第151話 処分
「ほら、スーザン」
「……申し訳ありませんでした」
ヘンリーさんに促され、あからさまに不服そうな顔で頭を下げるスーザン。絶対反省してないだろ、コイツ。
「一角獣の見つけ方の情報は正規の値段で買い取ろう。その情報を全冒険者に無料で教えることにする。その際にお前が生娘の募集をしたのは、一角獣を捕まえるためだったとギルドから説明しよう。そうすれば処女信仰者だとかいう噂は無くなるだろう」
「……だと良いのですけどね。でも良いのですか? 魔物使いギルドに無料で教えちゃいましたから、そのうち広まりますよ? その情報に価値は無いと思うのですが」
「ウチの職員が迷惑をかけた詫び料として受け取ってくれ。情報料として大銀貨5枚を支払わせてもらう」
「……そういう事なら、それでいいですけど」
大銀貨5枚、5万リヒトか。一人前と目されるD・Eランクの冒険者の月収ぐらいの金額だ。
一角獣と同じCランクの火喰い狼の討伐報酬は金貨2枚だった。あの時のオークヴィルは火喰い狼のお陰で切羽詰まった状態だったから討伐報酬をかなり上げていたはず。だとしたらCランクの討伐報酬は通常大銀貨5枚から金貨1枚ってとこだろう。
一角獣を見つけるための情報で大銀貨5枚なら妥当なのかな? 相場がよくわからないから何とも言えないけど、元からタダで教えるつもりだったんだからどうでもいいか。
「いいの、アル? そんな金額で納得しちゃって。処女信仰者とか小児性愛者とか嫌な事ばっかり言われたんだよ? 大銀貨5枚なんてアクセサリーの一つも買えないじゃん」
今まで黙っていたアスカが横やりを挟んだ。
「それにその人、ぜんぜん反省してないよ? とりあえずゴメンナサイしとけば良いやって感じしかしないもん」
それは確かにそうなんだけどな。嫌々ながら頭を下げているようにしか見えないし。でも貴族と揉めるのも面倒だし、形だけとは言え謝罪してるんだからもういいよ。
「……アナタは余計な口を挟まないで貰えますか? 在職中のみとは言え冒険者ギルドマスターは伯爵相当の地位にあり、私も子爵の子として貴族位にあります。この場において、冒険者でも無い貴方に、発言は許されていないのですよ」
スーザンはアスカを見下すように睨みつけてそう言った。ここに来て身分を持ち出すなんて、やっぱり反省してないな、こいつ。
「感じわるっ! じゃあ、あたしはもう話しませんー。でも、アルは喋ってもいいってことよね? 冒険者だし、伯爵の息子だしね!」
「……伯爵?」
ヘンリーさんとスーザンが声を合わせて俺を見る。
「アルの本名はアルフレッド・ウェイクリング。ウェイクリング伯爵家の長男だよ?」
「なにっ!?」
「……ええっ!?」
ああ……もう。面倒だな。実家の事なんて持ち出すつもり無かったのに。スーザンに張り合ってるみたいじゃないか。もう戻らないと言って、家を出たわけだし。
変な噂を流されたのには腹も立ってるけど、どうせ王都にはあと1か月もいないんだから、汚名返上なんて、わりとどうでも良かったんだけどな……。
「私の身分の事は、気にしないでください。もう、この件の事はいいですから」
「そ……その、た、大変申し訳ございませんでした……」
スーザンは顔を青ざめさせ、尻つぼみに声を小さくして謝罪する。まったく……相手が貴族だとわかったとたんにこれか……。
問題はギルドの受付の立場にある人が、一冒険者のことを悪し様に言ったり、情報を漏らしたりすることだと思うんだけど……。まったくわかってないなこの人は。
「アルフレッド、金額に納得できないなら再考させてもらう。スーザンに関しては、元から半年の減給と降格の処分をする予定だ」
「こ……降格!? 何故ですか!? 元はと言えば紛らわしいパーティ募集をしたり、ギルドを通さずに商会の直接依頼を受けたりしたアルフレッドさんに問題があるんじゃないですか!? なぜ私がそんな不当な処分を受けなくてはならないのですか!」
