暗殺者】のスキルはそう簡単に上がらないから、【瞬身】だけ集中的に熟練度稼いでスキルレベル上げとこう!」
そうだな。敏捷性が上がる【暗殺者】の加護を磨けば、剣士としての戦い方に『躱す』という選択肢も加えられるし、速さで上回れば戦闘を有利に進められる。
時間もあまり無いわけだし、出来ないことを出来るようにするよりも、出来る事をより上手く出来るようにする事に注力した方が良いか。
「アルフレッド様! 新しい冒険者タグのご用意が出来ました。どうぞ」
「あ、ありがとう」
修練所からロビーに戻って来たところ、スーザンが駆け寄って来た。気味が悪いぐらい態度が豹変している。
スーザンは減給処分は受けたけど、降格は保留となった。だが俺が望めばすぐにでも降格処分になるそうなので、ご機嫌取りに必死みたいだ。
「わお!ほんとにCランクになってる!!」
昨日、ヘンリーさんが俺と戦ったのはCランク昇格に値する実力があるかどうかの見極めの為という理由もあったらしい。
魔石の納品数や依頼の達成数が少なくても、Cランクまでならギルドマスターの裁量で上げることが出来るらしい。Bランク賞金首の青灰魔熊とCランクのキラーマンティスを同時に捕獲したDランク冒険者の報告を受けたヘンリーさんは、昇格試験を受けるように勧めようと思ったのだそうだ。
実際に会ってみたら件の冒険者がセシリーさんの手紙に登場したアルフレッドだと気づき、昇格試験にかこつけて俺を私刑に処したってわけだ。ほんっとにいい迷惑だ。
そのお詫びに、時間があう時は俺の訓練に付き合ってくれることになったから、良いけどさ。今日もさっそく付き合ってもらったし。
……というわけで、負けはしたもののAランク冒険者であるヘンリーさんと健闘した俺は、Cランク決闘士でもあったことから昇格となった。魔石を納品することが出来ない俺としては、素直にありがたい。
「何かお困りなことがあれば遠慮なく私にお声掛けください」
貴族の礼儀作法で深々と頭を下げてから受付に戻るスーザン。周囲の冒険者が何事かとこちらを見ている。
出来れば処女信仰者とかいうろくでも無い噂が収まってくれればいいのだけど……逆に新しい噂が流れてしまいそうだな。スーザンには普通に接するように言っておかないとな…。
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