第145話 依頼
「薬草と魔茸の採集依頼の達成……ね。あなたDランクの冒険者なんでしょ? 採集依頼なんてGランクの初心者がやる依頼よ? 討伐依頼の一つでも受けたらどうなの?」
「当面は討伐依頼を受けるつもりは無いんだ。はい、これ」
運の悪いことに今日の受付は『処女募集』をした時の女性だった。最初に会った時の丁寧な対応が夢か幻だったかのように、不愛想な対応になった受付の女性に冒険者タグを手渡す。
あのパーティメンバー募集は取り下げたんだし、もういいじゃないか。まるで吐瀉物でも見るかのような目で俺を見るのは、いい加減に止めてもらえないかな。
受付の女性は俺の冒険者タグをチラッと確認して、数枚の大銅貨をテーブルにドンっと突き出した。初心者向けの依頼だけあって、報酬はかなり少ない。王都では一泊分の宿泊費にもならないんじゃないだろうか。
回復薬を作って商人ギルドに販売した方がよっぽどいい稼ぎになるから、採集依頼なんてほんとは受けたくも無い。だが冒険者ランクを上げるには最低限の依頼達成数が必要だと言われているから仕方なく受けている。
はっきりと明示はされていないが、ギルドへの魔石販売個数や依頼達成数が一定の基準に達することが冒険者ランクの昇格条件だと言われている。俺は魔物討伐で魔素を得たくないので討伐依頼を受けられない。そのため採集の依頼を受けているのだけど、はたして薬草類の採集なんかがCランクへの昇格にプラスになるのだろうか。
一角獣の螺旋角をギルドに出していればCランク昇格もありえただろうけど、薬草じゃ……ねぇ。あ、もしかしたらあれをボビーに回したことが知られて、冒険者ギルドの不興を買ってしまったのかもしれないな……。
「あ、あれ噂の泥仕合君じゃない?」
「ああ、あの処女信仰者ってウワサの」
「Bランク決闘士になれる実力はあるみたいだけど、弱い者イジメしたくてCランクにとどまってるんだって」
「うっわー。歪んでるわねー」
併設の談話スペースで酒盛りしている冒険者達の声が聞こえる。いったい誰の噂話だろうな。ロクでもないヤツもいたもんだ、まったく。
「魔物と戦う勇気も無い不能者ってウワサは本当らしいわね。魔石の一つも納品できない冒険者なんて要らないのよ。このタグ、返納したらどう?」
受付の女性が俺の冒険者タグを弄びながらそう言った。魔石ねぇ……D,Eランクの魔石なら納品してもいいんだけどな。ゴールドエイプとジェネラルゴブリンを倒した時に手に入れたCランクの魔石は、製薬の材料にするかもしれないから出さないけど。お金には困って無いし。
「ちょっと! 黙って聞いてれば言いすぎじゃない!? アルはその辺の魔物になんか負けないんだから!」
カウンターをバァンと叩いて怒りを露わにするアスカ。気持ちは嬉しいけど……もう用事は済んだから行こうぜ? こんな居心地悪い所に長居したくないし。
「あら。なら討伐依頼の一つでもこなして見せなさいよ。口だけなら誰でも言えるわ」
「うっさいわね! この辺の魔物なんてDランクが良いとこでしょ! アルは弱い物イジメなんてしないのよ!」
あ、さっきの陰口、聞こえてたのね。俺の闘技場での戦い方は弱い者イジメと評されてもしょうがないような気もするけど。
「ふーん。Dランクの魔物討伐が弱い者イジメねぇ。それならヘルキュニアの森でCランクの魔物の捕獲依頼が出てるわよ。受けてみたらどう?」
「Cランクの魔物だって、アルの相手じゃないんだから! Cランク決闘士だって余裕なんだよ! そんな討伐依頼なんて受ける意味は……って、え? 捕獲??」
ん? 捕獲? 討伐じゃなくて? 確かに捕獲依頼って言ったよな?
