第148話 王都支部ギルドマスター
「何やってんのよ、まったく」
「いやー、つい……な?」
好き放題に殴り飛ばされたのにイラついて、熱くなり過ぎた。部外者の目の前だってのに、修得済みのスキルを大盤振る舞いしてしまうなんて……。
ここのところ熟練度を稼ぐために思う存分に武器を振るう事が無かったし、陰口叩かれてばっかりで鬱憤がたまってたんだよなぁ。
もちろん、かなりの強敵だったから早急に片をつけたかったってのもあるんだけど。リンジーも危ない所だったし、アスカの安全を守らなきゃいけなかったわけだし……。
「挑発でヘイト稼いでくれたから、あたし達は手出ししない限り安全だったでしょ? 【牙突】の熟練度稼ぎだって出来たのに」
「……ごめん」
「べっつにあたしはいいんだけどねー。危険だから目立たないようにしようって言ったのアルだしぃー」
「面目ない……。リンジーは口止めはしておいたから、きっと秘密は守ってくれるさ……」
「あれが口止め? 脅した、の間違いじゃなくて?」
「人聞きが悪いな。あれは、お願いだよ」
捕まえた青灰魔熊をリンジーにタダで譲る替わりに、俺の加護の事を一切秘密にしてくれとお願いしただけだ。万が一秘密がバレたらブルーグリズリーの魔石をくり抜くぞ、と言ったら二つ返事で了承してくれたのだ。
「アルってたまにドライっていうか……怖い時があるよね。」
そうかな? 俺の加護の事を口外しないだけで、Bランクの賞金首の従魔がタダで手に入るのだから、むしろ優しくないか?
青灰魔熊をテイムしたのはリンジーだけど、魔物を瀕死状態まで追い詰めたのは俺だ。リンジーの従魔にしたいなら、それ相応の対価を俺に支払うのが当然。この場合、リンジーはBランク賞金首の魔石と素材に見合う金額を俺に払わなければならない。
秘密厳守とブルーグリズリーの取引。秘密をバラしたら、ブルーグリズリーを解体す。うん。何の問題も無い取引だ。
「女の子には優しくしなきゃダメだよー」
「特別な人だけ優しくすれば十分だろ? アスカには、いつだって優しくするさ。俺の特別だからな」
「うくっ……! 不意打ちはズルい!」
「ぐうっ!!」
アスカの鉄拳が脇腹に突き刺さる。ぐぅぅ……ガーネットのブローチのせいで腕力が上がってるんだから……いつもの調子で殴るのはやめてくれ……。相変わらず仕事しねぇな……騎士の加護ォ…。
「お待たせしました!」
脇腹をおさえて蹲っていたらリンジーが魔物使いギルドから出てきた。
魔物使いギルドは王都の外壁のすぐそば、平民街の端にある。スラムのど真ん中だから、おそらく土地代が安いのだろう。敷地面積はそれなりに広く、ギルドの屋舎だけでなく運動場や厩舎などの設備もある。
広い厩舎や禽舎には、たくさんの従魔がひしめいていた。ほとんどが馬や狼などの獣型か、鷹や鷲などの鳥型の従魔だ。魔物使いギルドの紋章が刻まれた太い首輪をつけた青灰魔熊は、厩舎の中でガルムと一緒に借りてきた猫のように大人しく座っている。
「でけえな……」
「嘘だろ……ヘルキュニアの森の主だぞ?」
「リンジーの従魔になったんだってよ!」
ブルーグリズリーの周りには人だかりが出来ていた。Bランクの従魔は、さすがに珍しいのだろう。一角獣に驚いていたぐらいだし。
「はいっ、コレがキラーマンティス、こっちがブルズの捕獲証明です! 冒険者ギルドの受付に提出すれば、達成報酬がもらえますよ!」
キラーマンティスの方は、既に闘技場に引き渡している。闘技場専任の魔物使いに従魔契約を引き継いだのだそうだ。
闘技場の地下には魔物専用の牢屋のような設備があり、魔物決闘の際には地下牢の檻が解き放たれて、地上の闘技場の舞台に出て来れる仕組みになっているらしい。
ちなみにブルズとはブルーグリズリーの名前だ。リンジーは青灰魔熊を従魔にしたことを殊の外に喜んでいて、従魔契約のすぐ後に名前を付けていた。青灰色のふさふさの毛を嬉しそうに撫でて、『かわいい!』と連呼していた。
名づけもしなかったキラーマンティスとはずいぶん対応が違う。まあ、すぐ闘技場に引き渡すし、魔物決闘で殺されてしまうのだろうから、名づけする意味もなかったのだろう。
熊の方は見ようによっては可愛くも見えるが、キラーマンティスは虫だしな。アスカも虫は得意じゃ無いから、近づきもしなかったし。
「お二人のおかげでわたしもBランクテイマーの仲間入りです! ありがとうございました!」
「どういたしまして。念のために言っておくけど、くれぐれも……」
「ひぃっ! わ、わかってます! アルフレッドさんの加護の事は絶対喋りませんから!」
