第138話 謁見
「失礼します。ウェイクリング伯爵の使者をお連れしました」
「入れ」
案内の騎士が扉をノックして入室の許可を求めると、執務室の中から低音の深みのある声が返ってきた。騎士が美しい彫刻の施された分厚い扉を開いて執務室に入り、その後ろを俺、クレアの順で続く。
執務室は左右の壁一面が書架になっていて、豪華な背表紙の本が隙間なく並べられていた。正面奥には重厚感のある机があり、骨太でがっちりした体格の男性が椅子に腰かけて、何かの書類を読んでいる。カーティス・フォン・セントルイス国王陛下、その人だ。
「陛下、お待たせいたしました。ウェイクリング家の使者アルフレッド・ウェイクリング殿とアリンガム家の使者クレア・アリンガム殿です」
「お初にお目にかかります。アイザック・ウェイクリングの長男、アルフレッドと…」
「ああ、格式ばった挨拶はいらん」
片膝をついて挨拶をしようとした俺を制止し、陛下は柔らかな微笑みを浮かべてそう言った。
「アルフレッド・ウェイクリング、クレア・アリンガム、遠路はるばるご苦労だったな」
「恐れ入ります」
「二人とも、そう緊張するな。アルフレッド、アイザックは息災か?」
「はい。お陰様で大過なく過ごしております」
「そうか、それは何よりだ。クレア、ウェイクリングの絹織物をもらったようだな。あれは良い物だ。妻達も喜ぶだろう」
「恐悦至極に存じますわ、陛下。父も喜ぶことでしょう。」
俺はもちろんクレアもお会いするのは初めてだったが、陛下はどうやら気さくな方のようだ。まさか、名前で呼んでくださるとはな。
さすがに謁見の間で高位貴族たちに囲まれて謁える……なんて時にはこうも気さくにはいかないだろうけど、陛下のお気遣いのおかげで緊張で強張った身体が少し解きほぐされた気がする。
「アイザックの書簡は読ませてもらった。まさかウェイクリング領にも魔人族が現れていたとはな……」
カーティス陛下は眉根を寄せ、思案顔でそう言った。
「それにしても……弟とたった二人で魔人族を討伐するとはな。さすがは武功で鳴らしたウェイクリング家と言ったところか」
おっと……そんなことまで親書に書いていたのか、父上。背後から毒殺しただけって言い訳したいところだけど、そう言うと父上の顔を潰してしまうかもしれないしな……。うーん。
「アーヴィンからの手紙にも魔人族の関与が疑われる襲撃事件があったと書かれていた。詳しい話を聞かせてくれ」
アーヴィン……ああ、エクルストン侯爵か。侯爵の手紙は読ませてもらったけど、盗賊とマッカラン商会の関わりを詳しく書かせたから、あの襲撃事件の事はそこまで詳細には書いてないもんな。
「はい。魔人族だと確定したわけではありませんが……」
俺はヴァリアハートでマッカラン商会から襲撃を受けた際に、怪しい灰色ローブの男に強襲されたことを詳しく伝えた。ついでにユーゴーのことも『魔人族と関わりのあった奴隷商に、隷属の魔道具で無理やり従わされていた女性を保護している』と触れておく。
「水属性魔法を操る魔人族か。おそらく、其奴は……」
そう言って陛下は背後にまわった騎士に目を向けると、騎士はゆっくりと頷いた。
「ええ。マーカス殿下を襲った魔人に違いないでしょう。あの狼藉者も、水属性魔法を巧みに操っておりました」
ボビーが言っていた、実戦演習を行っていたマーカス殿下が魔人族に襲われた件か。どうやらその場に、この騎士もいたようだ。魔人族に襲われた小隊は壊滅したって話だったから、駆け付けて殿下をお救いした小隊の方にいたのかな? 俺が騎士に目を向けると、彼はふと気づいたように自己紹介をしてくれた。
「ああ、挨拶がまだだったな。ミカエル騎士団、大隊長のエドマンド・イーグルトンだ。君の叔父君には生前に大変お世話になったよ」
「そうでしたか。こちらこそ、叔父がお世話になりました」
数年ほど前に北の小国との戦争で戦死してしまったのだが、俺の叔父は王家のミカエル騎士団で騎士団長を長く務めていたのだ。
ウェイクリング家は【騎士】の加護を持つ者を多く輩出する家柄で、家督を引き継ぐ長子以外の子息は王家騎士団かウェイクリング騎士団に入る事が多い。
俺が【森番】ではなく剣士系の加護を授かっていたら、おそらくウェイクリング家を俺が継ぐ事になり、ギルバードは王家の騎士団に入る事になったんじゃないだろうか。ちなみに俺の腹違いの弟たちは王家騎士団入りを目指しているそうだ。
「ふむ。となると……その魔人はマーカスを襲った後にヴァリアハートに向かったということか。しかし、なぜヴァリアハートに……」
