第149話 格上
冒険者ギルド王都支部の修練所の中央で、ヘンリーさんが白銀の手甲と胸当てを身に着け、腕組みして俺を睨みつけている。
「早くしなさい。ギルドマスター自ら訓練をつけてくれると仰ってるのよ?」
受付の女性が嘲るような笑みを浮かべる。いや、頼んでねえよ訓練なんて。私刑したいだけにしか見えないんですけど。
「嫌われているとは思っていたけど、ここまでとはね」
「Aランク冒険者との決闘かぁ。こんなイベント無かったはずだけど……」
修練所には大勢の冒険者達が詰めかけて、面白半分に騒いでいた。大半の人が俺を指さしたり、露骨に視線を向けてにやにや笑ったりしている。距離があるから聞こえないけど、どうせ泥だの処女信仰だのと好きなこと言われてんだろ。
「なんだかなぁ。闘技場で真剣に決闘をしてないってのは事実だから、決闘士として嫌われるのはまだわかるんだけど……」
「ホントだよね。なんで冒険者ギルドまでこんなにアウェーなのよ」
……大半はアスカのせいだと思うけど、それは指摘しないでおこう。
それにしたって、あの『処女募集』の掲示はたった二日程度で、すぐに取り下げたのだ。俺以外にも女性限定でパーティ募集をしている様な人もいるし、綺麗どころの奴隷を何人も引き連れたハーレム気取りの冒険者だっている。俺だけこんなにも嫌われているのが納得いかないんだよなぁ……。
それにヘンリーさんがあんなに怒っているのもよくわからない。確かに品のないパーティメンバー募集だったとは思うけど、ギルドマスターともあろう人がそんな事で俺を目の敵にするか? それが理由なら、そもそも募集の掲示を認めなければ良かったわけだし。
「……今さら言ってもしょうがないか。で、ヘンリーさんはやっぱり手強いのか? 見たところかなりの手練れって感じだけど」
「ん……強いよ? 見てみてー」
そう言ってアスカはウィンドウを宙に浮かべる。野次馬の注目を浴びてるから指差したりはせず、俺はウィンドウをのぞき込んだ。
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ヘンリー
■ステータス
Lv : 40
JOB: 拳闘士Lv.1
VIT: 1103
STR: 679
INT: 81
DEF: 617
MND: 103
AGL: 441
■スキル
格闘術・馬術
爪撃
威圧Lv.7・気合Lv.7
内丹Lv.5・心眼Lv.6・剛拳Lv.4
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「うっわ……。拳闘士……喧嘩屋の上位加護か。しかもこのレベル……さすがはギルドマスターだな」
「まあまあ強いよね。Aランクの決闘士なみに強いんじゃない?」
「まあまあって……」
パワーでも負けてるし、体力なんて俺の倍近くあるじゃないか。4桁のステータスなんて初めて見たよ。この体力を削り切るのは骨が折れそうだ。
どっちにしろ相手は今にも飛びかかってきそうなほど戦意むき出しなんだから、戦いは避けられない。ならば、ここ1か月以上も闘技場で訓練した成果をぶつけてみよう。
せっかく格上の戦士が俺の相手をしてくれるって言うんだ。胸を借りるつもりで全力で挑んでみようじゃないか。勝ちを拾えれば、冒険者ギルドに広がる俺の余計な悪評も払しょくできるかもしれないしな。
さすがに殺されるってことは無いだろうし。無いよね……?
「ヘンリーさんのスキルはどんな効果があるんだ?」
「【剛拳】はその名の通りマジ・パンチね。威力は魔力撃と同じくらいかな。スタンの追加効果があるから防御しないでパリィを狙った方がいいよ」
「ふむ」
「【心眼】はクリティカル率アップのスキル。効果時間は60秒くらいかな」
「なるほど」
俺もアスカが使う用語がだいぶわかるようになってきた。パリィは回避か受け流しって意味だったはず。クリティカルってのは効果的な一撃って意味だったと思う。心眼という名前から察するに、敵の癖や隙を見極めるスキルってところだろうか。
「それよりも、めんどうなのは【内丹】の方だね。【内丹】はMPをゆっくり回復するスキルなの。Lv.5ぐらいだと45秒ぐらいかけて、15パーぐらい回復しちゃうんじゃないかな」
「MPってのは魔力のことだったよな? それは……やっかいだな……」
訓練は決闘のルールでやるそうなので、俺も魔力回復薬で魔力を回復できるけど数には限りがある。ヘンリーさんの方は制限なく魔力の回復が出来るわけだから、戦いを長引かせるのはマズいな。
「なら魔法主体で戦うのが良さそうだな。幸い動きは俺の方が早そうだから、距離を取って魔法の連打だな。【気合】で体力を回復されても、削り切れるだろ」
ヘンリーさんは拳士だけあって魔法の耐性はさほど高くない。それなりに敏捷値が高いから【火球】・【岩弾】・【氷矢】あたりを直撃させるのは難しいだろうけど、複数の氷の礫を放つ【氷礫】を避け切ることは出来ないだろう。隙あらば効果範囲の広い【爆炎】を叩き込む。
あとは……そうだ。【威圧】で身動きを止められないように、【水装】を切らさないようにしないとな。
「……ってところかな? なんとか押し勝てると思うんだけど。」
俺は考えついた案をアスカに相談する。アスカなら俺の案の抜けや漏れを指摘し、的確な助言をしてくれるだろう……と思ったのだが……
「は? なに言ってんの?」
アスカがニヤリと笑って提示した案は俺の想像の斜め上を行っていた。
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結果から言うと、ヘンリーさんとの戦いは俺の完敗だった。
かなり善戦はしたと思う。なにせ相手は30以上もレベルが上の、本物の強者なのだ。防御力と敏捷性は俺の方が高かったが、力は負けてるし体力にいたっては2倍近く離されてる。
唯一の勝機は俺が大きく引き離している魔力と精神力だったのだが、魔法を禁じられては勝てるわけも無かった。
そう。アスカの助言は、『水装以外の魔法は一切使っちゃダメ』だったのだ。
「せっかくすっごいレベルが高い人と戦うんだよ? ここで熟練度を稼がないともったいないよ! だいじょぶ! 決闘のルールでやるってことは、闘技場と同じじゃん! がんばって!」
俺が使って良いのは槍術士のスキルのみ。こんな時にもアスカは、安定のアスカだった。
ヘンリーさんが振るう剛腕と蹴撃を、戦闘中に新たに得た【跳躍】スキルでとにかく飛び回って逃げる。しかし相手は熟練の戦士。逃げたり、躱したりしているうちに、いつの間にか逃げ場が無くなるように追い詰めてくるのだ。
致し方なく正面から打ち合うと、ガシガシとパワーで押し込まれてしまう。早さでは俺の方にやや分があったので、なんとか隙を突いて【牙突】を食らわせるのだが削り切れない。
ヘンリーさんも俺も【気合】を使って体力を回復させながら戦っていたので勝負は長引いた。でも、元の体力はヘンリーさんの方が遥かに高いのだ。結局はジリジリと体力を削られ、最後は【威圧】を使われて一瞬だけ硬直した隙に、【剛拳】を叩き込まれて意識を失った。
【牙突】と【跳躍】は、この一戦であっという間に修得に至ったから良いんだけどさ……。
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