スーザンは処分が初耳だったのか驚きの声を上げる。それを聞いてヘンリーさんは呆れ果てたといった表情でスーザンを見る。
「セシリーの件で俺も冷静さに欠けていたから偉そうなことは言えんが、パーティ募集の件はお前がアルフレッドの趣味だと勘違いしただけだろうが。冒険者の情報をギルド職員が勝手に話すだけでも問題だ。悪評を広めるような真似など、言語道断。それはさっきも言っただろうが」
「そ、それは……」
ヘンリーさんが深いため息をついた。
「それにだ。冒険者は例えどんなに危険な依頼であっても自身が責任を負う。そのかわりに依頼を選ぶ自由を認められている。冒険者に特定の依頼や任務を強制することなど出来ん。一角獣の螺旋角調達の依頼を受けるも受けないもアルフレッドの自由だし、手に入れた魔物素材をどう扱うかもアルフレッドの自由だ。何の問題も無い」
へぇ。冒険者ギルドの依頼を無視してスタントン商会の依頼を受けたのは問題になるかと思っていたけど、そんなことも無いんだな。
ああでも、そうでもなきゃ冒険者ギルドとの関係が悪くなってしまうから、スタントン商会もギルドを通さず俺に依頼したりなんかしないだろうな。今までも、魔石や魔物素材の納品を強制されたりはしなかったから、それと同じことか。
「そ、そんな……でも降格なんて……なんとか穏便に……」
そう言えばスーザンは斜陽貴族の娘って話だったな。
スーザンとしては、一角獣の件で手柄を上げて昇進を狙っていたのだろうけど、今回の件でその目は無くなっただろう。さらに降格となったら、まさに泣きっ面に蜂だな。
「ヘンリーさん。俺は変な噂が無くなるようにギルドが対応してくれるなら、それでいいです。スーザンさんの処分までは求めませんよ。それに詫び料もさっき言ってた大銀貨5枚で結構です。それが正規の情報料なんでしょう?」
「ほ、本当ですか!! ギルドマスター! アルフレッドさんも、ああ言ってくれていますし、なんとか寛大な処置を……」
スーザンが縋るような眼でヘンリーさんを見て、深々と頭を下げる。ほんと、コイツは……。頭を下げるなら、まず俺にじゃないのか? ほんとに、どうしようもないな。
「いいのか、アルフレッド?」
「ええ。できれば揉め事は避けたいですし。それに俺はキラーマンティスと青灰魔熊の捕獲報酬をもらいに来ただけなんですよ? そろそろ解放してもらえませんかね?」
朝から闘技場に行って、その後にキラーマンティスの捕獲。続けて青灰魔熊の捕獲。リンジーと捕獲した魔物を送り届けて、冒険者ギルドに来てみたらヘンリーさんと決闘。
もういい加減にしてくれ。とっとと宿に戻って眠りたい。
「いいの? アル? アクセサリー代くらいは出してくれそうだよ? アルのアクセも買うつもりなんでしょ?」
「いいんだよ。詫び料なんて考えてもいなかったんだし。噂を消してくれるように努めてくれるなら、それで十分だ」
アスカがヒソヒソと話しかけてきたので、俺もこっそり返答する。
「それに……ギルドから詫び料をもらうなら、アスカからも貰わないとな? もともとアスカが酔っ払って変な募集依頼をかけたのがいけないんだからな?」
「うっ……それは……。で、でも、あたしたち、お財布一つじゃない? あたしが詫び料を払っても、同じじゃない……?」
「だったら、せめて反省を態度で示してもらおうか? さっきスーザンにどうこう言ってたけど、アスカが言えたことじゃないだろ?」
「うぅ……ごめんなさい。だって……何も覚えてないんだもん……」
「はいはい。酒癖悪いんだから、気をつけろよ? アスカは当分禁酒な」
「はい……ごめんなさい……」
そう言えば元々は俺とアスカの関係も酒の勢いから始まってるんだよな。
今回のは大失敗だけど……俺とのことは失敗じゃ、無いよな?
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