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騎士とJK  作者: ヨウ
第四章 絢爛の王都クレイトン
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第143話 旅の終わり

「つまり……アスカさんが元の世界に戻るためには、魔人族を討伐する旅をしなくてはならない。アル兄さまは、その手助けをされている……ということでしょうか」


「うん……。そういうこと、だね。今まで黙っていてゴメンね」


 クレアが眉を寄せて深いため息をついた。


「そういうこと……だったのですか。魔法都市エウレカまでアスカさんを送り届けて戻って来ることも大変ではありますが……その旅だけでアル兄さまがウェイクリング家を捨てる決意をされたのが不思議だったのです。ようやく腑に落ちましたわ」


「すまない、クレア。アスカの能力は、危険極まりない代物だ。おいそれと口にするわけにはいかなかったんだ」


「ええ……そうですわね。神龍ルクス様に与えられた加護を書き換えることが出来る能力だなんて……前代未聞ですもの。【アイテムボックス】という能力ひとつとっても革命的と言える能力です。アスカさん一人を輜重部隊に編入させるだけで騎士団の進行を何倍にも早めることが出来るでしょうから……。わたくしどもの様な大規模商会にとっても、その価値は計り知れません」


「そ……そんなに?」


 クレアの言葉にアスカの顔が青ざめる。何度も説明したはずなのにな。俺の言葉は、大げさだと思われていたのか?


「数年でウェイクリング領に戻って来られるとは軽々しく言えない旅なんだ。相手はあの魔人族だからな。旅の途中で命を落としてしまう事だって十分に考えられる。俺が後継者になることを受け入れたら、ウェイクリング家は停滞してしまう。そんなわけにはいかないだろう?」


「そう……ですわね……」


 クレアはそう呟き、項垂れる。


「ごめん……ね、クレアちゃん。アルがあたしのせいで家に戻れなくなって……。クレアちゃんも、アルのお父さんやお母さんも悲しませちゃって……。でも、あたしはアルがいないと何もできないから……ぜんぶあたしの……」


「アスカさん」


 アスカが目に涙をためながら思いを吐露するのを、クレアが凛とした声で遮った。そして微笑みを浮かべて、アスカに向かって深々と頭をさげる。


「アル兄さまに加護を授けて下さって、ありがとうございます」


「え……?」


 クレアの言葉に、アスカは目をぱちぱちと瞬かせた。


「アスカさんの能力が無ければ、アル兄さまは今でもあの森の奥でたった一人で過ごすことを余儀なくされていたことでしょう。この先も何年も、何十年もずっと……。そんな運命を変えて、あの森からアル兄さまを解き放ってくださったのですもの。アスカさんには感謝しかありませんわ」


「クレアちゃん……」


 そんな風に……思ってくれるのか、クレア。なんというか、身に沁みる思いだ。思い返せば森番として過ごした日々で、聖域まで俺に会いに来てくれたのはクレアだけだった。俺は……クレアに励まされてばっかりだな……。


「でも……あたしのせいで、クレアちゃんはギルバードと……」


「アスカさん、わたくしはアリンガム家当主である父が決めた相手に嫁ぐのです。アスカさんのせいではありませんわ。それに、わたくしはギルバード様を嫌っているわけではありませんよ? 優秀な騎士であり、領民を守るためにあの魔人族にすら立ち向かう勇気のある方です。不満など、ありませんわ」


「…………クレアちゃん。でも、クレアちゃんが本当に結ばれたいのは……」


「ええ。本音を言えば、アル兄さまと結ばれたい……そう願っていますわ。幼い頃からアル兄さまの妻となることを夢見ていたのですもの」


「だったら……!」


「アスカさん」


 クレアはアスカに微笑みかけて、静かに言った。


「アスカさんはニホンという国の平民だということでしたから、セントルイス王国の婚姻習慣が理解し難いのかもしれませんが……貴族の結婚に当人の意思が反映されることなど、まず無いのですよ? 確かにわたくしはアル兄さまをお慕いしています。ですが、それ以前にわたくしはアリンガム家の長女なのです。領主であるウェイクリング家に嫁ぎ、その繁栄に努め、次代のアリンガム家当主が再び准男爵として叙任されるよう支援する。それがわたくしの役割であり、矜持なのです」


「…………貴族って……大変、なんだね……」


 アスカが俯き、首を垂れる。


「でも……本当ならアルは家に戻る事だって出来たんだよ? そうなったらクレアちゃんはアルと結ばれたんだよ? あたしのせいで、アルのお父さんやお母さんはアルと離れ離れになっちゃったし……クレアちゃんだってアルと結婚できなくなっちゃったんだよ? 全部あたしのせいなのに……」


 アスカは声と肩を震わせながら、そう言った。そんなアスカにクレアはイタズラっぽく、にっこりと微笑む。


「あら、アスカさん。わたくしはまだ諦めたつもりはありませんよ?」


「えっ……?」


 アスカはがばっと顔を上げ、キョトンとした目つきでクレアを見る。


「ギルバード様が正妻を迎え入れるまでは、わたくしと結婚することはありませんもの。今のところは、それらしい縁談は無いようですので……しばらくはギルバード様が結婚されることは無いでしょう。ですからわたくしがウェイクリング家に迎えられるのに、少なくとも1年半ほどは時間がかかるのではないでしょうか」


「う……うん……」


「それまでにアル兄さまがアスカさんとの旅を終えられて、チェスターに戻って来られるかも知れないではないですか。そうなれば、おじ様はきっとアル兄さまを後継者に選ばれます。わたくしが嫁ぐ相手もアル兄さまになりますわ」