陛下が呟くように言ったその時、執務室の扉が強くノックされた。
「陛下! マーカスです! よろしいでしょうか!?」
「ああ、来たか。いいぞ、入れ!」
「失礼します!」
勢いよく扉を開けて入ってきたのは金髪の美男子だった。この方がマーカス殿下か。
【衰弱】の呪いを受けられていたと聞いていたが、無事に快復されたみたいだ。俺は勢いよく入室された殿下に膝を曲げて会釈程度に頭を下げる。
「会談中に失礼いたします! あなたがアルフレッド殿でしょうか!?」
マーカス殿下は溌溂とした笑顔を俺に向ける。確か殿下は成人したばかりという事だったっか。男性に向かって失礼だけど、なんというか……可愛らしいお顔立ちをしてらっしゃる。
「はい。アルフレッドと申します。お初にお目にかか……」
「アルフレッド殿! お会いして直接お礼が言いたかったんです! 私のために上級万能薬を入手してくださったと聞きました! あなたのおかげで命拾いしました! ありがとうございます!」
「で、殿下! 頭をお上げください!」
勢いよく頭を下げてマーカス殿下。威風堂々とした貫禄のあるカーティス陛下とは違い、なんというか幼い……いや元気な方だな。くりくりとうねったクセのある明るいブロンドの髪が余計にその印象を強めている。
「ボビーから聞いたぞ。私からも礼を言おう、アルフレッド」
「恐れ入ります。ですが、私は冒険者としてスタントン士爵の依頼を受けたに過ぎません。畏れながら、その御言葉はぜひスタントン士爵に仰ってください」
「もちろんだ。ボビーには十分な褒美をとらすつもりだ。だが実際に骨を折ったのは其方だろう? 我がミカエル騎士団ですら見つけ出すことが出来なかった一角獣を捕らえ、螺旋角を手に入れただけでなく従魔としたそうではないか。いったいどんな手を使ったのだ?」
……驚いたな。俺はボビーに上級万能薬を渡しただけで入手経路は伝えていなかったのに、一角獣の事もすでにご存知なのか。これはずいぶんと丹念に調べ上げられているみたいだ。下手なことは言えないな。
「一角獣を見つけ出すには、ある条件が必要だったのです。それは……」
俺は一角獣を見つけ出すのに処女の協力が必要だったことや、隷属の魔道具を使用して一角獣を従魔としたことを説明した。隷属の魔道具を入手した経緯や、使用についても包み隠さず報告する。
闇属性の魔法を操る魔法使いは王家によって管理されている。隷属の魔道具は闇属性魔法の魔道具だから、俺が持っている事も問題になるかもしれない。
入手した経緯が経緯なので罪に問われることは無いだろうが、隠し持っているのはマズいだろう。一角獣は惜しいが、没収すると言うなら素直に提出するしかない。隠し事をして、後からバレるよりはいい。
「なるほど、隷属の魔道具か……。それならば其方が【魔獣使い】】でも無いのに、魔物を従えているのも合点がいく。ああ、所持については気にせずとも良い。一部の貴族達には隷属の魔道具や闇魔法使いの管理も許可している。其方にも使用を認めよう。くれぐれも違法使用はするなよ」
俺はホッとして肩の力が抜けた。隷属の魔道具はいいとしても一角獣を手放すのは惜しかったんだよな。かなり優秀な足だし。
「それにしても……くっくっくっ……ふははっ……ハーハッハッハッハ!!!!」
おおっ……なんだ!? まさかの陛下の三段笑いだ。俺、何かしたか?
「まさか一角獣を捕らえるのに乙女が必要とはな。其方が処女信仰者だの幼女趣味だのと噂されているのはそのためか! 冒険者ギルドで処女を募集したと聞き、とんだ倒錯者だと思っておったが、まさかそんな理由だったとは! フハハハッ!!!」
あー、その件ですか。うん、何かしてたわ。
「くっくっくっ……いや、スマンな。王家の恩人である其方の不名誉を思えば、笑うなど礼を失しておるな。許せ。くくっ……」
いや、陛下。許せと言いながら笑ってるじゃないですか。くそう……ぜんぶマーカス殿下を救うためだというのに。言うなればこの不名誉もマーカス殿下の、ひいては王家のせいじゃないですか……。
いや、違うわ。全部、酔っぱらいアスカのせいだった。
「ふふっ……気に入った! アルフレッド! 其方、来月に開催される決闘士武闘会に出場せい!!」
はぁ? なんでこの流れでそうなるの!?
しかもそれ……アスカが言っていた魔人族と闘うことになる流れじゃないか……?
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