第146話 捕獲
「わ、わたしは、しょ、処女じゃありませんからね!」
今日のノルマを終えてから早めの昼食を済ませ、闘技場の前で魔物使いと待ち合わせる。正午の鐘が鳴り、約束通りにやって来た魔物使いの少女は開口一番にそう言ってのけた。
「もう、いい加減にしてくれよ。そのくだり」
「あ、あはは……。ご、ごめんね。」
申し訳なさそうに両手を合わせるアスカ。こういうのをニホンでは風評被害と言うらしい。風評って言うか……アスカのせいだけどな。
「こ、これは、一角獣!? こんなレアな魔物を従魔に!? ていうか、あなた【魔術師】なんでしょ? もしかしてあなたが【魔物使い】とか!?」
魔物使いの少女は馬丁が連れてきた一角獣に仰天して大声をあげた。一角獣の額には切り落とした角の根元が残ってるから、本職が見ればわかるか。一応は根元が見えづらい様にタテガミで隠してるんだけど……普通の馬に比べれば一回りも二回りも大きいしな。
「あたしは【薬師】だよー。この子はコレで言う事をきかせてるんだよねー」
アスカは一角獣の後ろ脚に嵌めた隷属の首輪を指さす。禍々しい文様が刻まれた首輪はかなり目立つので、一角獣の白い毛並みに合わせて白い油絵の具を塗りつけて見つけ難くはしてある。
「これって……隷属の魔道具? た、確かにコレを使えば魔物を従わせることが出来るって話だけど……どこでこんな物を……」
「言っておくが、違法な手段で手に入れたものじゃ無いからな。王家にも届け出て使用の認可ももらってる」
隷属の魔道具で魔物を従えることが出来ることは知られてるのか。魔物に詳しいであろう魔物使いギルドの中では常識なのかもしれない。
それなら、残り二つの隷属の魔道具を使って従魔を増やすのもいいかもな。手紙や書類を送るのに使われるという鷲や鷹型の魔物とか、贅沢を言えば飛竜なんかを従わせることが出来れば、かなり便利だし戦術の幅も広がる。
「そんな事より、一角獣の見つけ方、知りたくないか?」
今日一日だけとは言え一緒に行動するのだから身構えられ続けるのも嫌だし、魔物使いギルドに情報提供しておこう。ついでに俺の少女趣味だとか処女信仰者だとかいう風評被害を無くしてくれ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「そういう事だったんだ。それは災難だったね」
「ホントだよ。ただでさえ評判が悪いってのに」
「だからゴメンってー」
ヘルキュニアの森に到着し、俺達は徒歩でキラーマンティスが棲むという深部に向かう。魔獣使いの少女リンジーが乗って来た馬と一角獣は、森の中を上手く進めないので草原に放っている。今ごろ仲良く草でも食んでいるだろう。
「本当に一角獣の見つけ方を公開していいの? 特殊遭遇魔物の情報は冒険者ギルドでも高く買ってくれるんじゃないかな?」
「それだと情報が一部にしか行かないだろ? 情報をできるだけ広めて欲しいんだ。酷い風評も消せるかもしれないし。いいよな、アスカ?」
「もちろんです!」
「りょーかい。魔獣使い仲間に教えておくよ。薬師ギルドに教えるのもいいかもね」
「助かる」
「それにしても魔物が全然でないね。せっかくガルムちゃんを連れてきたのに」
ガルムちゃんというのはリンジーが連れているフォレストウルフの従魔のことだ。リンジーの脇にぴったりと付き従っている。
狼種だけあってかなり鼻が良いらしく、魔物を見つけたら鳴いて知らせてくれるとのことだったのだが、森に入ってから一度も鳴いていない。先頭を歩く俺が索敵を使って、魔物を避けているからなのだけど。
「そう言えば、あの一角獣はなんて名前なの?」
「あいつの名前は、エースだ」
「へえ、良い名だね」
「良いでしょ? あたしがつけたんだよ!」
アルフレッドとアスカの頭文字をとってエースにしたのだそうだ。頭文字から取るなら『ア』から始まる名前じゃないのかと思ったら、俺達の名前は古代エルフ文字では『A』から始まるらしく、エースとも呼ぶのだそうだ。
まさかアスカが魔法陣や古代遺跡に書かれている古代エルフ文字が読めるとは思ってもいなかったのでとても驚いた。全てが読めるわけでは無いそうだが大体の文字の意味はわかるのだとか。
王家の宮廷魔術師や魔術研究者ならいざ知らず、古代エルフ文字を解読できる人なんてそうそういない。それがニホンではほとんどの人が簡単な文字なら読めるというのだからさらに驚きだ。アイテムボックスやら加護に加えて、また一つアスカの秘密が増えてしまった。
「グルルルゥ……」
「あ、そろそろキラーマンティスの棲み処が近いみたい。気を付けて」
「了解」
「うん!」
既に俺も索敵で察知していたが、ガルムも唸り声をあげて警戒を促してくれた。
「会敵したら、俺が単独で突っこむ。アスカとリンジーは離れて、待機していてくれ」
「わかった。出来れば手足や触覚を損傷させないようにお願い。多少の傷は【魔物使い】のスキルで自己回復力を高めれば癒えるけど、さすがに手足は生えて来ないから」
「ああ、出来るだけ努力するよ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
(【牙突】!)