「えっ……えっ……? でもアルは……あ、あたしと……」


 アスカが慌てた顔で、俺とクレアを交互に見る。


「アスカさんと? だってアスカさんはニホンにお帰りになるのでしょう?」


「うっ……それは……そうだけど……。でもアルは……」


「世の陰でうごめく魔人族の企みを挫くというアスカさんとアル兄さまの旅の使命はよくわかりました。その旅が無事に終えられることをお祈りしますわ。アスカさんが元の世界に戻られ、アル兄さまがチェスターに戻られれば、感動のフィナーレですわね!」


「えっ……えっ……えぇ!? ちょっと待ってよ! なんでそんな話になるわけ!? アルはあたしの騎士なんだから! クレアちゃんのじゃないんだから!」


「そうですわね。アル兄さまもそう誓っておられるようですから、旅の間は(・・・・)アスカさんの騎士ですわね。あくまでも旅の間は(・・・・)、ですけれど」


「うぐっ……それは……」


 おーおー。なんだかアスカがクレアに良いように言われちゃってるな。この話は俺もなんだかむず痒いし……この辺で助け舟を出しておくか。


「その辺にしておいてくれ、クレア。そんな先の事はまだわからないだろ? まずは世界を旅して、魔人族の企みを阻む。その後のことは、それから考える」


「うふふ。わかりました。ですが、くれぐれもお気をつけてくださいね。アル兄さまも、アスカさんも」


「……うん!」


「ああ。じゃあ、仕事中に邪魔したな。俺たちはこれで失礼するよ」


 そう話をまとめて、俺達はアリンガム商会を辞した。部屋を出る前にクレアがアスカに何事かを耳打ちしていたが……何を話していたんだろう。アスカが顔を真っ赤にしていたけど……。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「なんか……あたし空まわってたかなぁ」


「ん? クレアの事か?」


 アリンガム商会を出た後、俺達は一角獣を駆って王都近郊を二人乗りで試し乗りをした。初めての早駆けに疲れ果てたアスカとともに楡の木亭に戻り、部屋で夕食をとる。さすがアリンガム商会の勧める高級宿だけあって、食事は文句なしに旨かった。


「アル達とあたしの結婚観とか人生観が全然違うんだなぁって。あたしは家のためにとか考えたこと無かったし、結婚を親に決められるなんてとても受け入れられないもん」


「うーん……。セントルイス王国はそれなりに豊かな国だと思うけど、婚姻や家督継承は貴族であろうと平民であろうと、当主が決める事だ。個人が好き勝手に決められることじゃない。人が家に縛られることなく自由に結婚ができて、生きる事ができるというなら……ニホンはとても豊かな国なのだろうな」


 家の財産は後継者の総取りが基本だ。勝手気ままな結婚を許せば、家は分裂し、財は分散してしまう。だからこそ家を守る責任を持つ当主は、婚姻と家督継承を慎重かつ計画的に行わなければならない。


 ウェイクリング家の場合は俺が森番になったことで、計画がぶち壊しになってしまったんだよな……。未だにギルバードが独り身なのは俺のせいだとも言える。


 とにかく、ニホンで個人に自由な結婚が許されているのは、個人が容易に家を興す事が出来るほど豊かだということの証左と言えるだろう。


「そう、だったのかなぁ……」


 アスカはグラスに入った果実酒の最後の一口を飲んで、はぁ、と大きくため息をついた。


「……クレアちゃんは自分の事より、家の事とか、アルの実家の事とか、アルの事を優先して考えてた。あたしのせいで……とか思ってたのに、アルの加護の事でお礼まで言われちゃったし……」


「クレアがあんな風に言ってくれて、嬉しかったよ。クレアにも、ずいぶん心配をかけてしまっていたんだな」


 クレアは森番になった俺を励まし支え続けてくれた。俺があんな所にたった一人で、心を壊さずにいられたのはクレアのおかげなんだよな……。甘えっぱなしだな、俺は。


「ねえ、アル。無事に旅を終えられて、あたしが元の世界に戻ったら……アルはどうするの? やっぱりチェスターに戻るの?」


「さっきも言ったろ。そんな先の事はわからないって」


「えー? だって、どうするつもりなのかって気になるじゃん……。クレアちゃんのことも……」


 アスカが唇を尖らせ、頬を膨らませた。まったく何度も言ってるのに……。俺の気持ちも少しは考えてくれよ。


「だからさ、考えたく無いんだよ、そんなこと」


「考えたくない……?」


「旅が終わるって事は、アスカがニホンに帰るってことだろ? だからその先の事なんて想像したくも無いんだよ。アスカを護る。一緒に旅をする。アスカの願いを叶える。それが、俺の願いだ。その願いが終わった後のことだろう? だから……今は考えたくないんだ……」


 アスカは、はっとして顔を強張らせた。そして失敗したと言うように顔をゆがめて、俯く。


「……ごめん……なんか、あたし、また、空まわって……」


「いいんだ。謝らないでくれ。言ったろ? 俺はアスカと一緒にいられるなら、それでいいんだ。あの森から連れ出してくれた、アスカと旅ができるなら」


「ひぐっ……ごめ……ん……アル……」


 俺はアスカをぎゅっと抱きしめる。アスカの細い肩が細かく震えている。


「ごめん……ね。いっぱい迷惑……かけて。アルにも、クレアちゃんにも……」


「だから、謝るなって。迷惑になんて思って無いから、謝らなくていいんだ。ごめんじゃなくてさ……どうせならもっといい言葉があるだろ?」


 アスカの背中をさすり、ぽんぽんと頭をたたく。 アスカは一しきり俺の胸で涙を流し、顔を上げた。


「……アル、ありが……とう」


「ああ、どういたしまして」


 アスカは涙でぐちゃぐちゃな顔に、弾けるような笑顔を浮かべる。俺は、涙でぬれた唇に、そっと口づけを落とした。






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