「もうっ! アルっ!」
魔物使いギルドはたくさんの従魔を従えるか、高ランクの魔物を従えればランクが上がるのだそうだ。Bランクの魔物を従えたらBランクの魔物使いになるってことか。わかりやすい。オークヴィルの魔物使いギルド長のニコラスさんは、たくさんのワイルドバイソンやホーンシープを従えていたから、質ではなく数で高ランクになったのかな。
「冗談だよ。じゃあ、今日はありがとう。またな」
「ありがとねー。リンジーちゃん、またねー!」
「はいっ! お世話になりました! 今度、お礼にご飯しましょうね!」
「うんっ!」
さて、だいぶ日も傾いて来た。さっさと冒険者ギルドに行って、報酬をもらおう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「青灰魔熊!? しかもキラーマンティスまで……!! そんな……ウソでしょう!?」
冒険者ギルドの受付は例の女性だ。他にも受付はいたのだが、経緯がわかっている人の方が話が早いと思って彼女の列に並んだのだ。
受付に現れた俺に『捕獲依頼の辞退かしら? ペナルティは報酬の半額、大銀貨5枚よ』などと言っていたが、捕獲証明を2枚渡したらサーっと顔を青ざめさせた。わなわなと手を震わせ、書類に血走った目を走らせている。
「ウソだと思うなら魔物使いギルドに行ってみろ。リンジーっていう魔物使いが従えてる。今ならギルドの厩舎にいるぞ」
「い…いえ、確かに魔物使いギルドの正式な証明書……です」
「それなら早く報酬を出してよ。あんたに言われて仕方なく弱い者イジメしてきたんだから。早く宿に戻りたいんですけど?」
「はっ、はいっ! 失礼しました!!」
アスカがニヤニヤ笑ってそう言うと、受付女性は弾かれた様に立ち上がり、捕獲証明を掴んで事務所らしき部屋に走って行った。
「キラーマンティスとブルーグリズリーの捕獲だってよ!」
「嘘だろ…? あいつ、泥仕合のアルフレッドだろ」
「あの処女信仰者って噂の? いつも逃げ腰のヘタレって話じゃなかったか……?」
「ブルーグリズリーってBランクの魔物だぞ……!? しかも捕獲って……」
もう日も落ちて冒険者ギルドは依頼帰りの冒険者達で混みあっている。俺の後ろにも長い列が出来てるし、端にあるテーブル席では酒盛りをしている者達もいた。
その冒険者達が無遠慮に俺とアスカを見て、騒めいている。ちらっと目線を向けると皆が慌てて目線を逸らすが、俺が目線を戻すと再び視線が背中に集中しているのを感じる。
「ふっふーん。いい気味! あのオバさん、ほんっと感じ悪かったもんね!」
「オバさんって……あの人はそんな年じゃなさそうだぞ?」
「いいのー! 良い人はお姉さん、感じ悪い人はオバさんなんですー」
「確かに感じは悪かったな……」
「だいぶ注目されてるみたいだし、これで陰口叩く人も少なくなるんじゃない?」
「だったらいいけど」
そんな事を話していると強張った表情の受付女性が猫獣人の大柄な男性を引き連れて戻って来た。猫……じゃなくて獅子かな? かなりがっちりした体型で、頬には大きな刀傷が走っている。茶色の短い髪は、見るからに硬そうだ。
「あのブルーグリズリーを捕まえたらしいな! 若いのにやるじゃねえか!」
「どうも。なかなか手強かったですよ」
けっこうな強面だけど、顔いっぱいに浮かんだ笑顔からは、親しみやすい印象を受ける。
「アイツはけっこう前から討伐依頼を出してたんだ。街道までは出てこねえから放置してたんだが、助かったぜ。しかも捕獲しちまうなんてな! 闘技場に売ったのか?」
「いえ、同行した魔物使いに売りました」
獅子獣人の男がバンバンと俺の肩を叩きながら笑う。痛い。痛いって。身体もデカけりゃ、手もデカい。しかも至近距離なのに声までデカい。とても気さくな人のようだが、少しは加減してくれよ。
「ああ、俺はヘンリー。冒険者ギルド王都支部のギルドマスターだ。よろしくな」
おっと、そんな偉い立場の人だったのか。各ギルドのギルドマスターっていったら町の顔役として、領主や行政にも顔が効く立場だ。しかも王都支部のマスターってことは、それなりの権力を有しているだろう。本来なら一冒険者が気軽に会える人じゃない。
「これは、失礼しました。Dランク冒険者のアルフレッドと申します。こちらこそ、よろしくお願いします」
俺は軽く一礼する。顔を上げると、そこには鬼の形相へと変貌したヘンリーさんがいた。
「ぉお前が! アルフレッドかぁぁっ!!!」
え!? なんだ? 何かしたか、俺?
誤字報告、いつも助かります。
ありがとうございます。