鋼の短槍の穂先をキラーマンティスの腹に突き刺す。白濁した液体が傷口から噴き出したが、キラーマンティスはそんな傷を物ともせず、甲皮に覆われた鋭い鎌のような前脚を振るう。俺は飛び退いて斬撃を避ける。
距離を置いて仕切り直し、再び【牙突】を放とうと身構えるが、キラーマンティスが前脚を振り上げて突進してきたため、横に飛び跳ねて躱した。思っていた以上に動きが速い。
ただでさえとんでもない瞬発力を持っているのだが、少しでも距離が開くと翅を広げて飛び上がり、間合いを詰めてくるのだ。空中から巨体の体重が乗った鎌の一撃を振るわれるのだからたまらない。
「【風装】!」
とは言ってもさほど手こずっているわけでも無い。速いとは言っても俺よりも頭一つ以上大きな巨体だし、瞬発力では負けても素早さ自体は俺も負けてない。
さらに風装を使えば俺の敏捷性は5割ほども強化される。キラーマンティスの攻撃を躱すぐらいわけない。
攻撃手段も鎌の振り下ろしと、突進からの圧し掛かりぐらいだから動きも読みやすい。あの前脚に捕まってしまえば背骨ごとへし折られてしまいそうだが、避けてしまえば後は大きな胸部と腹部に槍を突き刺すだけだ。
(【牙突】!)
面倒なのは突き刺しても突き刺しても意に介さずに攻撃を続けてくるところだ。おそらくだが、コイツには痛覚が無いんじゃないだろうか。
狼や猪、牛といった動物型の魔物は痛みを与えると、攻撃を避けようとしたり、動きも鈍くなったりする。だけどコイツは胸や腹に何度も孔を開けられても、血液らしき白濁した体液を垂れ流しながら襲い掛かって来るのだ。
あわよくば一角獣の時のように動きを鈍らせてから熟練度稼ぎの的になってもらおうと思っていたが、そこまでの余裕は無さそうだ。足を切り落としていいのなら出来なくも無いだろうけど、リンジーに手足は残すように言われてるし……。
仕方ない……熟練度稼ぎは諦めるか。せめて【牙突】を繰り返して削り切り、少しでも熟練度を稼ごう。さすがにあれだけダラダラと体液を垂れ流していれば、そのうち瀕死になって身動きが取れなくなるだろう。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
何度か【牙突】を繰り返したところで、不意にキラーマンティスはふらつき始め、音を立てて地面に倒れ込んだ。おそらく失血状態に陥ったのだろう。ビクンビクンと身体を震わせるキラーマンティスに、木陰に隠れていたリンジーが駆け寄った。
「【契約】!」
キラーマンティスの胸部にあてたリンジーの手が強く輝き、その光が身体に吸い込まれていく。
キラーマンティスの身体の内部が反応して光を放っているように見える。もしかして……魔石が反応しているのか?
「グルルルゥ!」
すると突然、リンジーの側にいたガルムが唸り声をあげた。それと同時に背後から総毛だつような咆哮が響いた。
「ギュォォォッツ!!!」
しまった……周囲の警戒を怠っていた!
振り返った俺の前にいたのは二本足で立つ、キラーマンティスよりもさらに大きな熊型の魔物だった。




