第139話 クレアの虚
「決闘士武闘会ですか……?」
「うむ。トーナメント方式でBランク以下最強の決闘士の座を争う決闘大会だ。優勝者には賞金以外に二つの特典が与えられる。一つはAランクへの昇格だ」
「Aランク昇格……」
うーん。最強の決闘士なんてものに興味は無いし、これ以上ランクを上げるつもりも無いからAランク昇格の特典と言われてもなぁ……。
ちなみに俺は現在Cランク決闘士だ。同一ランクで10勝を上げれば、Bランクで勝率が最も低い決闘士との入れ替え戦に挑戦することが出来る。
実は既にCランク全戦全勝で11勝をあげているのでBランクへの入れ替え戦の挑戦権はあるのだが、俺はあえて挑戦していない。Bランクの決闘は週1,2回しか開催されないからだ。
王都では高ランク決闘士の社会的地位は非常に高い。Bランクにもなれば貴族の私設騎士団や豪商の用心棒として雇用されたり、好条件の指名依頼がひっきりなしに舞い込んだりするらしい。そのためBランク以上の決闘士は実入りの良い本業に時間を取られ、あまり決闘をしなくなるのだ。
俺が決闘をする理由はあくまでも熟練度稼ぎであって、名誉や社会的地位の獲得じゃない。週1,2回しか決闘が開催されないBランクになってしまうと熟練度稼ぎの効率は著しく落ちてしまう。だから敢えて入れ替え戦に挑戦していない。
そのおかげで『Bランクに挑戦せずCランクで弱い者いじめをする卑怯者』って批判されているのだけど……。まあ、今さらいくつ汚名が増えたところで、どうでもいい。
処女信仰者とか幼女趣味とか呼ばれるのに比べれば、どうでもいいことだ。どうでもイインダ……泣イテナンカナイ。
「そして、もう一つの特典は王家親衛隊への入隊資格だ。本来なら王家親衛隊は、騎士団で従士としての下積みを経て騎士となった者が、厳しい選抜試験をくぐり抜けられなければ入隊を許されない精鋭部隊だ。親衛隊への入隊は王家の盾としての栄誉や名声が得られるだけでなく、在任中は准男爵位としての地位も与えられる」
なるほど、Aランクの決闘が年に数回しか行われないのはそのためか。親衛隊員になったのなら決闘にかまけていることなんて出来ないよな。
それにしても准男爵か。平民がなることの出来る貴族の最高位だ。トーナメントを勝ち抜くだけで、バイロン・アリンガム卿に並ぶ爵位に叙されるのか。
「チェスターで魔人族を打ち破り、マーカスの命を救ってみせた其方は親衛隊に相応しい戦士と言えるだろう。優勝は出来ずとも、好成績を修めれば親衛隊入りを認めよう。そうだな……四強以上を目指してくれ」
むむむ……陛下は俺を親衛隊に迎え入れたいわけか。光栄なことだな。
Bランク以下のトーナメントなら、おそらく勝ち抜けるとは思う。優勝者のみに与えられる栄誉であるところを四位以内でもいいと仰っているのだ。一戦士なら非常に有り難い話なんだろうけど……。
うーん、困った。俺はアスカと旅をしなくてはならないから親衛隊になどなれない。どうやって、断ったものか…。
「陛下。アルフレッド殿はウェイクリング家の長子でいらっしゃいます。世継ぎとなる方が親衛隊員となることは難しいのではないでしょうか」
返答に困っていたらエドマンド大隊長が助け舟を出してくれた。たすかった! ありがとうエドマンドさん! ナイスフォロー!
「いや、アルフレッドはウェイクリングの跡取りでは無い。次男のギルバードが後継と聞いておる。詳しい事は知らんが、おそらくは加護のせいだろう。アルフレッドは剣も使えるようだが、加護は【魔術師】だからな。ウェイクリング家は騎士家系ゆえに、剣士の加護を持たぬ者を後継には選ばなかったのであろう」
マジか……さっそく言い訳が潰された……。しかも俺が【魔術師】を名乗っていることもご存知なのか。なら決闘士をやっていることも当然知っているだろうし……。
どうしよう……。陛下の不興を買わず、ウェイクリング家に迷惑を掛けず、穏便に親衛隊入りを断る方法は…。
「陛下。畏れながらアルフレッド様には親衛隊に入隊することが出来ない理由があるのです」
そこで今まで黙っていたクレアが突然に口をはさんだ。
ま、まさか……この場で俺がウェイクリング領に戻って後継者になるとか言い出すんじゃないだろうな……。陛下の御前だぞ!? ちょっ……待てよ……
「『黒髪の聖女』をご存知でしょうか?」
……………ん??
