第141話 暴露
(【魔弾】!)
「きゃぁっ!」
掌底打ちに見せかけて、最小限度に威力を抑えた【魔弾】を叩き込む。俺は衝撃で弾け飛んだ決闘士から距離を取り、ポーチから陶器の小瓶を取り出して少量だけ口に含んだ。
小瓶の中身はアスカ特製の猛毒薬だ。ドロリとした液体を飲み込んだ瞬間に、全身が倦怠感に包まれ、吐き気と頭痛に襲われる。
「ぐぅっ……【解毒】……【治癒】!」
【魔弾】と同じく魔力を抑えて発動した光魔法により解毒と体力が回復する。今日は魔術師らしいダボダボの安物ローブを身にまとっているため、回復魔法の発動による薄緑色の発光もごまかせているだろう。
「なめんじゃないわよっ!! 【岩弾】!!」
立ち上がった女が短杖を俺に向ける。今日の対戦相手は【魔術師】の加護持ちなのだ。
【喧嘩屋】の加護も修得間近なのだけど、今日は【癒者】に変更して熟練度稼ぎに勤しんでいる。紙防御の魔術師に喧嘩屋の【爪撃】を当てたら、一発で倒してしまいそうだからだ。
魔術師は、防御力や体力は貧弱だけど魔法に対する耐性は高い。遠慮なく打ち込めるというわけではないけど、少ない魔力で放った低威力の【魔弾】なら、ある程度は耐えてくれるだろう。【魔弾】は発動回数で熟練度を稼げるので、威力を抑えてとにかく回数をこなさなければならない。
俺は飛来する土の弾丸を冷静に火喰いの円盾で弾き、掌に魔力を集める。さらに攻撃魔法を打とうとした魔術師に接近して掌底打ち(に見せかけた【魔弾】)を放った。先ほどの展開をなぞるように、衝撃で地面に転がった魔術師からバックステップで間合いをとり、猛毒薬を少量口に含んでから【解毒】で毒状態を治す。
光属性魔法の【治癒】は繰り返し使用すれば少しづつ熟練度を稼げるが、【解毒】は毒や麻痺などの状態異常を治さないと熟練度を稼げない。
毒攻撃を使ってくる蛇型の魔物などを相手取って熟練度を稼ぐのが定石らしいのだが、残念ながら王都周辺には適当な魔物が生息していないらしい。仕方ないのでアスカの作った毒薬を飲んで、毒状態になった自分を治療するという作業を繰り返しているのだ。
『相手を弾き飛ばしては回復薬(に見えているだろう毒薬)をあおる』という戦いを延々と見せられている観客席は、いつものようにブーイングの大合唱だ。『毒薬を飲んで回復魔法を使う』隙を作るのは、なかなか骨が折れるため観客の罵声なんてぜんぜん気にならないけどな。
うん、ぜんぜん気になんてならない。ならないったら、ならないのダ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「アルー! おつかれー!」
「ありがとう、アスカ。今日の稼ぎは?」
「銀貨5枚ぐらいもうかったよー。相変わらずアルの決闘はオッズ低いからもうからないけどね! すっごいアウェーな感じなのに、みんな『アルが20分以上かけて勝つ』に賭けてるみたい。ある意味で人気者よね」
「はは。ある意味で、な」
一夜明けて、アスカは数日間も塞ぎ込んでいたのがウソみたいに、普段の明るさを取り戻していた。たぶん何もかもをクレアに打ち明けようと心に決めたからなのだろう。
そう言えば始まりの森で初めて会った時も、食事がろくに喉を通らないぐらい塞ぎ込んでいた。あの時も数日間は塞ぎ込んでいたけど、急に吹っ切れたように明るくなったんだよな。
アスカは落ち込むときはかなり落ち込むけど、長期間ウジウジと悩み続ける性分じゃ無いんだろう。俺の方がよっぽど、鬱々と長いこと悩み続ける意気地のないところがある。こういうところは見習うべきアスカの美点だよな。
「じゃ、クレアちゃんとこ行こっか」
「ん、そうだな……王都に戻ろう」
本音を言うと、クレアに打ち明けるのは反対なんだけど、アスカに譲る気はないようなのでもう諦めた。まあ口外しないようにお願いすれば、クレアは黙っててくれるだろう。たぶん。
