第140話 アスカの決意
陛下との謁見が終わり、アリンガム家の馬車で楡の木亭に送ってもらった。アスカはだいぶ気分を持ち直したようで、柔らかい笑顔で俺を迎えてくれた。本調子とまではいかないけど、多少は元気になったみたいだ。
ユーゴーの身元、隷属の魔道具の使用、一角獣の使役などが保障されたこと。親衛隊に勧誘されたが、クレアがウソをついてまで断ってくれたこと。部屋で夕食を取りながら陛下との謁見のことを事細かにアスカに伝える。
「……そっか。クレアちゃんが……そんな事があったんだ」
「ああ。おかげで親衛隊入りは回避できたけど、決闘士武闘会には出ろってさ。魔人族を倒した者の実力が見たいんだそうだ。背後からの毒殺だって言い訳するわけにもいかなかったし。まいったよ……」
「いや、そっちじゃなくて……はぁ」
そう言うとアスカは俺をジトっとした目つきで俺を見て、深いため息をついた。
「……?」
「……決闘士武闘会はもともと参加する予定だったでしょ?」
「え、そうなのか? 決闘士武闘会で出てくるはずだった魔人族はチェスターで倒したんだから、参加する必要は無いんじゃないのか?」
「それはそうだけど……あの灰色ローブ、グラセール・グリードが代わりに出てくるかもしれないじゃん」
「うーん……そうかもしれないけど……。でもさ、そもそも魔人族はなんで決闘士武闘会に出てくるんだ? 腕試し?」
「そんなわけないじゃん。言ったでしょ? 魔人族は世界中の重要人物の命を狙ってるって」
「ああ、チェスターではギルバードを狙ったみたいだったな。じゃあ王都では……」
「クレイトンの重要人物って言ったら、王様とマーカス王子しかないじゃん。決闘士武闘会の決勝には二人そろって観戦に来るから、決闘士に紛れ込んで暗殺しようとするって筋書きね」
なるほどね。いかに魔人族と言えども、この王都の中で陛下や殿下の命を奪うなど難しいだろうからな。
例え魔物の大軍を率いて王都を襲ったとしても、三重の城壁と王家騎士団が護り抜くだろう。潜入と暗殺を試みたとしても、陛下や殿下の周囲は常に親衛隊が目を光らせている。だからこそ実戦演習で王都を離れていたマーカス王子を狙ったのだろうし。
「なら、陛下や殿下に魔人族が狙ってくるかもしれないから決闘士武闘会の観戦に来ないようにって進言してみようか」
「言ってもいいと思うけど、信じてもらえるかな? それに王様やマーカス王子も、魔人族が狙ってるかもしれないからって、ずっと王都を離れないってわけにもいかないでしょ? むしろWOTの展開通りに、決闘士武闘会で襲ってくるところを狙い撃ちした方が良いんじゃない?」
確かにそうかもしれない。殿下が一度襲われているんだから、俺がわざわざ進言しなくても親衛隊だって相応の警戒はするだろう。こっちだって相手が来るってわかっているなら、準備もしやすい。
「じゃあ予定通り当面は加護の強化に努めて、万全の態勢で決闘士武闘会に臨むか……」
「そうだね。そんな事よりさ……その……クレアちゃんは、どう……だった?」
アスカが眉を寄せ、心配そうな表情で言った。
「クレアが? 普段とそう変わらなかったけど……?」
「だって……王様にウソまでついて庇ってくれたんでしょ?」
「ああ。もちろん礼は言ったけど……気にしないでって言ってたぞ?」
「…………はぁ。アルに聞いたのが間違いだったわ」
「なんだよ、それ。ホントにいつも通りだったんだって」
「そんわけないじゃん! あんなにアルのことを一途に想ってるのに……」
「一途にって……そりゃあ俺とは長い付き合いだけどさ……」
「……はぁ。もういい」
アスカは呆れたように左右に大きく首を振った。
「ねえ、アル。あたし、決めた。クレアちゃんに、全部打ち明けたいと思うの」
「全部って?」
「全部よ、全部。あたしのことも、旅の目的も、加護のことも、全部」
「それは……」
俺はアスカの言葉に思わず絶句してしまう。アスカの素性や加護のことを全部……?