「ええ。捕獲依頼よ。闘技場で行われる決闘用の魔物の捕獲ね。それだけ言うなら受けてみせたらどう?」
そう言って受付の女性は嘲るように笑った。
へえ。決闘用の魔物は冒険者ギルドに依頼して用意してるのか。魔物決闘には出ないから気にもしてなかったけど、よく考えたら決闘士に殺された魔物は補充しなきゃいけないもんな。
「捕獲って……? 魔物をどうやって捕獲すんの?」
「魔物使いギルドから派遣される【魔物使い】と協力して捕獲するのよ。冒険者が魔物を叩いて弱らせてから、魔物使いがテイムして捕らえるの。魔物が動けなくなるくらいに弱らせる必要があるから、Cランク以上のパーティ推奨の依頼なのだけど……あなたにこなすことが出来るかしらね?」
受付の女性の言葉に、俺とアスカは顔を見合わせる。
討伐じゃなくて捕獲の依頼なのだ。つまり魔物を倒す必要は無く、弱らせるだけでいい。倒さなくていいから、魔素を得ることも無い。Cランクと評される魔物なら、それなりに強い魔物なのだろうから熟練度稼ぎも出来る。
これはまさに俺たち向けの依頼じゃないか!
目と目で会話して頷きあった俺達は声を揃えて受付の女性に言った。
「その依頼受ける!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
捕獲依頼のターゲットはキラーマンティスという虫型の魔物だそうだ。ヘルキュニアの森の奥深く、一角獣と遭遇した場所よりさらに奥に棲んでいるらしい。
体重150キロ、体高2メートルを超える巨体ながら、凄まじい俊敏性を誇る災害級の魔物。カマキリをそのまま大きくしたような魔物で、鎌の様な切れ味を持つ二本の前脚で獲物を捕らえ、ひとたび捕まったらまず逃げ出すことは不可能なほどの強靭な膂力を持つ。さらに強靭なアゴは人間の頭蓋などまるでチーズのように噛みちぎってしまうという。
……とは言ってもCランクの魔物なんだよな? あの火喰い狼やジェネラルゴブリンなんかと同ランクの魔物だったら、今の俺ならさほど苦労せずに勝てそうな気がする。アスカや魔物使いを連れて挑むわけだから、油断するつもりはこれっぽっちもないけどな。
「キラーマンティスぐらいアルなら楽勝だよ! 火属性と水属性の攻撃に弱いから、遠距離から魔法を撃ってれば簡単に倒せちゃうよ」
「いや、倒しちゃダメだろ……」
明日の正午に魔物使いギルドから派遣された魔物使いと落ち合い、そのままヘルキュニアの森に向かう予定になった。魔物使いは戦闘には一切加わらないみたいだが、自分の身は守れる程度の実力はあるらしい。護衛の必要があるならユーゴーに応援を頼もうと思ったが、その心配は無さそうだ。
「あ、ここだよ! こないだすっごいかわいいブレスレット見つけたの!」
以前にアクセサリーを購入したオークヴィルやエスタカーダと違って、王都には数多くの魔道具屋がある。それらの店を巡って気に入るアクセサリーを探すとなると、どれだけ時間がかかるかわからない。
今回は識者の片眼鏡を探して魔道具屋や雑貨屋を巡っていた時にある程度の目星はつけていたみたいだから、意外とあっさり済みそうだ。あの時みたいに何日もかけて、何軒もの店を巡らずに済むのは正直ありがたい。
アスカは買いもしないのに服やアクセサリーを見て回るのが本当に好きだからなぁ……。とても楽しそうだから、いいんだけど。アスカが『どう?似合う?』とか『どっちがいいと思う?』とか言ってニコニコ笑っているのを見てるだけでも、悪くない時間の過ごし方だよな。
結局、二つの店をまわって『ガーネットのブローチ』と『アメジストのブレスレット』を購入した。ザクロ色のガーネットのブローチは、アスカがいつも羽織ってる火喰い狼のローブについた紅いファーとうまく調和している。
アメジストの方は銀で縁取りされた小粒の石が何個も連なったブレスレットだ。ヴァリアハートで見つけた物の方が大粒だったとやや不満そうだったが、アスカの細い手首には小粒の方が似合うと思う。そう言うと、アスカは『そう? えへへ』とニヤついていた。かわいい。
さすがに物価の高い王都だけあって、あわせて金貨4枚を超えたけど必要経費ってことで。アスカは最近落ち込むことが多かったから、この笑顔が見れただけでも大金を使った価値があるさ。
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