「……アイザックの書簡にあった二つ名だな。アルフレッド、ギルバードとともに魔人族や魔物に立ち向かい、戦場で多くの者を救った癒者だとか。それがどうした?」
「黒髪の聖女殿は魔人族の撃退後も、チェスターの民の治癒に務めくださいました。スラムにも出向かれ、回復薬を買うことも出来ず、教会にもかかれない民を、傷病の大小にかかわらず無償で癒してくださったのです。まさに聖女の二つ名に相応しいご活躍でした」
んーーなにこの展開? クレア突然どうした??
「ふむ……それで?」
「それだけの働きをみせた黒髪の聖女殿ですが、驚いたことに彼女の加護は【癒者】や【導師】では無かったのです。彼女は【薬師】。恐らくはその上位加護である【錬金術師】です。彼女は惜しげもなく、チェスターの貧しき民に高価な回復薬や解毒薬を与えてくださいました。そして……マーカス殿下が服用された上級万能薬も聖女殿が錬成された物なのです」
「なんと……!」
だからアスカのことも褒めてってこと? 気持ちは嬉しいんだけど……どんな意図が? というかこの話の流れで、ナゼ今アスカ?
「陛下、ここからが本題です。黒髪の聖女殿の名はアスカ・ミタニ。旅の薬師を名乗っておられますが、その素性はアストゥリア帝国、魔法都市エウレカの貴族『ミタニ家』のご令嬢でいらっしゃいます」
「ほう……」
ホントかよっ!! アスカがアストゥリアの貴族!? なんでそんな事をクレアが知ってるん……って、いや、アスカの出身はエウレカじゃなくて……ニホンなんだけど……。さっきから何を言ってるんだ、クレア?
「黒髪の聖女殿は貴族としての立場を隠し、お忍びで薬師の修行の旅をされていらっしゃったのです。偶然にもアルフレッド様と知り合われ、魔人族の撃退のみならず傷ついた民の救済にも尽力してくださいました。黒髪の聖女殿はチェスターの……いえ、ウェイクリング領の救世主とも言えるでしょう。ウェイクリング家当主アイザック伯爵閣下はその恩に報いるため、長子でありチェスター随一の戦士であるアルフレッド様を護衛として旅に同行させることとされたのです」
クレアは一気にそう言ってのけた。
「そうであったか……」
唸る陛下。それにしても……クレア、お前……まさか陛下の御前で……。
「聖女殿の修行の旅を見届けることはアルフレッド様の使命です。どれだけの年月がかかるかもわからない、長い旅となるでしょう。陛下のご厚意には心より感謝を申し上げますが、アルフレッド様には成すべき使命がございますゆえ……親衛隊入隊の栄誉は辞退させて頂きたく存じます」
「……そのような事情があるならば、致し方無いか。アルフレッド、すまぬな。さきほどの話は忘れよ」
「いえ……ご期待に沿えず、申し訳ございません」
アスカのチェスターでの活躍自体は嘘偽りない事実だ。そしてクレアにはアスカの出身地はアストゥリアのエウレカだと言っているから、クレアは嘘をついているわけじゃない。
ニホンでは全ての民に家名があるとアスカに聞いた。だが、こちらでは家名があるのは基本的に貴族だけだ。だからクレアは、アスカ・ミタニという名を聞いてアストゥリアの貴族だと誤認しているのだろう。
だが、父上の依頼で俺が護衛についたのは……アスカではなくクレアだ。確かにクレアはアスカの護衛とは一言も言っていないけど、文脈からすれば当然アスカの護衛と受け取られるだろう。
さすがに無理があるか。クレアは陛下に虚を吐いたのだ。俺とアスカの旅のために。