それはいくらなんでもマズい。いや、クレアの事を信用してないわけじゃ無いんだ。
でもアスカのスキルは世界の常識を覆すと言ってもいいくらい異常なものだ。上級万能薬のような霊薬でも一瞬で作り上げてしまう薬師顔負けの【調剤】。どんな物でも自由自在に収納し、取り出すことのできる【アイテムボックス】。人の能力を丸裸にしてしまう【ステータス鑑定】。そして、最も異常なのが、神龍ルクスに与えられる加護すらいとも簡単に書き換えてしまう【ジョブメニュー】。
もし秘密が漏れてしまったら、アスカは様々な勢力に身柄を狙われてしまうだろう。陛下のような権力者、成人の儀を執り行う聖ルクス教会、マフィアや暗殺者ギルドの様な地下勢力もアスカの力を狙うに違いない。
アイテムボックスだけでも、商人達にとっては垂涎の的だろう。ジョブメニューの事なんて、絶対に公表出来る事じゃない。秘密の共有なんて、アスカの騎士である俺としては、とても容認できることじゃない。
「……ダメだ。万が一、アスカの能力が漏れてしまったら大変な事になる。王家に捕らえられることだって考えられるし、教会に背信者扱いされる可能性だってある」
「それはそうかもしれないけど……でも、クレアちゃんには伝えないといけないの。秘密にしてってお願いすれば、クレアちゃんは他人に話したりしないよ」
「俺もクレアが話してしまうなんて思ってない。でも、秘密が漏れる可能性は出来るだけ排除すべきだ」
「いいの。あたしはクレアちゃんにもう隠し事はしたくないの」
「だけど……」
「お願い。わかって」
アスカが真剣な表情で俺を見つめる。
「クレアちゃんは、あたしのせいで小っちゃい頃から大好きだったアルの事を諦めなくちゃいけないんだよ? それなのに、あたしのために王様にウソまでついてくれたんだよ? あたしはクレアちゃんに隠し事なんてしたくないの。あたしのワガママにアルを付き合わせてるのに。あたしのせいでアルは家族と離れ離れになってるのに……。あたしのせいでクレアちゃんはギルバードと結婚しなきゃいけないのに!」
大きな瞳に涙をためて一気にまくしたてるアスカ。
そうか……だからアスカはあんなにも落ち込んでしまっていたのか……。何もかも自分のせいだと、自分を責めて……。
「……元々、俺は家族と離れていたし、クレアはギルバードに嫁ぐことになってた。アスカのせいなんかじゃないよ」
「それもわかってる! でも! あたしがアルの加護を変えたから! クレアちゃんにまた期待させちゃって、また諦めさせちゃったんだよ!? あたしのせいで、クレアちゃんは二度も傷つかなきゃいけなかったんだよ!?」
「……確かに小さなころからクレアと俺は仲が良かったから、クレアも俺との結婚を望んでくれていたんだろうけど……。だけど、クレアの婚姻はウェイクリング家とアリンガム家の間で決めることだ。クレアだって貴族の娘なんだ。立場と使命は理解しているさ」
「貴族だなんて関係ないでしょ!! クレアちゃんは一人の女の子としてアルが好きなの! 愛してるの!! なんでわかんないの!!」
アスカは段々と声を荒げ、ついには叫ぶようにそう言った。
「あたしについて来てくれて、あたしを守ってくれて……アルには本当に感謝してる……。アルがあたしのこと大事にしてくれてるんだってこともわかってる。でもアルをあたしの都合に巻き込んだことで、クレアちゃんを……アルのお父さんもお母さんも、ギルバードだって傷つけちゃったんだよ……」
ぽろぽろと大粒の涙を流すアスカ。
「クレアちゃんはあたしの顔なんて見たくないかもしれない……。あたしの話なんて聞きたくないかもしれない……。でも……それでも……あたしを選んでくれたアルの気持ちを……尊重してくれたクレアちゃんに嘘なんてつきたくないの……」
そう言って涙をぬぐうアスカ。
「神龍ルクスの思し召しとか……そんなウソで誤魔化したくない。あたしの都合にアルを巻き込んでるんだって……。クレアちゃんが恨むのは、運命とか神龍ルクスじゃなくて、あたしなんだって……ちゃんと伝えたいの……」
アスカは顔を上げ、俺の目を見据えて微笑んだ。