そんなことを考えながら、アスカと一緒に一角獣にまたがってアリンガム商会の屋敷へと向かった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「アル兄さま、アスカさん、ごきげんよう。今日はどうなさったのですか?」
アリンガム商会に行き、クレアに面会を願い出たらすぐに時間をとってくれた。
「仕事中にすまない。込み入った話があるから、小一時間ぐらい時間を貰いたいんだけど大丈夫か? なんだったら都合のいい時間に出直すけど……」
「ちょうど一段落着いたところだったので、今からでけっこうですわ」
「そっか。なら3人だけで話がしたい。申し訳ないけど……」
俺がそう言うと、クレアは人払いをし、護衛についていたユーゴーにも部屋から出るように言った。
「これで1時間は誰もこの部屋に近づきませんわ」
「ありがとう。じゃあ、アスカ?」
「うん。クレアちゃん、ちょっと見ててね」
そう言ってアスカは、俺たちが向かい合って座っていた丸テーブルの上にあるティーポットに手を伸ばした。アスカの手が触れた瞬間に、ポットは煙のように姿を消す。
続けてアスカは皆の前に置かれた紅茶が注がれたカップ、丸テーブル、チェストなどを次々に収納していく。クレアは唖然として、その様子を眺めていた。
そしてアスカは部屋を埋め尽くすように水瓶を取り出していく。最後に先ほど収納した丸テーブルを取り出して、その上に回復薬を並べた。
「なっ、なっ、なんですの!? いったいどうなってるんですの!?」
「えっと……これはあたしのスキルっていうか機能っていうか……。【アイテムボックス】っていう能力? だよ。形があって動かせるものならだいたい異次元の空間に収納したり、取り出したり出来るの。水とか空気みたいに形が無いものは収納できないみたい。収納の空間がどこにあるのかは、あたしもわかんない」
そう言いながら出した水瓶や回復薬を再び収納し、さきほど収納したカップをテーブルに並べていく。アイテムボックスの中は時間が経過しないので、カップの紅茶からは湯気が立ち上っている。
「信じられません……かなり大容量のマジックバッグをお持ちなのだと思ってはいましたが……アスカさんの能力だったのですか……。ですがなぜ、わたくしに? このような希少な能力は秘匿すべきだったのではないでしょうか」
「んー。クレアちゃんにはホントのこと伝えておきたかったんだ。あたし、もう一つ能力があってね……アル、お願い」
「ああ。クレア、見ててくれ」
戸惑いを隠せないクレアを横目に、俺は腰につけた短刀を引き抜き、躊躇いなく左腕に突き刺した。
「ひっ!! アル兄さま!いったい何を!?」
「見ていてくれ、クレア。【治癒】」
薄緑色に輝きだす右手に照らされ、左腕の傷が癒えていく。
「これは……光属性魔法!! アル兄さま、まさか……【癒者】に!?」
「ああ……そうなんだけど……。アスカ、やってくれ」
「うん。【ユニークアイテム】オープン、始まりの短杖」
突然、宙に出現する白い石材で出来た短杖。短杖は一瞬だけ鈍く明滅し、パキッと音を立てて細かく砕け散る。
「【ジョブメニュー】オープン。うん、いいよアル」
俺は頷いて部屋の窓を開ける。そして窓の外、上空に向かって火魔法【火球】を放つ。
「今度は……【魔術師】?」
「ああ。さっきまでの俺の加護は【癒者】。そして今は【魔術師】だ。ヴァリアハートでは【騎士】で、チェスターでは【剣闘士】、オークヴィルにいた時は【盗賊】だった」
「そ、そ、そんな……そんな事、ありえませ……いえ、でもいま確かに光魔法を……」
クレアは目を白黒させながら俺とアスカを交互に見る。
「これが、もう一つのあたしの能力。【ジョブメニュー】だよ。アルの加護を変えたのは、神龍ルクスじゃない。あたしの能力なの」
アスカは静かにそう言った。




